1341 騎馬訓練(二) ~最終戦~
本選が着々と進んだ。
ユーウェインは最終レースまで勝ち残ったが、ロスターは惜しくも一つ前で負けてしまった。
「パスカルの護衛任務に行く。ユーウェインを応援しているからな!」
ロスターはそう言うと、急いでパスカルのところへ行ってしまった。
応援してくれるのは嬉しいが……。
ユーウェインはレースを重ねるごとに不調さを感じるようになっていた。
朝からの行動を思い返してみるが、不調の理由が思いつかない。
去年の最終戦に残ったために予選は免除されている。
勝ち進むことを見越してか、パスカルの護衛任務についても他の者に任せればいいと言われていた。
疾走訓練に集中していい。少しでも良い結果を残した方がいい。
わかっているというのに、ユーウェインは全力を出せない感じがしていた。
「整列!」
ユーウェインはスタート地点に並んだ。
強い風がずっと吹いており、他の騎士たちもそのことをかなり気にしていた。
「収まらないな」
「去年は突風が来たからな」
「嫌な予感がする」
去年の最終レースに残った者が今年の最終戦にもかなり残っており、スタート時に突風が吹く恐ろしさを知っていた。
ユーウェインもなんとなく嫌な予感がしていた。
寒いのは強い風のせいではなく、嫌な予感のせいかもしれない……。
どんな状況でも全力を尽くさなければといけないと思いながらユーウェインは馬を進めた。
だが、パスカルがいない状態で勝っても、本当の意味では最終勝者になれない。
去年の最終勝者と真剣勝負をして勝ってこそ、真の最終勝者。
そんな気持ちがユーウェインの中にある。
きっと他の騎士も同じ。だからこそ、熱を感じにくいのだろうと思った。
最終戦の号令がかかった。
騎士たちを乗せた馬が一斉に横一列で走り出す。
最初に目指すのは制限区間の終わりを示すポールと境界線。
通過するまでは並走する騎士を邪魔するようなコース取りをしてはいけない。
姿勢もできる限り正さなければならない。
騎士らしく美しくという言葉以上の我慢比べが始まった。
もうすぐだ……!
そこからが勝負。
ユーウェインだけでなく最終戦に挑んだ騎士の全員がそう思っていた。
だが、運命も風も気まぐれだった。
魔物のような唸り声を上げた暴風が騎士たちに突如襲い掛かった。
「おおっ!」
「うぐっ!」
「なにっ!」
思わず声を上げてしまうほどの風が、最終戦で競い合う騎士たちを邪魔する。
馬に対しても同じ。これまでのレースで蓄積された疲労もあって、速度を維持できない。
耐えろ……!
ユーウェインは風を受ける体を気持ちで押し返すように念じた。
自分にも馬にもそうすることしかできないと思った次の瞬間、ふっと体が軽くなった。
風が過ぎ去った……!
ユーウェインは本能的に馬の腹を蹴った。
馬が加速していく。ぐんぐん伸びていくのがわかるほど力強い。どこまでも行けそうな気分だった。
そのあとのユーウェインは無我夢中だった。
すでにポールは通過している。体勢を倒して低い姿勢を保つ。
馬から落ちないよう必死にしがみつきながらユーウェインは耐え続けた。
そして、ゴールする。
速度を落とさなければ……。
ユーウェインは馬に指示を与えようとした。
だが、体を起こせない。意識がかすみそうなほどの疲労感があった。
パスカルはより近くで見たいという見学者たちと共に壁の下に降り、ゴールがよく見える場所で馬に乗ったまま見ていた。
だが、ゴールした騎士の一人が体勢を戻すこともなければ馬への指示も出していない。
異変を感じたパスカルはすぐに馬の腹を蹴り、ゴールした騎士に向かって馬を走らせた。
「止まれ!」
声をかけるが、騎士は反応していない。
馬の上でぐったりしているように見えた。
何かあったとしか思えない!
