14 アルバイトの内容
「驚くよね。それが普通だよ。でも借金があると、報酬次第では受ける者もいる。
十万ギニーだけど」
「十万!」
リーナは若い男性が口にした言葉に動揺した。
「たった一回で?」
リーナはそう言ったものの、すぐに間違いだと思った。
デート一回で十万ギニーはありえない。
「一日だけだよ」
「一日!」
リーナの給与は一カ月で十六万ギニー。
たった一日で十万稼げる。破格の報酬だった。
「まず、指定した日に休みを取って貰わないといけない。日給が減るかもしれないことを考慮している」
「でも、十万なんて……」
「君は召使いだけど、侍女の日給は高いからね。一日で数万ギニー貰っている者もいる」
なるほどとリーナは思った。
金額設定は侍女に合わせている。
リーナは召使いだからこそ、かなり高く感じるということだ。
「休みを取った後は、こちらの指示通りに行動する。詳しくは言えないけれど、男性とデートをして貰う。未成年でも大丈夫な健全極まりないデートだよ」
但し、エスコートをするため、手をつなぐ程度の接触はある。
会話や食事を一緒に楽しみながら過ごすだけ。
「夕食には間に合うように帰れる。どうかな?」
リーナは疑うような表情になった。
あまりにも健全過ぎて、逆に怪しい気がした。
「簡単そうですが、それで十万なんておかしくないですか?」
「そうでもない。デートの相手は僕じゃないからね」
デート相手は男性の知り合いになる。
一般的にはブラインドデートと言われるもので、仲介者が相手の知らない女性をデート相手として紹介する形式だ。
「初対面の相手と一日過ごすのは不安だろうから、報酬を出すことにした。アルバイトとして割り切れるだろう?」
「あまりにも都合のいいお話過ぎて、騙されているような気がします」
「低い報酬の方についても興味があるかな?」
「一応」
「二時間だけになる。話をしながらお茶やお菓子を食べるだけ。より手軽で簡単な内容だよ」
「報酬はいくらなのでしょうか?」
「一万ギニー」
最初に高額な方を聞いたせいか、安くは感じる。
しかし、たった二時間で一万ギニー。
リーナの月給から考えれば、日給は五千ギニーを超える程度。
たった二時間で約二倍の額が貰える。
悪くない話ではあるが、知らない相手と一緒に過ごすのは不安だった。
「知り合いに女性と付き合うのが苦手な者がいる。デートをすることで、女性とうまく付き合えるよう練習したい。つまり、練習相手を務めてくれる女性を探している」
リーナは少しだけ安心した。
そういった事情であれば、デートの依頼話はそれほどおかしくはないと感じた。
「すでに知っている相手とは練習しにくくてね。そこで一度も会ったことがない女性を探すことになって……女性慣れしていないから、不快にさせてしまうようなことがあるかもしれない。不愛想だとか、きつい言葉だとか。そういったことも考慮して報酬を高めに設定している」
なぜ報酬が高いのかについての説明が追加され、リーナはより安心した。
「口止め料も入っている。アルバイトをしたことは誰にも言わないで欲しい。たった一回、一日か二時間だけだし、難しいことではないはずだ」
確かに難しくはないとリーナは思った。
「君は過去に異性と交際したことがないようだし、君自身にとっても練習になりそうだ。できるだけ丁寧に礼儀正しくしてくれればいい。無理にとは言わないけど、どうかな?」
説明におかしな点はなさそうだとリーナは思った。
だが、一番気になっていることがわからないままだった。
「貴方は高貴な方のように思えます。制服を着用していないので外部の方だと思います。わざわざ後宮に勤める者に依頼しなくてもいいのではないでしょうか?」
後宮に勤務している者はよほどのことがない限り外出できない。
休みを取得できたとしても、後宮の外でデートをすることはできないということをリーナは説明した。
「あえて後宮の女性に声をかけている」
「あえて?」
「王宮の女性に声をかけるのは難しい」
「断られてしまうのですか?」
リーナはなんとなく思いついた理由を口にした。
「王宮には恋人や婚約者がいる女性が多い。既婚者であっても、仕事の都合で指輪をはずしていることがある。見分けがつかない」
仕事内容から考えると、恋人や婚約者がいないほうがいい。既婚者は絶対に避けたい。
だが、それらを事前に見分けるのは難しく、嘘をつかれても困る。
