1350 前に進んでいこう
「友人として答える。王太子殿下からの内示を断わるなんてありえないよ」
「……そうですね。すぐに返事をしないこと自体がおかしいはずです。第一王子騎士団の騎士としてふさわしくありません。国民としても最低です」
「将来を真剣に考えている証拠だよ」
パスカルは座り込んだ。
「長くなりそうだから座ろう」
ユーウェインもパスカルの隣に座った。
「ほとんどの人々はユーウェインが迷うことを理解できない。なぜ、すぐに了承しないのかと思う。王太子殿下に信頼され、実力を認められるのは最高に良いことだからだ」
パスカルの言う通りだとユーウェインは思った。
「でも、ユーウェインは迷っているね?」
「そうです」
「どうして?」
「自分が護衛騎士にふさわしくないことを知っているからです」
ユーウェインは心の奥に秘めた自分の想いを言葉にした。
「忠誠心をあらわすために命を賭けるのが騎士かもしれません。ですが、命を賭けなくても守れますし、忠誠心も示せると思っています。王太子殿下は私の考え方をご存知で、命を懸けることなく守り続けるという高い目標を掲げてくれました。光栄の極みです。ですが、私では護衛騎士に求められるものを体現できません。崇高さがないのです。寛大でもなければ慈悲深くもありません。心が狭くて泥臭い人間です」
「人間は迷う。だから、色々なことを考えてしまう。それが普通だよ。騎士でもね。自分をけなす必要はないよ」
ユーウェインはパスカルの優しさを感じた。
「友人として伝えたい。前に進んでいこう。必ず見える景色が違ってくる。辺境と王都、近衛と第一では違ったはずだ。それと同じだよ。護衛騎士になることで、今のユーウェインには見えない何かが見えるようになる。きっと素晴らしいものを見つけることができるよ。王太子殿下もそう思って内示を出されたと思う」
パスカルは温かく微笑んだ。
「実を言うと、僕も悩んだ。ユーウェインが僕付きからはずれると聞いてとてもつらかった。ようやく友人になれた。僕の騎士になってくれたと思っていたからね」
パスカルもまた胸に秘めた想いを打ち明けた。
「でも、僕は前に進むよ。今の自分には見えないものが必ず見えるようになる。これまでとは違う景色、素晴らしいものがある。そう信じていく」
パスカルはユーウェインを真っすぐに見つめた。
「僕たちは友人だ。一緒に前へ進もう。そして、今とは違う景色を見に行こう!」
ユーウェインは即答できなかった。
王太子はもちろんのこと、パスカルもまたユーウェインにとっては別格の存在。
友人とはいえ、一緒に並んで前に進めるとも、同じ景色が見えるとも思えなかった。
むしろ、このような言葉をかけてくれるパスカルはすでに先にいるような気がした。
去年の最終戦のようだ……。
突風が吹いた。それに屈することなく真っすぐに力強く進んでいくパスカルの後ろ姿をユーウェインは思い出した。
全力で追いかけても追いつけない。離されていくばかり。
そんなユーウェインの気持ちを察するかのようにパスカルはため息をついた。
「ユーウェインを説得するのは難しいね」
「すみません」
「謝ることなんかない」
パスカルは仰向けに体を倒し、青い空を見上げる。
「言葉が多かったかな? 静かに休憩しようか」
訪れる沈黙。
ユーウェインは人工水路に視線を移した。
心が和むような風景。
パスカルがユーウェインの心を気遣って選択した場所だとわかっているというのに、ユーウェインは警戒してしまう。
周囲を見渡し、異変なしだと確認する。
職業病……いや、辺境病かもしれない。
常に自分の安全や生死に気を使う。
そのせいで王都に来ても、騎士になっても、何をしてもダメなのかもしれないとユーウェインは思った。
ふと、パスカルに顔を向けたユーウェインは驚いた。
パスカルは仰向けに体を倒しているだけではなく、目をつぶっていた。
「ここで眠るのは危険です」
「ここにいるのは僕たちだけだ。安全だよ。空を見よう」
「パスカル様は目をつぶっていますが?」
「もう空は見た。目をつぶったのは風を感じるためだよ」
