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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第二章 侍女編
144/1357

144 四人組



 リリーナ・エーメルは後宮華の会における問題の重要証人として保護されることになった。


 どのような保護を受けるかといえば、許可が出るまで後宮内にある一室で過ごすだけ。


 仕事は免除されるが、一切部屋から出ることはできない。


 食事や必要品は警備関係者差し入れる。許可がない人物との面会も不可。


 はっきり言ってしまうと、監禁だった。


 但し、実際に部屋にいるのは別人で、素行があまりにも酷いために処罰を受けることになった第四王子付きの侍女だった。





 一方、第四王子セイフリードの居住エリアに、王太子が四人の女性を派遣した。


 女性達は元王太子付きの侍女や掃除に精通している者で、第四王子付きの侍女達の仕事を監査し、問題がある場合は改善するよう指導する役目を担う。


 責任者は王太子付き女官アリシア・ウェズロー。


 王太子の幼馴染であり、王太子の乳母の娘でもあるアリシアは、下級貴族の出自でありながら王太子付きの筆頭侍女を勤めた実力者。


 いずれは王太子付き侍女長になると言われていたが、結婚のために退職。


 子育てが落ち着いた現在は新たに女官として勤務していた。


 そのアリシアが第四王子の所へ正式に派遣されるということは、王太子が第四王子付きの侍女達の仕事ついて問題視しているが明らかだった。


 アリシア以外に派遣されたのは、今回のために特別採用された侍女のローラ、メイベル、リーナの三名。


 リリーナ・エーメルになったはずのリーナはここにいた。


 平民の元孤児で後宮の召使いだった女性リーナ・セオドアルイーズとして。





 アリシアは二人一組で仕事をすることにした。


 アリシアとローラはセイフリード付きの侍女達を監査しながら、どんな問題を報告。改善を指導する。


 リーナとメイベルはセイフリードが常にいる第四王子専用の図書室、寝室などの重要な部屋を早急に掃除することになった。


「大丈夫でしょうか?」


 リーナは大量の濡れた雑巾を入れたバケツを台車に乗せて運んでいた。


「大丈夫にするしかないのよ」


 元王太子付き侍女だったメイベルはそう答えた。


「怒られないか心配です」


 本来、掃除は部屋が使用されていない時間にする。


 だが、セイフリードは図書室にほぼ籠っている。


 部屋の外に出るのはトイレや入浴といった限られた時間だけで、普通に対応していたのであれば掃除ができない。


 第四王子付きの侍女達はセイフリードに掃除の許可を貰おうとしたが、許可がでない。


 そのせいでずっと掃除ができないままになっている状態だった。


「行くわよ!」


 メイベルは第四王子付き護衛騎士が警備する図書室のドアをノックした後、部屋の中に入った。


「失礼いたします!」


 リーナもその後に大量の雑巾が入ったバケツを持って続く。


 セイフリードは本を読んでいた。


「王子殿下に申し上げます」


 セイフリードは第四王子と呼ばれるのを嫌がる。


 最も序列が下、軽視されていると感じ、不機嫌になるか無礼だと言うか無視する。


 よく知らない者に名前を呼ばれるのも嫌い。一番いいのは王子殿下と呼ぶこと。


 メイベルはその情報をアリシアから仕入れていた。


「王太子殿下より派遣されました特務の侍女メイベルとリーナです。こちらのお部屋を掃除する許可をいただきたいのですが?」


 メイベルが尋ねるが、セイフリードは全くの無反応。


 リーナやメイベルに見向きもしない。無言で本のページをめくった。


 普通なら許可が出ないと判断して下がる。


 しかし、メイベルは普通の侍女ではない。元王太子付き侍女だった。


 この程度のことはしょっちゅう経験していた。


 王太子も同じで、部屋に籠って仕事や勉強をしたまま何も言わない。


 普通の対応では掃除できないため、王太子付き侍女ならではの対応策があった。


「沈黙は肯定とみなし、掃除させていただきます!」


 メイベルはビシッと宣言した。


 カッコいいです!


