1343 王太子との面談
退院したユーウェインは王太子に呼び出された。
パスカルは絶対に同行できないと通達されたことが不安を煽る。
王太子の応接間に入ると、王太子、第一王子騎士団長、王太子騎士団長の三人が椅子に座っており、護衛騎士としてクロイゼルとアンフェルが控えていた。
ユーウェインはパスカルに教えられた通り部屋の中に入ると一旦片膝をついて一礼した。
「お呼びとか」
「もっと近くに来い。話がある」
「はっ」
ユーウェインは緊張しながら立ち上がると前に進み、再度片膝をついて頭を下げた。
「顔を上げろ」
指示通り、ユーウェインは顔を上げた。
「体調はどうだ?」
「問題ありません」
ユーウェインは答えた。
「王太子殿下に申し上げたいことがあります。新年の騎馬訓練でのことです」
「あの件はもういい。気にするな。私の騎士が無事回復できたのであればいい」
クオンはそう言うと、表情を和らげた。
「叱責するために呼んだわけではない。安心しろと言いたいところだが、二人の団長がいる。くつろぎにくくはあるだろう」
このメンバーがいる前でくつろげるわけがないとユーウェインは思った。
「内示だ。護衛騎士にしようと思う。王太子付きだ」
ユーウェインは驚かずにはいられなかった。
護衛騎士に昇格する話があるかもしれないとは思っていたが、ヴェリオール大公妃付きのままだろうと予想していた。
「王族付きになるには忠誠心が必要だ。私のために真摯に尽くさない者を抜擢するわけにはいかない。第一王子騎士団に引き抜いたのは、ユーウェインが私のために尽くしてくれると思ったからだ」
ユーウェインが第一王子騎士団に来たのは、クオンが婚姻してからだった。
ヴェリオール大公妃の護衛を務める者を補充するためだったが、護衛騎士を選ぶのは慎重さがいる。
まずは出向で第一王子騎士団内での勤務経験を積ませながら実力をはかることになった。
ユーウェインは近衛騎士団で騎士見習いから経験を重ねており、団長付き、パスカル付き、従騎士の教育担当官をこなせるだけの能力もある。
内部審査の結果も優れており、護衛騎士に抜擢できるだけの実力があることが証明されていた。
「主に担当する仕事だが、私の護衛任務を任せたい」
王太子殿下の護衛を?
ユーウェインから見れば、担当する内容もまた驚くべきものだった。
「私はエルグラードで最も暗殺者に狙われていると言われている。だが、安全には何重もの対策をしている」
第一王子騎士団だけでなく、王太子騎士団もいる。
王宮を守るために大勢の騎士や警備隊がいる。
官僚も侍従も侍女などもそれぞれの仕事をしながら、不審者がいないかどうかも警戒している。
「一人だけで私を守るような状況はほとんどない。多くの者と力を合わせて私を守ればいいだけだ。だが、最も安全な場所が最も危険な場所になるかもしれない。どのような状況であっても、私を守る盾になる。それが王太子付き護衛騎士だ。わかるか?」
「わかります」
「騎士は命を懸けて王族を守らなくてはいけないというのが大前提だが、ユーウェインには実力がある。そこで王太子付きの護衛騎士になり、命を懸けずに私と大切な者たちを守ってくれないか?」
「命を懸けずに守る、ですか?」
ユーウェインは驚かずにはいられなかった。
「死んでしまったら守れなくなる。だからこそ、ユーウェインの命を懸けなくていい。その代わり、命を懸けずに私とユーウェイン自身、より多くの命を守れる方法を考え、結果を出し続けなくてはならない。これは命と引き換えに守るよりも難しい。なぜなら、絶対に失ってはいけない命の数が増えるからだ。命の重さ、尊さを考えるほど難しさは増していくだろう。それでもユーウェインならできると私は信じたい。応えてくれないか?」
ユーウェインの想像をはるかに超えた言葉だった。
自分の命と引き換えにしなければ、相手の命を守れないわけではない。命を懸けなくても守れる。
ユーウェインはそう思っていたが、王太子が求めることも同じだった。
だが、決定的な違いがある。
それは命を懸けずに誰かを守る難しさを理解していたか、真摯に向き合っていたかということだった。
命を懸けずに守るということは、ユーウェインが考えていたよりもずっと難しい。
命の重さ、大切さを本当にわかっているのであれば、難しくて当然だった。
