157 大公家からの提案
「娘が生きているとわかった以上、すぐに引き取りたい。法的な手続きを頼む」
当然ともいえるインヴァネス大公の申し出に、クオンは黙ったままだった。
予想外過ぎる……。
リーナのエルグラード語は流暢で、他国人によく見られる癖はない。
両親のどちらかがミレニアス人だとしても、リーナ自身はエルグラード人だとクオンは思っていた。
母親はエルグラード人。だが、父親はミレニアス人で王族だった。
自分がどう対応するかでリーナの人生が変わるとクオンは思った。
「ミレニアスに戻れば、リーナは大公女になれるということか?」
クオンはインヴァネス大公に質問した。
「まずは兄のミレニアス王と相談する。前王の判断で死亡扱いになっているのを取り消さなければならない。生存を証明するためにもリリーナを帰国させる必要がある」
リリーナが死亡したと判断したのは前ミレニアス王――現在のミレニアス王やインヴァネス大公の父親だった。
兄が死亡扱いの判断をしたわけではない。リリーナが生存している姿を見せれば納得してくれるだろうとインヴァネス大公は答えた。
「私としてはリリーナとパスカルの関係が気になる。父親違いとはいえ兄と妹だ。問題になりそうな関係ではないだろうな?」
「ご安心ください。母上が勝手に勘違いしただけです」
パスカルはすぐにインヴァネス大公の懸念を打ち消した。
「私が後見人になって素性調査をするよう命令したのは王太子殿下です。エルグラード国内で調査をしていたのですが、ミレニアス語を話せることがわかりました。そこでミレニアスの方でも調査をしてみるのはどうかとなっただけなのです」
パスカルはミレニアス王族との交渉において不利にならないよう、自分は王太子の指示で動いていることを話した。
「クルヴェリオン王太子は娘とどのような関係にあるのだろうか? 第四王子付きの侍女になっていると聞いたが、個人的に寵愛しているのだろうか? それで素性調査をすることにしたのか?」
ヘンデルとパスカル、そしてセイフリードの強い視線が自分に向けられたのをクオンは感じた。
「……王族付きだけに、孤児院に入る前の経歴や身元を可能な限り調査しようと思ったまでだ」
「そうか。ならば、娘を連れ帰ることにも同意してもらえそうだ。ようやく私たちは娘との失われた日々を取り戻すことができる!」
「とても嬉しいわ!」
インヴァネス大公妃はリーナを抱きしめたまま離さなかった。
インヴァネス大公もリーナを庇うかのように立っている。
まさにリーナは自分たちの娘であり、誰にも渡さないと言っているかのようだった。
「リーナはエルグラードの国民だ。すぐに応じることはできない」
「その件についてよろしいでしょうか?」
インヴァネス大公子のフェリックスが口を挟んだ。
「何だ?」
インヴァネス大公が息子に尋ねた。
「まだ、本人の意志を確認していません。成人していますので、本人の意志で国籍を選ぶことができます。確認して尊重すべきではないでしょうか?」
「リリーナ、私たちと共にミレニアスに帰りたいだろう?」
「エルグラードにはたくさんのつらい思い出があるはずよ。本当の自分に戻るためにもミレニアスに戻りましょう」
インヴァネス大公夫妻はリーナに帰国を促した。
「ミレニアスに戻るということは、昔住んでいたお屋敷に行くということでしょうか?」
リーナは尋ねた。
「いいえ。今は王都にある離宮に住んでいるの。貴方がいつ帰ってきてもいいように新しい部屋が整えてあるのよ!」
インヴァネス大公妃が瞳を潤ませながら答えた。
「両親と共に帰国すれば、失ったものを取り戻せます。どうしますか?」
フェリックスに問われ、リーナは考え込んだ。
「……今日ここで、お父様とお母様に会えるとは思っていませんでした。私の素性を調べるために、質問されるかもしれないとだけしか聞いてなくて」
リーナは正直に答えた。
「エルグラードではつらいこともありましたが、嬉しいこともありました。たくさんのことを学びましたし、多くの方々にお世話になりました。ご恩を返せていません。そのことを思うと、ミレニアスに戻るべきか迷います」
「迷う必要はない。リリーナはミレニアス人だ。ミレニアスに戻るのは当然のことだはないか!」
「現時点において、リーナはエルグラード人だ」
クオンが断言した。
「エルグラード国内において孤児として保護され、国民登録をしている。インヴァネス大公夫妻の娘は死亡扱いになっているのだろう?」
「行方不明になった場合、一定の期間が経つと死亡扱いになる。それはミレニアスでもエルグラードでも同じではないのか? 間違いを訂正すればいいだけだ!」
「リリーナが生まれたのはミレニアスです。ミレニアス人だわ!」
インヴァネス大公夫妻は強く主張した。
「インヴァネス大公妃はエルグラード人の貴族出自だ。その娘であれば、自らの意志でエルグラード国籍を選び、エルグラード人になることもできる」
「それはわかる。だが、リリアーナの実家であるヴァーンズワース伯爵家の籍に入っているわけでも、ヴァーンズワース姓でもない。全く別人の扱いをされてしまっているではないか!」
「保護された時に身元を証明するようなものがなかった。本人も家名を知らないということだった」
「家名を教えていない理由は説明した。正しく直すべきだ! ミレニアス国籍のミレニアス人に!」
両親とクオンが対立するかのような様子を見て、リーナは困ってしまった。
「私は孤児院で育ちました。今は平民として働いています。そのことが公になれば、お父様たちにもミレニアス王家にも迷惑がかかってしまう気がします。それなら私はこのままで構わないのですが?」
リーナがリリーナ・エーメルになった時、エーメル男爵家から冷たい扱いを受けた。
それは孤児院で育ったことが家の恥になるからだった。
貴族でさえそうなるというのに、王族であればそれ以上の不名誉になる。
大醜聞になってしまい、家族や親族、大勢の人々に迷惑をかけてしまうのではないかとリーナは心配した。
「そんなことはない!」
「そうよ! 迷惑なわけがないでしょう!」
インヴァネス大公夫妻はすぐに反論した。
「フェリックスも迷惑ではないだろう?」
「迷惑ではありません。ミレニアス王がどのような判断をするかは今の時点ではわかりません。ですが、養女になる方法でもインヴァネス大公女になれます」
「そうだな! 養女という形でも大公女にできる!」
「クルヴェリオン王太子はキフェラ王女との婚姻を拒否しています。ですが、ミレニアス王家の一員である別の女性、インヴァネス大公女との縁談であればどうでしょうか?」
部屋の空気が変わった。
「インヴァネス大公女であれば、エルグラードの王太子妃としてふさわしい身分の持ち主でしょう。王家同士の縁を結ぶこともできますし、検討の余地があるのでは?」
「クルヴェリオン王太子、どう思う?」
全員の視線がクオンに集まった。