 リーナはメイベルを尊敬した。


 自分だけなら許可が貰えないことに困り果て、悩んでいたに違いない。さすが元王太子付き侍女だと尊敬した。


「リーナ、静かにね?」

「はい」


 掃除の仕方は事前に打ち合わせしてあった。


 作業は可能な限り静かに手早く行う。業務伝達の声も小さくする。


 ……想像していたけれど、酷いわ。


 メイベルは心の中で呟いた。


 食事のセットはないが、お茶のセットが三セットあった。


 通常は古いものを片付けて新しいものを置く。一セットになるはずだというのに、そうなっていない。


 部屋中の至る所に大きな埃の塊があった。おかげで部屋の中は埃臭い。


 普通であれば窓を開け、空気を入れ替えつつ埃を外に出す。


 しかし、あまりにも埃が多すぎる場合は適さない。部屋中の埃が舞い上がってしまう。


 メイベルは窓を閉めたまま掃除することをリーナに伝えた。


「素早くね?」

「はい」


 二人はほうきも使わない。全て雑巾による拭き掃除。


 水拭きもできるように濡らした雑巾を大量に持って来た。


 部屋の中で雑巾を洗うようなことはしない。水音がしてしまうだけでなく、汚い水をこぼしてしまうと大変なことになってしまうからだ。


 リーナとメイベルは大量に持って来た雑巾をできるだけ無駄なく使うつもりだったが、長年掃除していないだけあって、みるみる雑巾が汚れていった。


 あっという間に真っ黒です!


 雑巾が全然足りないわ!


