149 話せ
食事の時間になると、ローラが食事のワゴンを持ってきた。
テーブルのお茶とお菓子を片づけ、昼食をテーブルに乗せる。お茶のワゴンを引いて退出をした。
セイフリードは視線を昼食に移した。
「リーナ」
「はい!」
リーナはすぐに立ち上がった。
「この昼食はいらない。お前が食べてもいい」
セイフリードの視線は読書に戻った。
……そう言われましても。
リーナは困った。
昼食は用意されたばかり。少し前に時間通りに用意しろと言ったというのに、用意された途端いらないという。結局、お茶も飲んでいない。
見た目がちょっと……悪いかも?
毒見役が一部を食べているせいであって、普通に誰かが食べた残りということではない。
これは毒見をしたことがわかるようにという配慮だが、綺麗に見えない食事という意味では食欲が出にくい。
もしかすると、そのせいでセイフリードは食べないのではないかとリーナは思った。
「王子殿下、昼食のために席を外してもいいでしょうか?」
「構わない」
リーナは一礼して図書室を出ると、急いで侍女の食堂に向かった。
トレーにできるだけ小皿や中身だけを載せる。どうすれば沢山載るか、メイベルに教わったことが役に立った。
リーナはそのトレーを持ったまま食堂を出ると、図書室に向かった。
「王子殿下、もう一度、昼食を持ってきました! よろしければ、こちらをお召し上がりになりませんか?」
セイフリードは視線をリーナ、そしてトレーの方へ向けた。
「トレーにある食事のことか?」
「はい。これは王族付きの食事ですが、凄く美味しいです。食べかけではありません。大勢に出されているので、大勢で毒見をしているのと同じですし、毒が入っていたこともありません」
リーナは緊張した表情でなんとか言葉を口にした。
王族に対して王族用ではない食事を出すのは無礼になってしまうかもしれない。
しかし、食べかけのような食事では、食べたくないのは当然だ。
第四王子が細い体付きなのは、あまり食べないからではないかとリーナは思った。
孤児院にいた頃のリーナは食事が少ないせいで痩せていた。健康によくないのはわかっているが、食べ物がなかった。
ここは違う。食べ物はある。
王族用にこだわらないのであれば、もっと美味しそうに見える別の食事を取ればいいのではないかとリーナは考えた。
「なぜ、その食事を持ってきた? 僕が昼食をいらないと言ったからか?」
「そうです。王子殿下はかなり痩せています。お食事をもう少し取らないと健康に悪いです。成長も止まってしまいます。毒見された食事の見た目がよくないので、お気に召さないのではないかと思いました。それでこれを持ってきました」
「お前、僕のことをチビだと言ったな?」
「え?」
リーナは驚いた。
「言っていませんが?」
「言った」
セイフリードは強い視線でリーナを睨んでいた。
セイフリードは身長が伸びないことをかなり気にしていた。
「……似たような言葉があったのでしょうか?」
「成長が止まると言った」
「ただの推測です。私が気になったのは身長ではありません。太さというか厚みというか、お肉の方です。王子殿下は痩せていると言っただけです」
「では、豚のように太れと?」
「え?」
リーナはまた驚いた。
「豚は動物です。人間が豚になれるわけがありません。ましてや王族にそのようなことを言うわけがありません。不敬です。全然違います!」
「お前は王族の見た目を改善すべきと進言するほど偉くはない。口を慎め!」
「はい」
リーナはしょんぼりと肩を落とした。
「それはお前の昼食だ。さっさと食べろ」
「はい」
リーナはトレーを持って部屋を出て行こうとした。
「待て!」
すぐに呼び止められた。
「ここで食べろ。お前が毒を入れてないか、自分で食べて証明しろ」
リーナは驚きのあまり目を見張った。
「毒なんかいれていません!」
「それなら食べろ。残すな」
「わかりました!」
リーナはトレーをテーブルに置いた。
「王子殿下、このテーブルで食べていいということでしょうか? 無礼だと言われると困るので確認させて」
「さっさと食べろ」
リーナが言い終わる前にセイフリードが指示を出す。
リーナはすぐに実行した。
モリモリ食べる。メイベルのように。