「私は熟考して決める性格だ。ユーウェインも熟考していい。但し、次の人事を早急に決めなければならない。できるだけ早い方がいいのはある。内示を受けるかどうかを決めたらラインハルトに伝えろ」
「王太子殿下」
ユーウェインはどうしても聞きたいことがあった。
「もし私が内示を受けた場合、パスカル様の護衛はどうなるのでしょうか?」
「別の者が担当する」
ユーウェインが予想した通りの答え。
「もし内示を受けなかった場合、パスカル様の護衛は現状のままでしょうか?」
「知りたいか?」
「私はパスカル様付きの筆頭です。知りたいです」
「そうだな。パスカルの護衛を務める筆頭騎士としては知りたいのが当然だろう」
クオンの口調は静か。
「パスカル付きについても再考することにした。内示を受けなかった場合でも、パスカル付きからはずす。それ以上は言えない。この件については人事のことだけに誰にも言うな。この部屋の中にいる三人しか知らないと思え。わかったな?」
「はい」
「話は以上だ。下がれ」
ユーウェインは一礼すると、静かに部屋を出た。
「どう思う?」
クオンは尋ねた。
「まだまだ未熟だ。がっかりしているのが明らかだった。不敬だと言うのに!」
パスカル付きからはずれると聞いた時のユーウェインの反応を見て、ラインハルトはダメ出しをした。
「若いな。まあ、友人の護衛の方が気楽ではある」
ゼッフェルは苦笑した。
「気楽ではない。パスカルは暗殺未遂を二度も経験している。エルグラードで最も危険かもしれない」
暗殺対象のトップにいるのは常に国王か王太子。
だが、王族を守る護衛は大勢で備えも十分にある。
パスカルは貴族で官僚だからこそ、王族と同じような守り方ができない。
守りが薄く、狙われやすい。
そこで少しでも襲撃される機会を減らすために王宮に住むよう国王が命令しているのが現状だった。
「三度目の暗殺未遂があるようであれば、居室と執務室を往復するだけの生活を命じられる可能性もある」
「宰相と同じか。寵臣ならではの問題と悩みだな」
ゼッフェルはため息をついた。
「まあ、ユーウェイン次第だ。ただの護衛騎士補佐では情報開示できないことが多い。むしろ、王太子殿下はしゃべり過ぎだった」
「それは思った。命を懸けなければダメに決まっているというのに、あのようなことを言うとは! 他の騎士には絶対に聞かせられない言葉だった!」
「どのような言葉であっても、ユーウェインの心に届かなければ意味がない。私の気持ちと高い志をユーウェインは理解できる」
クオンはユーウェインを抜擢する判断に自信がある。
あとはユーウェイン自身がどう判断するかだと思っていた。
「お前たちには別の難しい問題がある。騎士団の人員と予算のやり繰りだ」
ラインハルトとゼッフェルは瞬時に睨み合った。
「私が直轄する騎士団は常に問題を抱えている。それはライバル心をむき出しにして、何かにつけて張り合っていることだ。団長たちの言動はそれをより助長させている」
クオンは容赦なかった。
「私にとって二人は武術の師匠だ。比べたくもなければ上下もつけにくい。だが、王太子として判断しなくてはならない。考えたことを伝える」
一つ目は上下をつける。片方が上。優先になる。
二つ目はどちらも下。新たな人材を上に据える。
三つ目はどちらでもない。上下にとらわれない別の立場になる。
「三つの内、どれがいいかを選べ。質問があれば聞く。遠慮しなくていい」
「一つ目の場合はどのように決める?」
「団長同士の対戦か?」
「団長に求められるのは個人技能とカリスマだけではない。有能な人材を見抜き、適材適所で活用する能力も重要だ。違うか?」
「違わない」
「その通りだ」
「それぞれの騎士団に所属する者の中から小隊メンバーとして十名選んでもらう。小隊戦で勝った方を上、負けた方を下にする。どうだ?」
「どんな小隊戦だ?」
「教えない。だが、騎士たちの連携が重要になるだろう」
二人の団長は考え込んだ。
そして。
「小隊戦で決める」
「同じく」
二人の団長は決着をつける時が来たと感じた。
「では、小隊戦だ」
クオンが宣言した。
お読みいただきありがとうございました!
「小国の王女が大国の皇子に話す本当の理由」を投稿しました。
以前書いた短編の続きの短編です。
よろしくお願いいたします!





