138 青の応接間(二)
大体の質問が終わると、パスカルは別のことを尋ねることにした。
「リーナ、今回の件に関する聞き取り調査は一応ここまでにする。この後は個人的な話をしようと思う。いいかな?」
「はい」
「リーナはディヴァレー伯爵を知っているね?」
パスカルはどうしてもセブンのことについてリーナに聞いておきたかった。
「セブン様ですね?」
「名前で呼んでいいって言われた?」
「はい」
「初めて会ったのはいつかな? 後宮?」
「いいえ。ノースランド公爵家です」
ロジャーの友人だと教えられ、再就職するために必要な書類にサインをするように言われたことをリーナは説明した。
「他には何か言われた?」
「他ですか?」
「オペラのこととか。次に会う予定とか?」
「ないです。サインをするとすぐにお帰りになられました」
「次にディヴァレー伯爵と会ったのは?」
「王立歌劇場です」
「セシルと一緒に観劇に来た日よりも前?」
「いいえ。セシル様と一緒に観劇した日です」
「喜劇のオペラを観た時だよね?」
「そうです」
「どうして黒のボックスに招待されたと思う?」
「私が連れて行かれたボックスのことですよね?」
「そうだよ。黒を家の色にしているウェストランド公爵家が所有しているボックスだ」
「セシル様に、上の席が空いたと言っていました。良い席でオペラを観劇すればいいと思われたのではないでしょうか?」
「驚いたよね?」
「勿論です」
「ディヴァレー伯爵に交際を申し込まれなかった? もしくは婚約とか結婚に関する話はでなかったかな?」
リーナは表情を曇らせた。
「セブン様からは言われたのは、家族を紹介するということだけです。でも、ご家族の方は深い意味に思われたようです。交際する気があるのか尋ねられました」
「どう答えたのかな?」
「交際する気はないと答えました。でも、セブン様のお母様は恋人か結婚相手になる可能性があるから連れて来たと思ったらしくて、セブン様の子どもを産んでほしいと言われました」
絶対にダメだ!
パスカル心に込み上げたのは警戒心とセブンを否定する気持ちだった。
「リーナはディヴァレー伯爵の異名を知っているのかな?」
「異名?」
リーナは尋ねた。
「セブン・ウェストランドは死神だと言われている」
ディヴァレー伯爵の称号を持つセブン・ウェストランドは四大公爵家の跡取りで、元王族の子孫でもある。
身分も家柄もよく、財産もある。容姿端麗。頭脳も優秀。無表情で寡黙なだけに静かな性格に見えるが、武術や馬術面に関しても人並み以上に優れている。
かなりの好条件を持っている貴族だが、呪われているという者もいる。
なぜなら、セブン・ウェストランドと交際した女性は必ず不幸になる。
そのせいで死神の異名があることをパスカルは教えた。
「セブンと交際した女性は六人いるけれど、全員が不幸に見舞われた。最初は偶然だと思われていただけれど、さすがに六回もあるとね。死んでしまった者もいたから、色々な噂が飛び交った」
ウェストランド公爵家は血生臭い歴史を持つ家系。
命が惜しいのであれば、近づかない方がいいと思う女性やその家族が増えていった。
「僕には妹がいると言ったね? でも、正確にはいない。死んでしまったから」
パスカルは悲しみに耐えるような表情になった。
「僕の両親は離婚したんだ。政略結婚だったから」
結婚してすぐに妊娠と出産を経験した母親は元々病弱だったこともあり、精神的に疲れ果てていた。
父親は仕事が忙しく屋敷にはほとんど戻らない。
母親はこれ以上耐えられないと感じて離婚した。
「母上はミレニアスに移住した。その時に出会ったミレニアス人との間に女子が生まれた。父親違いだけど、僕の妹だ。いつか会える日が来ることを楽しみにしていたけれど、叶わなかった」
パスカルはいつかミレニアスにいる妹に会えるように、ミレニアス語を学び護身術を習った。
しかし、妹は八歳で死んでしまった。
それからは妹が生きていれば同じ年頃だと思える女性をなんとなく気にするようになった。
「リーナに会った時も妹が生きていたら同じぐらいかなと思って声をかけた。でも、あまりいい話じゃなかったから悪いと思ってね。だから、購買部に連れて行った。昇格のお祝いをして喜んでほしいと思ったんだ。あの時は本当にごめん。でも、リーナに出会えて良かった。心からそう思っている」
「そうでしたか」
リーナは納得した。
なぜ、会ったばかりの自分にパスカルが親切にしてくれたのかを。
「僕は仕事柄色々な人を見て来た。リーナは真面目で誠実で努力家だ。良心的な女性だよ。だから幸せになってほしいし、守りたいって思う。妹のように若くして死んでほしくない」
パスカルは微笑んだ。
「必要以上に怖がらなくていい。でも、自分の周囲を注意して見ないといけない。護身術はできないよね?」
「できません」
「何かあったらすぐに逃げるか、助けを求めること。大声で叫ぶのもいい。自分にできることをする。いいね?」
「はい」
「別の話をしよう。後宮の召使いを辞めたあとのことを教えてほしい」
「わかりました」
孤児院の調査で貴族出自だとわかったこと、ロジャーの配慮によってノースランド公爵家の行儀見習いになったこと、貴族の令嬢らしくなるための勉強に励み、後宮の侍女見習いになったことをリーナは順番に説明した。





