152 やり直し
後宮が主催した華の会において、王太子、第二王子、第三王子が共同で不敬行為があったことを国王に訴えた。
後宮側も様々なルートを駆使して国王に救済を訴えた。
問題発生から三週間。
ようやく国王による判断が出た。
その結果、後宮側の不手際とはされつつも、不敬罪にはならなかった。
過去において開かれた後宮華の会の古い記録があり、それを元にして今回の催しを考えたという後宮側の主張が認められた。
これまでの事例に照らし合わせると、問題行為とはいえない。ただ、現王族にとっては不愉快な催しになっていまい、失敗だったということだ。
華の会を成功させることができなかった責任を後宮は問われるが、大勢が重罰になるのは厳し過ぎるということになり、大幅な減給や役職の剥奪、厳重注意の処罰が決定した。
王太子、第二王子、第三王子は国王の判断に不満だったが、側妃候補の一部を退宮させる許可を出すという対価で了承した。
その結果、多くの側妃候補が退宮することになった。
そして、国王は退宮した側妃候補付きだった侍女と侍女見習いに選考会で落ちたことへの連帯責任を問い、解雇を通達した。
その中にリリーナ・エーメルの名前もあった。
第四王子のエリアにパスカルが来た。
リーナと話をするためだったが、第四王子のセイフリードとアリシアも同席だった。
「これから話すことは全て内密で他言無用になる。心に留めて欲しい」
パスカルは前置きすると、早速説明に入った。
「まず、後宮華の会における問題は解決した。その結果、リリーナ・エーメルを保護する必要がなくなった。但し、側妃候補付きとしては働けない。解雇された」
「そんな!」
リーナは驚きのあまり、声を上げた。
「侍女見習いは処罰されないはずでは?」
「後宮華の会における問題については処罰されなかった。解雇になったのは別の理由だ」
「どんな理由ですか?」
「担当する側妃候補が選考会に残れなかったことへの連帯責任だ」
後宮華の会は側妃候補の選考会であり、それぞれの側妃付きになっている侍女や侍女見習いの出し物で加点できることになっていた。
側妃候補の点数が良くても、侍女や侍女見習いによる加点があるかどうかが結果に影響を与える可能性があった。
だからこそ、選考会で落とされた側妃付きだった侍女と侍女見習いは連帯責任を問われ、ほとんどの者が解雇になったことが説明された。
「では、ロザンナ様は選考に落ちたのでしょうか?」
「落ちた。側妃候補から外されて退宮した」
「そうなると、私はどうなるのでしょうか? 荷物をすぐにまとめ、新しい就職先を探さなくてはいけないのでしょうか?」
「続きがある。リーナの素性がリリーナ・エーメルだと判明したことについてだ。追加調査によって間違いだとわかった」
「間違いですか?」
リーナは驚くしかない。
「そうなんだ。間違いだった。でも、追加調査の結果報告が遅れてしまったせいで、リーナをリリーナ・エーメルにする手続きが終わってしまっていた」
「そんな……不味いですよね?」
「そうだね」
「どうすればいいのでしょうか?」
「訂正する。リーナはリーナ・セオドアルイーズに戻る」
リリーナ・エーメルへの変更手続きはすべて削除。履歴には残らない。
リリーナ・エーメルのことは忘れるようパスカルは伝えた。
「法律違反にならないためだ。受け入れて欲しい」
「わかりました」
リーナはすぐに了承した。
「両親と暮らしていた頃は裕福な生活だったと思いますが、貴族かどうかはわかりません。孤児院での生活の方が長いせいか、なんとなくおかしいと感じていました。法律違反はしたくないです。元通りでいいです」
「今回のことは国の方の責任だ。リーナ・セオドアルイーズとして生きていくのはリリーナ・エーメルとして生きていくよりも大変になる。そこで僕が後見人になることになった。だから、安心して欲しい」
「パスカル様が後見人に?」
「そうだよ」
リーナは首を傾げた。
「パスカル様が後見人になると、何か変わるのでしょうか?」
「様々なメリットがあるよ。すべてを話すのは難しいけれど、生活には困らないようにする。就職先や住む場所について配慮する。何か困ったことが発生した場合は、僕が相談に乗ってうまく解決できるよう力になる」
「私は後宮を解雇になってしまいました。早速ですが、パスカル様に新しい就職先や住む場所について相談したいのですが?」
「大丈夫だよ。解雇になったのはリリーナ・エーメルだ。リーナ・セオドアルイーズとしてはこのままは働ける」
リーナは変だと思った。
「私がこちらにいるのは、後宮華の会で問題が起きて保護するためですよね? その必要がなくなったのに、まだ働けるのでしょうか?」
「セイフリード王子殿下付きの人員が少ないのは知っているね? リーナに辞められるのは困る。これからも、リーナ・セオドアルイーズとしてセイフリード王子殿下のために働いて欲しい」
「私は平民です。貴族ではありません。侍女のままでいいのでしょうか?」
「勿論だよ」
パスカルが答えた。
「リーナは後宮の侍女じゃないからね」
「え? 後宮の侍女ですよね?」
「いや。リーナは王太子殿下が直接採用している特別な侍女だ。王宮や後宮が採用して雇っている侍女とは違う。だからこそ、身分や出自は関係ない。平民でもいい。王太子殿下が雇うと言うだけで雇える」