追いついたパスカルは騎士を見て驚いた。
「ユーウェイン!」
名前を呼ばれたと思ったユーウェインはハッとした。
「速度を落とせ!」
そうだ……速度を……。
そう思うというのに、ユーウェインはすぐに動けなかった。
パスカルが必死に手を伸ばし、ユーウェインの馬の手綱を掴んだ。
「任せろ! 絶対に落ちるな!」
パスカルは並走する自分の馬で誘導しながら少しずつユーウェインの馬の速度を落とした。
ようやくユーウェインの馬が止まると、パスカルはすぐに馬から降りた。
「ユーウェイン、しっかりしろ! 僕に掴まれ!」
パスカルの行動に驚き、あとをついてきた騎士たちは察した。
ユーウェインは普通に動けないような状態なのだと。
「担架だ!」
「医者を呼べ!」
「薬を用意しろ!」
騎士たちが叫んでいるとユーウェインは思った。
「……大丈夫です」
ユーウェインの兜が取られ、すぐに額に手が当てられた。
「熱がある! 担架が必要だ!」
高熱だと判断したパスカルが叫んだ。
それを聞いたユーウェインは、ようやく不調の理由を理解した。
「それで寒気が……なるほど……」
「もっと自分のことを大切にするんだ! そうでないと気づけない!」
ユーウェインは病気らしい病気になったことがない。
そのため、自分が病気になるとは全く思っていなかった。
「すみません……」
そう言うのがやっとの状態のユーウェインは、担架に乗せられて医療用の馬車へ運ばれた。
「王太子殿下にご報告申し上げます!」
パスカルから伝令を命じられたロスターはクオンのところへ向かった。
「今年の最終勝者は治療中です。即入院すると思われますので、ご挨拶することができません」
「かなり悪いのか?」
ゴールしたあとの様子がおかしいことにクオンも気づいており、すぐに確認するよう指示を出していた。
「高熱です。強い冷風を受け続けたせいで、体調を崩してしまったのではないかと」
「誰だ?」
一瞬、ロスターは迷った。
健康管理ができていないのは騎士として失格。
体調不調であれば安全を優先して棄権すべきだと思われてしまうかもしれない。
だが、王太子に尋ねられた以上、答えないわけにはいかなかった。
「……ユーウェインです。かなりのプレッシャーを感じていたせいで、不調に気づきにくかったのではないかと」
クオンはため息をついた。
「しっかりと休ませろ。これは命令だ。絶対に無理をさせないようパスカルに伝えろ」
「はっ!」
ロスターは一礼すると、すぐにパスカルのところへ向かった。
「心配ですね……」
リーナがクオンに話しかけた。
「しかも、ユーウェインだなんて!」
「そうだな」
クオンも意外に思っていた。
「最終勝者になれる可能性はあると思っていたが、高熱を出している状態で最終勝者になるとは思わなかった」
「とにかく回復優先です! 怒らないでくださいね? きっと一生懸命だったのです!」
リーナはユーウェインを庇った。
「去年はお兄様が最終勝者だったので悔しそうでした。今年は正式に第一王子騎士団の騎士になったので、去年以上の結果を出したいと思ったはずです。ユーウェインの向上心はとても強いですから!」
「わかっている」
クオンはリーナを安心させるように引き寄せた。
「だが」
「怒っちゃダメですからね? 約束ですよ!」
「そうではない。高熱なら普通は馬に乗れない。最終戦まで勝ち抜くことも最終勝者になることもできないだろう。良くも悪くも予想を超えてくると思っただけだ」
「頑張ったのです!」
リーナは瞳を潤ませた。
「ユーウェインは自分にとても厳しいです。冷たい風のせいで寒いのだと思ってしまい、熱があることに気づけなかったのです!」
「叱責はしない。落馬しなくて良かった。速度を出していただけに、命にかかわる恐れがあった」
クオンはそう言うと、黙って控えているラインハルトに顔を向けた。
「回復優先だ。何も言わなくても本人は猛省するだろう」
「御意」
ラインハルトもとっくに怒りを通り越し、呆れと心配を混ぜ合わせた表情を浮かべていた。
いつもありがとうございます!
今月は未投稿のままの作品を明るいところに出してあげたい気持ちがいっぱいです。
「結婚生活は真っ白で」という作品を投稿しました。
読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします!