「食べ終わりました! 毒は入っていません!」
リーナが食べる様子をじっとセイフリードは見ていた。
「遅効性かもしれない。毒が効いてくる前に、解毒剤を飲むつもりかもしれない」
「解毒剤なんて必要ないです。毒は入っていません」
「後半はやや食べるペースが落ちた」
「それはお腹がいっぱいになって来たからです」
「デザートをゆっくり食べていた」
「デザートが大好きなので、味わっていたのです。ケーキは凄く美味しかったです」
リーナの答えにセイフリードは眉をひそめた。
「甘いものが好きなのか?」
「はい。好きです」
「菓子をよく買うのか?」
「購買部でということでしょうか?」
「そうだ」
「借金があるので買えません。でも、ここではお食事にデザートがつきますし、休憩室には自由に食べていいお菓子もあります。それで十分です」
「借金があるのか」
「はい」
「どの位だ?」
リーナは素直に大まかな額を答えた。
「なぜ借金になった? 高価なものを買ったのか?」
「制服代のせいです。側妃候補付きの制服はお洒落なので、普通の侍女の制服代より高いのです。後宮華の会のために指定されたドレスも高かったです」
リーナがリリーナ・エーメルとして再就職してから、まだそれほど経っていない。数カ月だ。
側妃候補付きの給与は高い方で、生活費が天引きされてもマイナスにはならない。
だが、制服のせいでマイナスになってしまった。
それでも少しずつ返していけそうな感じがしたが、後宮華の会の指定衣装が自己負担だったせいで借金額が増えた。
「お前の給与の程度だ?」
「側妃候補付きとしてなら二十五万ギニーです。このお仕事の給与はわかりません」
「王族付きの給料は高い。ギニーで言えば、四十万程度だろう」
「四十万も!」
リーナは思わず叫んだ。
「そんなに貰えるのですか?」
「あくまでも基本給だ。後宮は何かと有料だ。手取りは減るだろう」
「そうですね。部屋代も高そうです」
リーナが現在使用している部屋は四人部屋だが、侍女見習いの時よりも良い部屋だった。
「部屋代はない」
「もしかして、無料ですか?」
リーナの顔がパッと輝いた。
「僕の侍女になると、僕のエリアに住まなければならない。許可がないと僕のエリアから出られない。購買部にさえ行けない」
「購買部にも?」
リーナは不思議そうな表情になった。
「でも、アリシアさんは購買部に行っています。ローラさんも」
「王太子が派遣した特別な侍女だからだ」
「なるほど」
「以前は違った。僕付きの侍女であっても購買部に行くことができたが、情報が漏洩した」
王族付きの者は王族に関わることには厳しい守秘義務が課せられる。
後宮で働く者同士であっても、王族や王族付きの仕事について話してはいけない。
だが、一部の侍女がセイフリードの性格や生活ぶりを話してしまった。
そのせいで第四王子付きの侍女が購買部に行くのは禁止に変更されたことをセイフリードは説明した。
「必要品はどうするのですか? 買いに行けないと困りますよね?」
「係の者に言いつけて購入する形になった」
「そうでしたか」
「後宮の王族付き侍女は、担当エリアに軟禁されているのと同じだ。ストレスが溜まり、王族への嫌がらせにつながる。後宮に住むのは基本的に未成年の王族だ。単独での命令権がない。そのせいで命令もその意思も軽く扱われる。どんなに正論を述べても詭弁、わがままだと思われ、全て駄目だと否定され無視されてしまう」
「酷いです!」
リーナは憤慨した。
「子供でも自分の意志がちゃんとあります。無視すべきではありません。しかも王族ですよ? 不敬になるのでは?」
「不敬だ。処刑すべきだろう」
セイフリードは冷え冷えとした表情で答えた。
「僕はここで育ったおかげで地獄を味わった。檻の中で育つのと一緒だ。王族だというのに、まるで珍獣のように扱われながら軽視された」
リーナは黙り込んでしまった。
王族は凄い存在で、王子は誰よりも大切に育てられるのだと思っていた。
だが、そうではなかったのだとわかった。
衣食住は保証されていたのかもしれないが、セイフリードの地味で埃臭い部屋を見れば、大切にされているとは思えない。
セイフリードが酷い扱いを受けていたことを自ら言葉にした。