「後宮にいる女性は基本的に未婚者だ。男性が少ない環境だから、恋人も婚約者もいないことが多い。声をかけやすい」
後宮にいる女性はよほどのことがない限り外出できないことも利点だ。
口止め料が含まれていても、偶然どこかで会う可能性がある。
後宮にいる女性はよほどのことがない限り外出できないため、偶然どこかで会う可能性も少ない。
「後宮の女性の多くは借金をしていると聞いてね。割のいいアルバイトの話を持ち掛ければ興味を示す者が多い。大体こんな理由かな」
非常に納得のいく説明だと、リーナは思った。
「かなり詳しく話したつもりだけど、君は受ける気がなさそうに見えるよ」
「……なんとなくですが、怖いです」
「僕もこういった話を持ちかけられたら怪しいと思う。まず、受けないね」
若い男性はにっこり微笑んだ。
「こんな話をしてしまって悪かったね。一度も会ったことがない誠実で信頼できそうな女性を探して欲しいと言われて困っていた」
「そうでしたか」
「僕もこういった話をまったく知らない女性にするのは勇気がいる。これでもかなり努力して話している」
「お知り合いのために練習相手を探すなんて、優しいのですね」
若い男性はゆっくりと首を横に振った
「そうじゃない。仕方なくてね。しぶしぶだよ」
「お力になりたい気持ちもあるのですけど、不安過ぎて無理そうです。すぐに断るだけの勇気も判断力もなかったせいで、お手間を取らせてしまいました。申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。ここだけの話だけど、断ってくれて良かった。結局はお金でなんとかできないかという話だからね。自分で言っておいてなんだけど、あまりいい話ではないよ」
若い男性は優しく微笑んだ。
「ごめんね。この話は聞かなかったことにしてくれるかな?」
「はい」
「じゃあ、口止め料だ」
若い男性はポケットから取り出したものを差し出した。
キャンディだった。
リーナは嬉しかったが、受け取ろうとはしなかった。
「受け取れません。賄賂になると困るので」
賄賂という言葉に若い男性は目を見張った。
この程度のことは誰も気にしない。
口止め料としてキャンディというのは安すぎる、お金が欲しいと言い出す者さえいた。
若い男性はリーナの生真面目さを感じた。
そこで別の言い方をすることにした。
「誰も賄賂だなんて思わないよ。もしかして、袋やリボンの方が良かったかな? それは別の女性にあげてしまってね。お菓子よりもその方がいいと言われたから」
他の女性と話した際、口止め料としてキャンディが入っていた袋やリボンをあげたのだろうとリーナは推測した。
「キャンディは嫌いかな? 他のお菓子がいい?」
「……何もいらないと言いたいところなのですが、実は困っています」
リーナは優しそうな若い男性に助けを求めることにした。
「上司の侍女に会いたいのですが、侍女の休憩室がどこにあるのか知りません。途中で会った者に聞こうと思っていました。もしご存じでしたら、どこにあるのか教えて頂けないでしょうか? 大体の場所でも構いません」
若い男性はリーナをじっと見つめた。
「召使いなのに侍女の休憩室を知らないの?」
「今日、召使いになったばかりなのです。地下と一階はわかるのですが、侍女の休憩室は二階だと聞きました。二階を勝手に歩きまわって不審者と思われないか心配です。一階で教えて貰えそうな者がいないか探していました」
「今日、昇格したの?」
「はい。午前中に侍女長に呼ばれて、通達されました。警備に聞くことも考えたのですけど、以前話しかけた際、道案内は警備の仕事ではないと怒られてしまいました。なので、聞きにくくて……」
「そうだったのか。昇格おめでとう」
突然の祝辞にリーナは驚いた。
だが、若い男性の眼差しは優しく温かい。
じんわりと心が温められたような気がした。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「移動しよう」
若い男性はそう言うと、リーナの手を取って立ち上がった。
「あの」
「こっちだよ」
「案内していただけるのは嬉しいのですけど、手は……」
「手をつなぐのは嫌ってこと?」
「お会いしたばかりです。身分も違いますよね?」
「控え目だね」
若い男性は手を離して歩き出す。
リーナもその後に続いて歩き出した。





