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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編
1340/1356

1340 騎馬訓練(一) ~疾走訓練~



 騎馬訓練の日が来た。

 

 パスカルは去年の最終勝者だったが、本職は官僚であって騎士ではない。


 今年は第一王子騎士団に所属する役職者として、見学者の案内役を担当していた。


「疾走訓練は国民向けのアピールです。ルールも特殊ですし、コースも短距離です。これだけで馬術の技能を判断するのは難しいでしょう」

「国民に強く支持されることは重要だ。騎士団と軍を統合すればいいと言う者もいるぐらいだからな」

「軍縮傾向だけに、とにかく組織的に縮小させたい者もいる」

「有事になってから騎士や兵士を増やすのは難しい。武器を持たせるだけでは無駄に死傷者を増やすだけだ」

「頭が良くても足がすくむような者では戦えない」

「成人男性でも馬に乗れない者もいる」

「武器は進化している。攻撃方法も多様化している。正しく使えなければあらゆる意味で大損害だ」

「国家間の衝突は話し合いで解決できることばかりではない」

「騎士団は必要だ!」

「国軍は増強するべきだ!」

「警備隊も増員してほしい!」

 

 見学者は騎士団と国軍と警備隊関係者ばかり。


「パスカル、なんとかしてくれ」

「レーベルオード子爵の協力がほしい」

「ぜひ、お願いしたい」

「始まります」


 パスカルは視線を疾走訓練に向けていた。


「今年は出向者以外にも特別な参加者がいます。応援されては?」

「勝ちたい」

 

 そう言ったのは王太子騎士団長のゼッフェル。


 短距離馬術の実力を調べたいという理由で、出向中の騎士以外にも王太子騎士団から数人の騎士を参加させていた。


「だが、独自のルールがあるだけに難しい」


 新年の疾走訓練は、速さや着順を競うだけではない。


 騎士らしさもまた競うため、スタート時から途中にあるポールまでは姿勢を正して馬に乗らなくてはならない。


 体が揺れたり斜めに傾いたりしないように気をつけなくてはならず、騎士らしく美しい状態とみなされなければ失格になってしまう。


「十分な練習ができていない」

「第一王子騎士団に有利過ぎる」

 

 国軍や警備隊関係者からも馬術に自信がある者が特別に参加していた。

 

 必ず本選に進めるために、昨日はルール説明やスタートの練習、経験を積むために朝から行われている予選にも参加していた。

 

 だが、予選落ちの騎士たちにも勝てないため、本選の一戦目で終わりになるだろうと予想されていた。


「王太子騎士団から第一に出向中の者はかなりの練習をしています。良い結果を出せる者がいるかもしれません」


 第一王子騎士団に出向中の者はこのまま第一王子騎士団に引き抜かれたいと思っている。


 追加の審査でも実力を示したかったが、第一王子騎士団から参加した騎士に剣の審査で負けていた。


 そのせいもあって、疾走訓練で少しでも評価を上げたいと思っている者ばかり。


 パスカル付きの騎士長を務めるロスターもかなりの気合いを入れていた。


「最終戦まで残ってほしいが、厳しいだろう」

「第一王子騎士団は不屈の信念を尊びます。最後まで諦めなければ、勝利の風が吹くかもしれません」

「去年は吹いた」

 

 ラインハルトが口を開いた。


「だが、最終勝者から見ればであって、他の者にとっては試練の風だった」

「今日も風はあるが、そこまで強くない」

 

 ゼッフェルが空を見上げた。


「ここは高い。下の方はもっと弱そうだ」

「そうだな」

「防壁もある」

「壁があるからこそ、突風が来ると大変なのです」

 

 昨年の参加時にパスカルはそのことを思い知った。


「ですが、風を操ることはできません。騎士らしく全力を尽くして困難に打ち勝つ。そのための訓練です」

「そうだな」

「わかっている」

「ここから見学できるのはいいが、一つ残念なことがある」

「スタート地点しか見えない」

「ゴール地点も見えればいいというのに」

「直線コースではないので仕方がありません。最終戦はゴール地点で見学されますか?」

「王太子殿下はどうされるか聞いているか?」


 ゼッフェルが尋ねた。


「謁見が長引いても、最終戦までには必ず夫婦で来るそうです」

「最終戦はゴールの方で見るだろう。それまではスタート地点の方に来る可能性が高い」


 パスカルとラインハルトがそれぞれ答えた。


「取りあえずはここでいい。王太子騎士団の参加者に睨みを利かせ、気合いを入れさせる」

 

