156 奇跡の再会
リーナはアリシアとローラによってきっちりと身支度を整えられた。
「リーナ、もう一度確認するわね。伝令、お茶やお菓子の給仕とかは王宮の侍女の仕事になるから任せておけばいいわ」
「はい」
「最初は控室に待機。呼ばれたら部屋に入ること。名前を聞かれたら、礼儀作法として学んだ通りに挨拶すること。リーナの礼はとても綺麗だから大丈夫よ」
「はい」
「質問された場合の返事はしっかりと相手に声が聞こえるようにね。緊張すると思うけれど頑張りましょう!」
「はい!」
アリシアが注意事項の確認をしたあと、リーナは侍女用の控室に向かった。
午前中にはエルグラード国王とインヴァネス大公との会談が行われ、午後には第四王子セイフリードとインヴァネス大公子フェリックスの顔合わせをする。
第四王子付き侍女のリーナは午後の予定に合わせて控室に待機、素性調査に関することで質問されることが伝えられていた。
時間が過ぎ、ついにリーナが呼ばれた。
リーナは大きく深呼吸すると部屋に入室した。
「失礼いたします」
リーナは一礼してから部屋の中を見たが、近くに立っている男性を見て驚愕した。
「リリーナなの?」
そう尋ねたのは部屋の中央にあるソファに座ったインヴァネス大公妃。
パスカルの生母で元レーベルオード伯爵夫人、ヴァーンズワース伯爵の一人娘リリアーナだった。
「リリーナだな?」
「お父様ですか?」
リーナはインヴァネス大公に抱きしめられた。
「奇跡だ! そうとしか思えない!」
歓喜に震える父親のぬくもりを感じ、リーナの瞳はすぐに涙でいっぱいになった。
「会いたかったです! すごくすごく会いたかったです!」
「私も同じだ! ずっとお前に会いたかった。この日が来るのを待ち望んでいた!」
「ああ、リリーナ!」
インヴァネス大公妃も席を立ち上がり、愛娘が生きていたことを確かめるために駆け寄った。
「生きていてくれたのね……加護の名前のおかげだわ!」
「お母様!」
リーナは死んだと思っていた母親に抱きしめられた。
「両親は死んでしまったと聞いていて……なのに、会えるなんて夢みたいです!」
「私も同じよ! 貴方は死んでしまったのだと何度も言われたわ。でも、絶対に違うと思っていたのよ。ずっとこの日を夢見ていたわ……そして、夢ではなく本当に会えたわ!」
リーナは泣きじゃくった。
十年以上の年月が経ち、ようやく会うことができた両親を前に泣かずにはいられなかった。
インヴァネス大公夫妻も同じ。
誘拐されたあと、行方不明になってしまった娘が生きていたことを知った。
運命のいたずらに翻弄された家族は、エルグラードの王宮で奇跡の再会を果たした。
「どういうことだ?」
クオンは予想外の状況に驚いていた。
「リーナはインヴァネス大公夫妻の娘なのか?」
「そのようです」
冷静な口調で答えたのはインヴァネス大公夫妻の息子フェリックスだった。
「まさか、姉が本当に生きているとは思いませんでした」
姉という言葉にパスカルが反応した。
「リーナは母上の娘なのですか?」
「見れば明らかです」
フェリックスが答えた。
「十年以上の年月が経っているため、本人確認ができるかどうかが懸念されていました。ですが、大丈夫だったようです」
「亡くなったと聞いていますが?」
「当時のミレニアス王の判断で死亡扱いになってしまったのです」
インヴァネス大公と内縁の妻リリアーナ・ヴァーンズワースの娘リリーナは七歳の時に誘拐されてしまった。
首謀者はすぐに判明したが、犯罪者の拠点で火災が起きて全焼した。
リリーナは見つからず、行方不明になってしまった。
王族に隠し子がいて誘拐されてしまったとなれば大騒ぎになってしまう。極秘裏に捜索された。
そして見つからないまま一年が経過。
ミレニアス王は犯罪者の拠点で起きた火災に巻き込まれて死亡した可能性が高いと判断した。
インヴァネス大公は反論したが、リリーナが生存していることを示す証拠がない。
結局、ミレニアス王の勅命によってリリーナは八歳で死亡した扱いになり、レーベルオード伯爵家にも死亡したと連絡されたことをフェリックスが説明した。
「兄上から問い合わせがあった女性の情報を調べた結果、姉のリリーナではないかと思われる点が多くありました。経過している年数を考えると、見た目による判断は難しいです。記憶は不鮮明、物的な証拠もありません。ですが、万が一の可能性に賭けて、会ってみることにしたのです」
「そうでしたか。ですが、見ただけでわかったのですか?」
行方不明になってからあまりにも年月が経っている。
子どもから大人に成長していてもわかるような特徴があったのだろうかとパスカルは不思議に思った。
「姉上の見た目は変わっていても、両親の見た目はさほど変わってはいません。姉上の髪や瞳の色は父上と同じですので、その部分も判断材料になるはずです」
「確かにリーナとインヴァネス大公の髪色は同じですね。二人が揃うことで、瞳の色合いもしっかりと見比べることができます」
そのあと、本当にリーナがインヴァネス大公夫妻の娘リリーナかどうかを調べるための簡易的な調査が行われた。
リーナとインヴァネス大公の髪と瞳の色が比べられ、全く同じであることが確認された。
また、ミレニアス語で会話ができるかどうかが試され、リリーナ本人でなければ知らない質問に正しく答えられるかどうかが確認された。
その結果、リーナは間違いなくリリーナだとインヴァネス大公夫妻は確信した。
「まさかリリーナがエルグラードにいたとは思わなかった。だが、あれだけ探しても見つからなかった理由もわかった。国境を越えていたからだろう」
リーナが家名を知らなかった理由についても判明した。
当時のインヴァネス大公夫妻は内縁状態で、王家内の話し合いで父方のインヴァネス姓にするか母方のヴァーンズワース姓にするかで揉めていた。
その選択は国籍の選択にも関係してくることもあって保留、未確定だけに本人には教えていなかったことが説明された。
「家名をどちらにするかはともかくとして、ヴァーンズワースの家名については教えておいてほしかったです。兄がレーベルオード伯爵家にいることも。そうすればエルグラードで保護された時に、レーベルオードへ連絡が来たはずです」
パスカルはそう思わずにはいられなかった。
「そうね。私の実家やパスカルのことを教えておけば良かったわ……」
「私が甘かった。妻にも娘にもすぐに正式な身分が与えられると思っていた。誘拐されたあとも必ず探し出せると過信していた」
インヴァネス大公はリーナを見つめた。
「リリーナ、どうか許してほしい。お前に許してもらえなければ、リリアーナにもフェリックスにも一生許してもらえない」
「大丈夫です。お父様も大変だったと思いますし、一生懸命探してくださったのです。両親が死んだという話が嘘だとわかって本当に良かったと思っていますから!」
「なんという寛大さと慈悲深さだ! まさに王家の血を引くにふさわしい!」
「エルグラードで想像を絶するほどのつらい思いをしたというのに……本当に優しい子だわ!」
インヴァネス大公夫妻は深く感動するばかりだった。





