154 細やかな配慮
図書室では王族と側近との話し合いが行われることになり、リーナは一時的に下がることになった。
リーナは図書室にあった二台のワゴンを廊下に出し、配膳室に戻す作業をすることにした。
その後は廊下で待機になったが、同じく廊下で待機している護衛騎士が声をかけてきた。
「リーナ殿、以前お会いしたことがあるが、挨拶したことはなかった。私は王太子の護衛騎士を務めるクロイゼルだ」
「第四王子付き侍女のリーナと申します。よろしくお願い致します」
ノースランド公爵家仕込みの美しい礼を披露したリーナに、クロイゼルは笑みを浮かべた。
「リーナ殿の礼は美しい。王宮では仕事を急ぐあまり丁寧に美しく礼をする者が少ない。中途半端な礼をされると、気持ちが込められていなように感じられてしまう。身分の高い者、特に王族相手にそのような無礼なことをするのは不味い。これからも礼をする時は丁寧に美しくあって欲しい」
「はい。心に留め、気をつけたいと思います」
「少し話したいのだが、いいか?」
「どのようなことでしょうか?」
「ここから最も近いトイレはどこだろうか?」
リーナは意外な質問だと思った。
「なんとなくわかるが、案内してくれないか?」
「わかりました」
リーナが歩き出そうとすると、クロイゼルは苦笑した。
「待て。嘘だ」
「え?」
リーナはクロイゼルの言葉に驚いた。
「案内して貰わなくても場所はわかる。リーナ殿がどのように答えるかを確かめたかっただけだ」
「そうでしたか」
「リーナ殿は非常に優しい。そして、その優しさにつけ込み、悪いことを考える者もいる。今のように嘘をついて道案内させ、実は人気のないところに呼び出そうとする者がいるかもしれない」
現在の第四王子のエリアは配置されている人数が少ない。
そのせいでひと気が少ない場所が多くあった。
「警備や護衛騎士は信用度が高い者が多いが男性だ。私的な話をするためにひと気のない場所へ連れていこうと思う者がいないとは限らない。そのような場所で思わぬ事態に遭遇したら大変だ。できるだけ持ち場を離れるな。伝令役のために待機して欲しい。わかっただろうか?」
「わかりました。これからは注意します」
「私は護衛騎士として安全や警備には気を使っている。王族を守るのが最優先ではあるが、王族付きの若い女性の安全についても気にしている。以前のリーナ殿は保護される立場だったが、現在は通常の勤務者だ。その違いを把握し、自身の安全について気を配って欲しい」
「はい!」
リーナはしっかりと頷いた。
「ちなみに、将来的には結婚したいと思っているだろうか?」
「はい。したいです」
「どのような者がいい?」
「優しい人です」
クロイゼルは微笑んだ。
「そうか。女性は優しさを求める。非常にわかりやすい。だが、護衛騎士や警備の者はやめておけ」
「え?」
リーナはキョトンとした。
「護衛騎士や警備の方は優しくないということでしょうか?」
「護衛騎士は命をかけて王族を守る。他のことは犠牲にしても構わないという覚悟で職務についている。家族のために命を惜しむ者は護衛騎士になれないからこそ、独身者ばかりだ」
「そうなのですね」
忠誠心が高いこと以外にも護衛騎士になる条件があるようだとリーナは思った。
「リーナ殿が夫に死なれてもいいのであればともかく、普通は嫌だと思うはずだ。騎士に口説かれても相手にしない方がいい。ほとんどの場合は遊びか冗談だ。結婚する気はない。王族を守ることの方が重要だ。警備も同じだ。わかったか?」
「はい。わかりました」
「若い者ほど精神修業が足りない。勤務上、騎士や警備と会う機会もあるだろうが、二人きりになるのは避けるように。王族付きの侍女は常に用心深く慎重であるべきだろう」
「わかりました。クロイゼル様のご助言に感謝いたします」
「恐らくだが、話し合いはやや長くなるだろう。今のうちに化粧室に行っておけ。ついでに王太子殿下がここに来ていることをアリシアに知らせておいて欲しい。こちらで呼びたい時に王宮へ行ってしまっていると困る」
「わかりました。伝えてきます」
リーナは一礼すると、すぐにアリシアの元に向かった。
その姿が見えなくなると、第四王子の護衛騎士達がクロイゼルの方を見た。
「クロイゼル殿、あんまりです。護衛騎士のイメージが悪くなります」
「ただでさえリーナ殿への私語は禁止だと通達されているのに」
クロイゼルはにやりとした。
「甘い。そうだな、アンフェル?」
「王太子付きの護衛騎士がリーナ殿を口説いた場合は投獄だ。身分や立場を利用し、リーナ殿が嫌がる様な行為を強要した場合は、騎士の名誉を汚したとして死刑だ」
王太子の侍女として新人であるリーナは、後宮で勤務するにあたり、保護及び監視される期間が設けられた。
その護衛任務についたのは王太子付きの護衛騎士だったせいで、リーナのことが噂になった。
護衛騎士はほぼ独身男性ばかり。優しくて可愛くて真面目で従順な若い女性を話題にしないわけがない。
それを聞きつけた王太子が護衛騎士達を呼びつけ、リーナを口説いたら投獄、嫌がる様なことを強要したら死刑と宣言。浮ついた気持ちを捨て、自らの任務に励むように叱責した。
その命令は保護が終わった今も継続中だった。
「リーナ殿の後見人はパスカルだ」
「何かあれば決闘を申し込まれるかもしれない」
第四王子付きの護衛騎士達は震え上がった。
王太子付きの騎士達への処罰を考えると、第四王子付きの騎士達に対しても同等の処分になる可能性がある。
そして、パスカルの強さは護衛騎士の間では密かに知れ渡っている。
断っても受けても騎士の名誉が傷つく結果になると言われており、決闘どころか手合わせもしない方がいい人物として有名だった。
「第四にはまだまだ甘い者が多い。護衛騎士には内密に教えてやれ」
「第一からの慈悲だ。他の護衛騎士達にも、内密に教えてやれ」
「わかりました!」
「極秘の重要事項として通達します!」
「それでいい」
「適切な判断だ」
クロイゼルとアンフェルは重々しく頷いた。
まあ、これで解決だろう。
護衛騎士が問題を起こすようでは困る。
最近、第四王子付きの護衛騎士の間で、リーナのことが話題になっていることをクロイゼルとアンフェルは聞きつけた。
そこで、クロイゼル達の方から釘を刺しておくことになった。
それにしても、王太子殿下はわかっているのだろうか?
恐らく、王太子殿下はわかっていない。
クロイゼルとアンフェルはそう思う。
王太子の細やか過ぎる配慮により、リーナには男性が近寄れない。恋人もできなければ、結婚もできない。嫁ぎ遅れの独身者コースまっしぐらだ。
王太子自身が引き取らなければ。
どうするんだ?
どうなるんだ?
気にしているのはクロイゼルとアンフェルだけではない。
王太子の特別な配慮を知る者達も同じだった。
 