地獄を味わった。檻の中で育つのと同じだと。
「私は王子殿下を大切な方だと思っています。一生懸命働きます! 軽視しません!」
「今度はお前の番だ。話せ」
「え?」
リーナは驚くしかない。
「何をお話しすればいいのでしょうか?」
「生い立ちだ」
「私の生い立ちですか?」
「どこで生まれた?」
「わかりません」
リーナの言葉に、セイフリードは眉をひそめた。
「わからないだと?」
「たぶんですけど、両親の屋敷です。でも、地名などはわかりません」
「戸籍に書いてあるだろう。調べればわかる」
「実は」
リーナは七歳の時に孤児院に入れられて育ったことを話した。
その前のことは幼少だったせいで、ぼんやりとしか覚えていない。
貧乏ではなかった。大きな屋敷に住み、召使達もいた。お菓子も食べていた。
しかし、それがどこなのか、両親の名前も家名も教えられていない。わからないと説明した。
セイフリードはリーナを睨んだ。
「嘘をついているな?」
「嘘はついていませんが?」
「お前の話はおかしい。通常、七歳になれば、それなりに自分や周囲のことがわかってくる。自分が何者か、両親の名前や住んでいる場所などについてもわかる」
「でも、お父様、お母様と呼んでいました。召使も旦那様、奥様と呼んでいました」
「七歳なら読み書きを習うだろう? 自分の名前を練習する。それでわかる」
「名前はリリーナです」
「家名は?」
「リリーナとだけ書くよう言われ、ひたすら練習しました」
セイフリードは眉をひそめた。
「お前……王族の子供ではないだろうな?」
突拍子もない言葉にリーナは言葉が出ない。
「平民も貴族も名前と家名はセットだ。必ず教えられ書く練習をする。だが、王族の署名は名前だけでいい。家名は書かない。練習する必要がない」
リーナは口をあんぐりと開けた。
「ありえません! 王族だったら宮殿やお城に住みますよね? 私が住んでいたのはお屋敷です」
「王族の子供といっても、母親の身分次第だろう。母親が貴族であれば貴族だが、平民だと出自を隠されたまま育てられることもある」
「絶対違うと思います!」
「もっと覚えていることを話せ」
リーナは覚えていることを一生懸命話した。
最近思い出し、疑問に思ったミレニアス語についても話した。
「お前の話には矛盾がある。まず、森の中にある大きな屋敷で、側には湖があると言った。しかし、お前は七歳の時、目を覚ますと孤児院にいたと言った。普通に考えておかしい。夢でもみていたのかと思う」
「でも、そうだったのです。家にも帰して貰えませんでした。両親は死んだため、帰るところはないと言われただけでした」
「それもおかしい。両親が死んだからといって、すぐに孤児院に引き取られることはない」
しばらくは屋敷にそのまま住む。
召使いがいたのであれば親族に連絡を取り、葬儀や今後の手続きをする。
「親族がまったくいなくても、後見人がいるはずだ。財産管理を任されたものかもしれない。執事はいたか?」
「いました」
「余計におかしい。執事が手配するはずだ」
「でも、私にはわかりません。子供だったのです。両親が死んだと言われ、孤児院の部屋に閉じ込められて過ごすしかありませんでした」
「それもおかしい。孤児院というのが本当だったとしても、部屋に閉じ込められて過ごすことはない。お前の言っていることが嘘ではないと仮定するのであれば、お前がいたのは孤児院ではない。別の場所だ。裕福な両親だったのであれば、誘拐された可能性がある」
「そのようです。そして、孤児院に売られたと説明されました」
「誰に?」
「アルフレッド様です。ロジャー様の弟です」
「ノースランドか?」
「そうです」
セイフリードは一気に恐ろしい表情になった。
「全部話せ。何もかもだ。王族として命令する。従わなければ処刑する!」
セイフリードはわざと脅すようなことを言った。
未成年の王族であるセイフリードには単独で命令を実行させる権限がない。
本当に実行するには後見人となった王太子か王の許可がいるが、リーナには言葉にするだけで効果があると判断した。
リーナは処刑という言葉に青ざめ、全部話した。
自分がリーナ・セオドアルイーズからリリーナ・エーメルになったことも全て。