「なるほど」
「僕と同じように仰向けになってほしいな」
ユーウェインは再度付近の様子を見て安全を確認すると、仰向けに体を倒した。
「空はどう?」
「青いです」
「風は?」
「弱いです」
パスカルは目を開けてユーウェインを見ると、クスリと笑った。
「目を閉じていない」
「目を閉じなくても風を感じられます」
「ユーウェインらしい。命を懸けなくても僕を守れているのと同じだね」
ユーウェインは顔をパスカルの方に向けた。
「それは……冗談でしょうか?」
「事実だよ。ユーウェインはそういう考え方じゃないか。目を閉じれば風を感じることができると言われても、目を閉じなくても風を感じることができると思う。他人に何を言われようが、自分の意見とやり方がある。それでいいと思っている」
確かにそうだとユーウェインは思った。
「騎士を辞めることになったら、必ず僕のところへ来ること。わかったね?」
「まだ辞めません」
「即答したね? でも、肝心なことを忘れている」
パスカルは深いため息をついた。
「王太子付きの護衛騎士になるのを断る者は第一王子騎士団に必要ない。ラインハルト団長ならそう判断する。誰も異を唱えない。強制退団だ」
ユーウェインはハッとした。
「もう猶予はない。一年を過ぎている。試用期間は終わりだよ。第一王子騎士団がどんな騎士団かは学んだはずだ」
王太子こそが至上。絶対。命を懸けてでも王太子を守る。それが第一王子騎士団の信条であり、存在意義。
王太子の護衛騎士になりたくない者は必要ない。
「決めるしかない。第一王子騎士団に残るために護衛騎士の内示を受けるか、断って退団するかだ」
「内示を受けます」
ユーウェインはようやく決めた。
「護衛騎士は最高の騎士だと言われています。私にはまだまだ足りないものが多くありますが、それでも第一王子騎士団にいたいです」
「ラインハルト団長ならわかってくれる。双剣の騎士だからね」
パスカルは確信していた。
「第一王子騎士団の正式な装備は片手剣と盾だ。双剣じゃない。そのせいで、ラインハルト団長はつらい想いも苦しい日々も経験した。でも、双剣を捨てることなく騎士であり続けた。その結果は誰もが知っている。第一王子騎士団の団長になった。自らの信念を周囲に認めさせた」
それがいかにすごいことであるかを、ユーウェインは騎士だからこそ強く実感した。
「ラインハルト団長は自分の考えが絶対的に正しいわけではないことを知っている。それは第一王子騎士団の騎士を見ればわかる。双剣を教えても、双剣の騎士ばかりを揃えてはいない。第一王子騎士団の団長として、片手剣と盾を選ぶ選択も守っている」
「そうですね」
「自分の信念だけでなく、自分とは違う騎士の信念も守っている証拠だ。ユーウェインの信念も守ってくれるよ」
「そう思います」
「王宮に戻ろう。ラインハルト団長に一秒でも早く答えを伝えた方がいい」
「そうですね」
二人は馬に乗って王宮へ戻った。
執務室に行くと、ロスターがげんなりした様子だった。
「やっと戻ったか。ラインハルト団長がユーウェインを呼んでいる。王宮内をあちこち探し回ったがいなくて困った。どこにいたんだ?」
「馬で出かけた」
「次は最初からそう言ってほしい。きっとトロイもそう思っている。交代でパスカルとユーウェインがいそうな場所を探しまくっていた」
「ごめん。気を付けるよ。ユーウェインは団長室に行って」
「はい」
ユーウェインが執務室を出ると、トロイが走ってきた。
「待ってください!」
珍しくトロイが叫んだ。
「パスカル様は?」
「中にいます」
「良かったです、パスカル様が無事で!」
トロイはホッとした。
「パスカル様と出かける時は、必ずどこに行くかを伝えてください! 暗殺者に何度も狙われているからこその安全確認のためです! いいですね?」
鬼気迫る表情のトロイにユーウェインは睨まれる。
「留意します」
ユーウェインは必ずパスカルを守るので大丈夫だと言いたかった。
しかし、もう言えない。
なぜなら、ユーウェインが選んだのはパスカルの護衛からはずれる未来だった。





