151 対応
パスカルから報告を受けたクオンは驚きのあまり黙っていた。
あくまでも推測でしかない。しかし、その推測が全くの見当違いだとする根拠もない。
特にリーナがミレニアス語に堪能であること、ミレニアスで発行されている新聞に見覚えがある点が気になった。
この国に住んでいても説明はつくが、かなり特殊なケースになる。ミレニアスに住んでいたと仮定した方が説明しやすかった。
リーナがいた孤児院の記録にはパンプールにいたという記録はない。他の場所から来たことを示すものも一切なく、リーナ自身が言わなければわからないことだった。
リーナ本人からじっくり話を聞くべきだったというのに、少し聞いただけで、後は調査任せにするという判断がよくなかった。
反省と改善を感じたのはクオンだけではない。パスカルとヘンデルも同じだった。
「第二王子に頼む?」
ヘンデルが尋ねた。
「犯罪組織による人身売買の被害者だった可能性があるとして、内密に調査すればいい。 ミレニアスだって自国人が犯罪に巻き込まれているかもしれないとわかれば黙っていないよ」
「だからこそよくない。補償しろと言い兼ねない」
「犯罪者の国籍はわからない。そもそも密入国だったら、その補償をしろってなる。お互い様じゃないかなあ?」
「密入国者の問題は、年々強まっています。国境付近の治安維持に関しては、有効な対策を打ち出せていません。第三王子殿下も苛立っているのではないかと」
「この件でミレニアスと交渉したくない。キフェラ王女のことを条件にしてくるかもしれない。リーナのことを私が寵愛する女性だと思えば、より注目され危険な目に合わせてしまう可能性もある」
「もうさ、王太子の寵愛する女性の素性を確かめるためでもいいじゃん?」
「人命に係わることだ。軽々しい発言は許さない!」
クオンは怒りをあらわにした。
「じゃあ、俺はどうすればいいのさ? 指示してよ」
クオンは途端に黙り込んだ。
ヘンデルはため息をつくしかない。
「王太子殿下にお聞きしたいことがあります。第二王子に協力を求めるのはよくないとお考えなのでしょうか?」
パスカルが確認した。
「エゼルバードはすでに関係者だが、ミレニアスの王太子に知られるのがよくない。ミレニアスのことを調べるには向こうに詳しい協力者が必要だが、ミレニアスの王太子である必要はない」
「では、私の方で調べてみます」
「それって母親?」
ヘンデルが尋ねた。
「王太子の側近が情報を集める手段に関しては、詮索しないことになっています」
「そうだけど、クオンはミレニアスの王太子に知られるのはよくないと判断した。パスカルが母親に頼んで、母親が夫に頼めば同じようなものだよね?」
「パスカルの母親はミレニアスとつながりがあるのか?」
パスカルの両親は離婚している。
そのあと、パスカルの生母がどうなったのかをクオンは知らなかった。
「俺が言う? それとも、パスカルから言う?」
「私から言います」
パスカルが言った。
「私の母はミレニアスにいます。ミレニアスの王族と再婚しています」
「ミレニアスの王族と?」
クオンにとっては初耳だった。
「誰だ?」
「インヴァネス大公です」
ミレニアスの王の弟だった。
「インヴァネス大公はミレニアスの者と婚姻していた気がするが?」
「母はミレニアス貴族の養女になり、そのあとでインヴァネス大公と婚姻しました。体裁としては自国人同士の結婚ということになります」
「そういうことか」
「手続きはミレニアスの方で一方的に行われていますので、エルグラードにおいては知られていません。レーベルオードとしてもミレニアスとの関係を疑われたくありませんので、母の再婚については口を閉ざしています」
「賢明だ。インヴァネス大公領はエルグラードとの国境に近い」
レーベルオード伯爵とインヴァネス大公はパスカルの母親リリアーナを妻にした者同士だが、親しいわけではない。
配偶者のせいで他国に通じているのではないかと疑われるのは困ることだった。
「パスカルは母親と連絡を取っているのか?」
「季節の挨拶状だけです。内容を確認されることがわかっているので、母ではなくインヴァネス大公宛で送っています」
「インヴァネス大公と知り合いなのか?」
「母が精神的に参っている時、養女先の公爵家から息子として励ましてほしいと連絡が入り、招待を受けました。個人旅行としてミレニアスに行ったのですが、その時に会いました」
「内密に会ったのか?」
「インヴァネス大公が見舞いとして公爵邸に来たのです。亡くなった父親違いの妹のことや、今後の親子関係について話がありました」
レーベルオードとしてはミレニアスに通じていると思われたくない。連絡を取るのは避けたいということをパスカルから伝えた。
だが、インヴァネス大公は妻のために、できるだけ連絡を取りたいと言ってきた。
あくまでも個人的な要望であり、息子として母親を励ましてほしいというのが理由だった。
「インヴァネス大公からの連絡はありませんが、父親違いの弟である大公子からは時々手紙が来ます。ミレニアスの内情を教えてくれることもあるので、つかず離れずといった感じです」
「できた弟だなあ。兄のために重要な情報を流すなんてさ」
ヘンデルはニヤニヤしながらそう言った。
「俺も国家機密を垂れ流してくれる弟がほしい」
「ヘンデル」
クオンが睨むと、ヘンデルは視線を逸らせて誤魔化した。
「パスカル、インヴァネス大公に頼むつもりなのか? それとも、大公子の方か?」
「息子として母に頼みます。王太子殿下やリリーナ・エーメルのことは一切教えません。ミレニアスの出身かもしれないリリーナという女性を保護したため、身元の確認をしてほしいと伝えます。普通に戸籍を調べればわかることではないかと」
「家名を教えろと言ってきたら?」
「記憶障害があるとしておきます。覚えている情報を伝えれば、調べやすくなるのではないかと」
「パスカルに任せる。だが、無理はするな。リーナの出自はあくまでも可能性の話だ。確定ではない」
「わかっています。その辺はうまく対応します」
「返事は急がせろ」
「わかりました」
「いいなあ。俺も役立つ母親がほしい」
「口を慎め」
クオンの厳しい口調に、ヘンデルはまたもや視線を逸らした。