そうだったのかとリーナは思った。
「リーナの給与を払っているのも王太子殿下だ。大体の待遇は王宮で雇用されている侍女と合わせている。現金で渡すには多いだろうから、給与は銀行口座に入金する」
「銀行口座……」
「僕の方で書類を作った。サインが欲しい」
パスカルは用意していた封筒から書類を取り出した。
「ここにリーナ・セオドアルイーズとサインして欲しい」
「はい」
リーナは複数枚の書類にサインした。
「印章もいる。僕の方で用意してあるから、それを押しておくよ。手続きが終われば、銀行口座に給与が入金される。最初はわからないだろうから、また後で僕の方から説明するよ」
「わかりました」
「基本的にはこれまで通り、ここで働きながら住む感じになるけれど、何か質問はあるかな?」
「給与はいくらなのでしょうか?」
「毎月支払われるのは三十万ギニーだ」
まずは王宮の侍女と同じ基本給からになる。能力が高くなれば、能力給がつく。
「王宮の方は生活費が全部無料だ。でも、後宮の方は生活費が自己負担になる。だから、後宮での生活費は経費ということで王太子殿下が払ってくれる。リーナの給与が減ることはない。生活費は負担なしで、毎月三十万ギニー貰えるよ」
「凄いです!」
「そうだね。だから、ちゃんと貯金しておこう」
「でも、私には借金があります。リリーナ・エーメルだった時のです。それを払わないとですよね?」
「王太子が清算している。借金はないよ」
「えっ!」
リーナは驚いた。
「また、王太子殿下が支払ってくださったのですか?」
「リーナには迷惑をかけてしまっているからね。国の調査でリリーナ・エーメルだとなったのに、やっぱり違った。迷惑料だと思えばいい。もうない借金を気にする必要はないからね」
「王太子殿下には一度救済されています。なのに、また借金をしてしまいました。それなのに、その借金を清算して貰うなんて……私、ちゃんと働いて返したいです」
パスカルは苦笑した。
「とても良い心がけだけど、それはできない。リリーナ・エーメルのことはすべて忘れて欲しいと言ったよね? 秘密を守る対価でもある。これはもう決定事項だ。拒否はできない。だから、もう考えないでいい。これからも真面目に働いてくれれば、それが王太子殿下のためになる。それで恩返しをして欲しい」
リーナはため息をついた。
借金がなくなるのは嬉しいが、王太子に助けられてばかりだと感じた。
同じ過ちを繰り返してしまったこと、借金を作ってしまったことが情けないとも。
「とにかく、これからはリーナ・セオドアルイーズだ。ただ、これは本当の名前じゃない。孤児院が勝手につけた名前だ。リーナが別の名前にしたければ、変えてもいいよ」
「変更できるのですか?」
「成人後の自己選択で新しい名前にできる」
国民登録をしている名前を変えるのは容易ではないが、相応な理由があれば、変更手続きが認められる。
リーナの場合は未成年の際に孤児院が勝手につけたことを理由にすれば、成人後の自己選択として名前を変更することが可能だ。
「但し、一度変更したらそれで終わりだ。婚姻すれば家名が変わるかもしれないけれど、一生名乗る名前だと思って欲しい」
「名前ということは、リリーナにすることもできるのでしょうか?」
「できる。どんな名前にするかはよく考えて欲しい。その際、貴族と間違われてしまいそうな家名は駄目だ。平民が勝手に貴族と同じ爵位名や家名に変更して、自分は貴族の末裔だ、血族だと嘘をつかないようにするための処置だよ」
「平民らしい家名であればいいということでしょうか?」
「そうなるかな」
「どんな家名があるのかわからないのですが?」
「ゆっくり考えればいいよ。職場を変更する時でもいいしね」
変更届を出しても、すぐに承認されるわけではない。
希望した名前に変更する申請が却下されると、新しく考えなおした名前で再度変更の申請をしなければならない。
「貴族の爵位名や家名に関しては、貴族名鑑というのがある。そこにあるのは、血族でなければ名乗れないから駄目だとわかるよ」
「貴族名鑑は購入する必要があるのでしょうか?」
「今度持ってくるよ」
「僕の書庫にある。それを見ればいい」
「わかりました。ご配慮に感謝して、貸していただきます」
「じゃあ、そういうことで。他に何かあるかな?」
「……突然色々説明されたので、すぐには難しいです」
「わかった。じゃあ、また機会を改めて聞くよ。ちなみに、ここでの生活はどう? 不自由はない?」
「はい。ありません」
「新人の侍女だから、仕事ができなくて叱責されてしまうこともあるとは思うけど、厳し過ぎるのはよくない。辛いようであれば言って欲しい。対応を考えるよ」
「大丈夫です。沢山ご迷惑をおかけして申し訳ないと思っていますが、勉強して早く色々とできるようになりたいです」
「遠慮なく言って欲しい。僕は後見人だからね。セイフリード王子殿下がリーナに暴言を吐くかもしれないけど、その場合は必ず教えて。僕は側近だからね。よくないことはよくないと伝えなければならない立場だ。王太子殿下にも報告しなければならない」
セイフリードは不機嫌な表情をしつつも黙っていた。
リーナの保護生活は終わった。
そして、リーナ・セオドアルイーズとしての人生が再び始まった。