 ……真っ黒です。


 心の中で叫びながら、リーナとメイベルは黙々と拭き掃除を続けた。


 二人はできるだけ静かに拭き掃除をした。


 物はできるだけ動かさない。触らない。そのままにした。


 セイフリードは本を重ねて積んでいる。


 それに触るだけで叱責されてしまうのもわかっていた。


 触っていいのは明らかなゴミ、埃、家具だけだ。


「……メイベルさん、もうないです」


 用意した雑巾をすべて使い切ってしまった。


 綺麗だった雑巾はすべてこのまま捨ててしまいたいほど汚い雑巾に変貌した。


「……本日はここまでになります」


 リーナとメイベルは大量の汚れた雑巾と片づけていないお茶のセットを持って、部屋を退出した。


 ドアを閉めた後、二人は深く息をついた。


 護衛騎士に見られるが、二人はそれを気にする余裕がなかった。


「配膳室へ戻すわ。その前に雑巾をクリーニングカウンターに持って行くわよ」

「こんなに汚いのを受け付けてくれるでしょうか?」

「受け付けて貰うように言うのよ」


 リーナが懸念した通り、クリーニングカウンターの者はあまりにも汚れた雑巾を見て廃棄した方がいいと言った。


 だが、メイベルは洗って欲しいと伝えた。


 雑巾を廃棄すると新しい雑巾を支給して貰う必要がある。


 だが、すぐには貰えない。雑巾がなければ掃除できない。


 洗いに出した雑巾を真っ白にする必要はない。薄い灰色でもいいとメイベルは伝えた。


「それなら自分で洗ってくれませんか?」

「王族付き侍女にそれを言うの? 洗うのは洗濯部の仕事でしょう? 私達は配膳室へ行かないといけないのよ」


 メイベルは台車の上に乗せたお茶のセットを指差した。


 クリーニングカウンターの者はしぶしぶ大量の汚い雑巾の洗濯を受けつけた。


「メイベルさんは凄いです! 私ならきっと自分で雑巾を洗っていました」

「それは間違いよ」


 王族付きの仕事は多くある。


 掃除が担当だとしても、最終的に出た洗いものは服だろうがエプロンだろうが雑巾だろうが洗濯部の管轄。自分で洗う必要はない。


「掃除の途中で雑巾を洗う時は自分でするわ。でも、最後は任せればいいの。洗濯部の仕事を私達がする必要はないのよ。全部自分でしていたら、他の仕事ができなくなるわ」


 王族付きは掃除や洗濯といった一種類の仕事だけをすればいい職種ではない。


 下位の侍女や召使いに適切な仕事を割り振ることも職務の一つだとメイベルは説明した。


「そうなのですね」

「洗濯部が大変だと思うでしょうけれど、ちゃんと洗濯用の機械があるのよ」


 日々、大勢の人々が掃除をするだけに、大量の汚れた雑巾が出る。


 洗濯部にはそれに対応するための洗い機や絞り機があり、効率よく大量の洗濯ものをさばいている。


「私達が一枚ずつ洗うのは効率が悪いし、汚れだって落ちにくいわ。損だってこと」

「そうでしたか」

「それにしても凄い部屋だったわ」


 メイベルは肩を落としながらため息をついた。


「いかにこれまでの侍女達が仕事をできていないかがわかったわね」

「私も驚きました」


 リーナも素直に思ったことを言葉にした。


「王族の部屋はどこもきちんと綺麗に整えられているものだと思っていました」


 少なくとも、リーナがトイレ掃除する際に通っていた控えの間や応接間は塵一つないと感じるほど綺麗だった。


 ところが、実際に王族であるセイフリードがいる図書室は大きな埃の塊があちこちに見えるほどあった。



「昼食にしましょう。午前中があっという間に終わったわ」

「そうですね」


 リーナとメイベルは食堂に行った。


 第四王子付きの者達専用の食堂の方がよほど綺麗だけに、リーナは違和感を覚えるしかない。


「メイベルさん」


 リーナの視線はカウンターに向けられていた。


 食事はカウンターで好きなものをトレーに乗せる方式。


 様々な小皿があって非常に美味しそうではあるが、高そうでもある。


「ここの食事代はどのような感じになっているのでしょうか?」

「王族付きの者の食事は、好きなものをトレーに乗せるだけ乗せていいのよ」

「お金がかかるのですよね?」

「王宮は無料だけど、後宮は違うようね。でも、いくらでも好きなものを食べて大丈夫よ。食費はどれだけ食べても一定だって聞いたわ。ちょっとでも沢山でも同じ値段ってこと。だったら沢山食べた方が得でしょう?」

「そうですね」


 メイベルは遠慮することなくトレーに小皿を乗せていった。


 肉ばかり。厚切りの肉もあれば、薄切り肉もある。


「さっさと決めないと駄目よ。私達は肉体労働担当だから、しっかり食べなさない。体力が持たないわよ?」


 メイベルは次々とリーナのトレーに小皿を乗せた。


 栄養バランスを考え、野菜やパンも乗せてくれる。


 小皿の中身を別の小皿のものと合わせ、空の小皿を一カ所に積み重ねることで、より多くの量を載せることができるという裏技も伝授した。


「食べきれるでしょうか?」


 なんとなく見ただけでお腹がいっぱいになりそうだとリーナは思った。


「私が食べてあげるわよ」


 メイベルの食欲は旺盛で、食事を次々と平らげていた。


「メイベルさんは食べるのが早いですね」

「少ししか乗ってないからよ」

「どうして小皿なのでしょうか? 大きなお皿に盛ったほうがいい気がします。わざわざこんなに沢山の料理を作るのも大変です。もっと種類を少なくしてもいい気がします」

「王族付きは勉強しないといけないからよ」


 メイベルは言った。


「王宮に就職する前にも勉強するけれど、限度があるわ。実際に就職してから学ぶことも多くあるのよ。王族付きは特にそう」


 王族付きの仕事はすべて守秘義務の対象になる。


 元王族付きが他の者にこのような仕事をしていたと話すことはできない。


 そのせいで事前に学びにくいため、細かい部分は働きながら学んでいく。


 食事もその一つで、王族付きに相応しい知識を蓄えなければならない。


「王族にどれが美味しいって聞かれて、食べたことがない、わからないって答えるわけにはいかないでしょう? 優秀ではないって思われてしまうわ」

「なるほど」

「どれがどんなものでどういう味かを知らないと、毒が入っていないかどうかもわからないわ」

「毒!」


 リーナは思わず食事を見つめた。


「もしかして、これにも毒が入っているのでしょうか? 私達は毒見もするということですか?」

「さあ、どうかしらね」


 メイベルはまったく気にすることなく答えた。


「でも、王族付きの食事に毒が入っていたら厨房関係者はもっと大変なことになってしまうわ。大丈夫よ。お腹が痛くなってもそれは毒のせいじゃないわ。ただの食べ過ぎよ。それか、食べ慣れていない食材や料理のせいね」

「そうですか」


 リーナはホッとした表情になった。


「王族付きの食事は王族が食べる食事に近いものが使われているの。だから、他の住み込みよりもずっと美味しいものを食べられるのよ。王族付きの特典ね!」

「素敵な特典です!」

「お茶も飲めるわ。食後に取りに行きましょう。お茶の淹れ方や味や香りについても勉強しないといけないわ」

「はい!」


 リーナは食事も勉強になるのだと思いながら食べた。


「美味しい?」

「美味しいです!」


 まずはメイベルのようにしっかり食べることから始めようとリーナは思った。



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