1354 王太子夫妻の夜
「珍しいですね?」
リーナはクオンと一緒に夕食を食べるのが日課だが、そのあとのクオンは執務室へ行くことが多い。
しかし、この日のクオンは入浴するために自室に戻ったものの、そのあとでリーナの寝室に来た。
「疲れているのでしょうか? 寝不足とか?」
クオンから見ればどちらも正解。
だが、クオンはベッドの中に潜り込むとリーナを抱きしめた。
「二人だけで話したかった」
夕食時にもさまざまな話をするが、給仕を務める侍従がいる。
侍従を下げて話をすることもできるが、クオンは寝室で話すことにした。
「新年の人事と変更が通達された。追加の変更もあった。リーナも説明を受けただろう?」
「受けました」
「王太子として適切な判断をしたと思っている。だが、リーナの考えは別かもしれない。落ち込んでいるか? 不満や悲しみを感じていないか? 何でも言ってほしい。夫として妻を支えたい。励ましたいと思っている」
「優しいです」
リーナは嬉しそうにクオンの胸に顔をくっつけた。
「私は後宮統括補佐です。でも、それについては何の通達もありませんでした。クオン様は知っていますか?」
「宰相に確認すればわかることだが、通達がないということは変更がないということだ。だが、ずっとかどうかはわからない。人事変更はいつでもある」
「そうですか」
「不安に思う気持ちはわかる。今回の組織改編によってリーナが作った部署が全部変更された。だが、全部残っている。リーナの取り組みを後宮内でより効果的に継続していくための変更だ」
「そうですね」
「買物部は成功していたが、購買部に吸収されることで予算が大きくなる。外部から必要品を入手しやすくなる。人員配置も効率的にできる」
「カフェ部もできました。課より大きいので、予算も人員も増えます。軽食課のままよりもずっと良くなりますよね」
「そうだ。宰相はリーナの取り組みを高く評価している。後宮統括として冷静に見直し、より良くしていくための変更をした」
「ありがたいです。でも、全然考えていなかったこともあって」
「どんなことだ?」
「別れです」
リーナは寂しそうに答えた。
「ヴェリオール大公妃付きだった人たちの異動がありました。ユーウェインはクオン様付きになりましたし、ロビンはお兄様付きになりました」
「嫌だったのか?」
「正直に言うと、取られてしまったと思いました。でも、ユーウェインの実力を考えれば、最高の評価をしてあげないとおかしいです。だから、王太子付きの護衛騎士に昇格させるべきです。ロビンだって頑張っています。お兄様付きなら勉強できますし、経験も増やせます。人事異動としては正しいのです」
「その通りだ。わかってくれて嬉しい」
クオンはリーナの頭を優しく撫でた。
「ユーウェインもロビンも優秀だが、より向上してほしいと思っている。異動は普通にある。今回の人事ではこうなったというだけで、次の人事ではどうなるかはわからない。能力や状況を考慮して決める」
「わかります。でも、寂しくなります」
「ヴェリオール大公妃付きでなくなったからといって、会えなくなるわけではない。いつでも呼び出せばいいだろう?」
「そうですけれど、仕事の邪魔をしたくありません。相手の貴重な時間を奪ってしまいます」
「ヴェリオール大公妃が気にかけてくれるのは嬉しいと言って喜ぶかもしれない」
「そういう人もいるかもしれません。でも、困ると思う人もいます。メリーネは困るほうの人です」
クオンにとって気になる名前だった。
「何か言われたのか?」
「最後に個人的な発言を許してほしいと言いました。許可すると、私がしてきたことがなくなってしまったように思えても、効率的に維持していくために変更されただけ。後宮にいる者で守っていくと言ってくれました。安心させようとしてくれたのです」
リーナは召使いだった頃からメリーネを知っている。
厳しいけれど優秀な人物。召使いだった自分を認めてくれた相手でもある。
給与が減ってもいいと言って秘書室長になり、リーナがしたいことができるように支えてくれた。
「以前のメリーネだったら、そんなことは言いません。説明や報告だけで終わりです。だから、メリーネが私を気遣う言葉を最後に言ってくれたのが嬉しくて。でも、別れの言葉のようで寂しくて……」
リーナはクオンの胸に顔を押し付けた。
「ありがとうって言いました。体に気をつけて頑張ってほしいと。でも、感謝の気持ちをもっと伝えられる言葉があったはずです。思いつけなかったのが悔しくて」
「気にする必要はない。リーナを支えるのが仕事だった。働きに見合う報酬も得ている。人事変更があっても、王家とエルグラードのために働いているのは同じだろう? 後宮に行けば会えるではないか」
「そうですけれど……モヤモヤします」
「人事発表の時はそんな気分になる者が多い。私も同じだ」
「クオン様も?」
リーナは顔を上げた。
「モヤモヤするのですか?」
「する」
「どうしてですか? クオン様自身が決めた人事ですよね?」
「王太子として冷静に考え、適材適所にしなくてはいけない。個人的な感情を抑え、相手がより成長して実力を発揮できるようにする。だが、私の判断に納得してくれているのかわからない。パスカルはユーウェインの人事に不満だろう」
「個人的にはそうかもしれませんけれど、正当な評価だってわかっています」
「仕事に対する判断を甘くするわけにはいかない。会いたいのであれば、プライベートの時間を活用すればいい。変更によって公私混同をしにくくなる利点もある」
「仕事で会える機会は少なくなりそうですが、プライベートな時間で会えばいいだけなのはわかります」
「時期を見て、セイフリードの方も人事変更をしなければならない」
クオンはため息をついた。
「セイフリードはパスカルに心を開き、信頼もしている。だが、私が見つけた者だ。成人したからにはセイフリード自身で心を開ける相手、信頼できる相手を探してほしい。いずれはそのような者から側近を選ぶのもいいだろう」
「そうですね」
「リーナも同じだ。側近として信頼がおけそうな者を探してほしい」
クオンは優しい眼差しを向けた。
「急ぐことではない。だが、若い世代の登用も視野に入れて熟考したい。女性のことは女性のほうがよくわかりそうだというのもある」
「わかりました」
「何でも私に言ってくれればいいからな? 夫は側近以上にできることが多くある」
「そうですね。一番頼りにしています」
愛し合う夫婦は抱きしめ合った。





