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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
15/1356

15 パスカル

 廊下を進んでいた若い男性は立ち止まり、振り返ってリーナに声をかけた。


「昇格祝いに何か買ってあげるよ。あまり高いものは駄目だけどね」


 購買部の前だった。


「お気持ちだけで結構です」

「好意は素直に受け取った方がいい。高価でなければ賄賂にもならない。僕の気まぐれに付き合うだけだと思ってくれればいい」

「でも」

「何にしようか? 欲しいものはある?」

「ないです」


 リーナは即答した。


 本心ではない。欲しいものはある。沢山。


 購買部は魅力的だった。


 素敵な商品が綺麗に並べられており、お金があればこういったものを買えるのだとしみじみ実感してしまう。


 買おうと思えば買える。ツケ買いができる。


 しかし、借金になってしまう。


 借金を早く返すためにも贅沢はできない。倹約しなければいけない。


 欲しいものはないと思うべきだった。


 そうしなければ、他の者と同じくどうせ借金があるからと割り切り、次々と欲しいものを購入してしまいそうな気がした。


「借金があるので贅沢はできません。本当にお気持ちだけで結構です。一度欲しいものを買ってしまうと、我慢できなくなりそうで怖いのです」

「買うのは君じゃない、僕だ。君は貰うだけでいい。幸運なだけだよ」


 若い男性は優しい口調でそう言った。


「昇格は滅多にない。沢山喜んで、沢山祝って貰った方がいい。心配しなくても大丈夫だよ。

昇級祝いとしてちょっとしたものを贈るだけだ。キャンディはお気に召さないようだしね」


 若い男性はリーナの手を取ると引っ張った。


 昼食時間は購買部に来て買い物をする者もいるため、外部の者と一緒にいるリーナは注目されてしまった。


「注目されてしまったね。こうなると、僕の名誉のためにも絶対に何かあげないと不味いな」


 若い男性は苦笑した。


「そういえば名前を聞いてなかった。教えてくれるかな?」

「もう会わないと思いますし、知る必要もないかと」

「つれないね。これでも女性ウケはいい方だと思っていたのに残念だな」

「初めて会った人に用心するのは普通ですよね? 名前も知らないですし」


 若い男性はおかしそうに笑った。


「そういえば名乗っていなかったね。パスカルだよ」

「……リーナです」

「どうして名前を教えてくれたのかな?」

「名乗られたら名乗り返すよう指導役に教えられました。それが礼儀だと」

「なるほど」


 パスカル微笑んだ。


「可愛い名前だね」


 リーナは恥ずかしくなってうつむいた。


 ただのお世辞だとわかっているが、王子様のような男性に褒められて嬉しくないわけがない。


「お菓子はすぐになくなってしまうし、別のものがいいかな。何がいい?」

「本当に気持ちだけで」

「それだと僕の気が済まないし、何か買ってあげると言ったからね。有言実行するよ。そうしないと、僕の名誉が守れない」

「名誉……」

「お化粧をしていないね。口紅はどう? おしろいでもいいし頬紅もある」

「いらないです」


 リーナは即答した。


「化粧は嫌い? 肌が敏感なのかな?」

「私の仕事は掃除なので汗をかきます。お化粧してもすぐにとれてしまいます。口紅も食事をすれば必ずとれてしまうので意味がないです。お金が勿体ないです」

「何度も化粧をなおせばいい。贈られたものであれば、勿体なくない気がするけど?」

「時間もお金も物自体も勿体ないです。私よりも美人で可愛くてお化粧のしがいのある方がすべきです」


 パスカルは商品棚を見まわした。


「これは?」


 指し示されたのは、小物入れだった。


「入れるものがありません」

「飾っておけばいいよ」

「飾る場所がありません。ベッドと貴重品入れの木箱しかありません。ずっと木箱にしまっているだけでは、持っていても意味がありません」


 パスカルは別の商品に視線を移した。


「くしは? ブラシでもいい。毎日使えるよ」

「くしは持っています」

「数種類あるよ。好きな装飾のものを選んだら? ここで扱っているのは、女性に人気のある品ばかりらしいから」

「実を言うと、後宮に来た際に身の回りのものが全然なくて、仕方なくここで買い揃えました。なので、いらないのです。そこにある小花の装飾のくしを使っています。一番安いくしだと教わったので、それにしました」


 パスカルはリーナの手を引きながら他の品を探した。


「ハンカチはどう? 何枚あってもいいよね。絵柄も沢山あるし何枚か買う?」

「いらないです。ハンカチは使いません」

「使わないの?」

「はい」

「汗をかくよね?」

「ハンカチがぐしょぐしょになってしまうので、あえて拭かないのです」


 仕事が終われば入浴できる。


 それまでは手で拭って洗う。


「ハンカチはいざという時のために持っているだけなので、一枚で十分です」

「一枚じゃ少ないよ。交換できない」

「大丈夫です。一年以上使ったことがありません」

「手を洗って拭かないの?」

「皆、エプロンで拭いています。毎日交換するので、ハンカチやタオルの代わりにしているのです」


 パスカルは困った表情になった。


「意外と難しいね」

「本当に何もいらないのです」

「そういわれると、余計に困る。時間もかかってしまうよ。上司の所に行くつもりだよね?」

「そうです」

「だったら早く選んで。買わないと上司の所に行けないよ」


 リーナはため息をついた後、棚を見渡した。


 そして、ずっと欲しかった物を選んだ。


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