 ゼッフェルはスタート地点で見学することにした。


「そうだな。国軍からの参加者を監視しながら激励する」

「警備隊からの参加者に圧をかけて奮起を促す」


 言葉は違っても、見学者たちのすることは同じだった。





 二戦目が終わったあと、ユーウェインはスタート地点に戻りながら馬を歩かせていた。


「ユーウェイン!」


 後ろを振り返ると、ロスターが馬を走らせて近づいて来た。


「勝った! 一着だった!」


 ロスターは満面の笑みを浮かべていた。


「これで三戦目に進める!」

「良かったですね」

「ずっと歩かせて戻るつもりではないだろう? 一緒に戻らないか?」

「一緒に戻ると次のレースも一緒になります。どちらかが一位になれなくなり、敗退することになりますが?」

「それはよくないな。ずらそう」

「戻ってから故意にずらすことはできません。そんなことをすれば、誰もが実力者と同じレースを忌避します」

「それもそうか。あくまでも偶然に戻った順番か」

「最終勝者になる気でいるなら関係ありません。どんな者と同じレースになっても勝つだけです」

「正直に言う。最終勝者は無理だ」


 新年の疾走訓練には独自のルールがある。

 

 スタート地点では姿勢を正し、途中にあるポールを過ぎるまでは耐えなくてはならない。


 そのせいでロスターはスタートダッシュをうまく決めることができないでいた。


「スタートの練習をもっとしておきたかった。短距離だけに後半だけでは取り返しにくい」

 

 第一王子騎士団においては恒例の行事。大きなミスをする者が少なく、スタートで出遅れてしまうのはかなりの不利。

 

 制限区間の終わりを示すポールまでは他との差がつかないようになんとか堪え、ポールを通過した瞬間に速度を一気に上げることでロスターは対応していた。


 だが、他の騎士も同じようにする。


 全員がポールまで我慢比べの状態、ポールを通過した瞬間に加速して一位を狙う戦法しかないコースでもあった。


「パスカルが独走状態だったのが不思議で仕方がない。実際に参加して見ればわかるが、独走するのは不可能に近い」


 第一王子騎士団の騎士は実力者が揃っている。差をつけたくてもつけられない。

 

 だからこそ、スタート地点での査定が極めて厳しい。


「最初の突風で勝負がつきました」

「それもわかる。第一王子騎士団の場所は強い風が吹きやすい。兜がずれないかどうかが心配になる」

「兜は意外と平気です。深くかぶるものですし、姿勢を正すことで落ちにくくなります」


 そのことをユーウェインは去年の訓練で学んでいた。


「そうだな。ユーウェインは今年も最終レースに出られそうか? 最終勝者を目指すつもりだろう?」

「できれば。ですが、難しいかもしれません」


 去年は初めての疾走訓練であるにもかかわらず、最終レースまで勝ち進んだ。


 最終勝者になりたい気持ち、パスカルに負けたくない気持ちを力に変えた。


 今年は経験がある。自分の馬にも慣れた。

 

 他人からは順調に勝っているように見えているかもしれないが、ユーウェインとしては出来が良くないと感じていた。


「パスカル様がいないことでここまで違うとは……」

「どういうことだ?」

「去年よりも騎士たちの気持ちに熱がないのです」


 去年はパスカルが参加することで、第一王子騎士団に気合いが満ち溢れていた。


 事前訓練にも熱が入り、技能を高めることができた者、普段以上に実力を発揮できた者が多くいた。


 今年は部外者が参加している。負けられないのはあるが、実力だけで本選に進めそうな者がいない。


 去年の疾走訓練の熱さが恋しい。パスカルが参加しないことを嘆く騎士が圧倒的に多かった。


「ロスターには好材料でしょう」

「そうか! ゼッフェル団長も見に来ているからな。頑張るしかない。先に行くぞ!」


 ロスターは馬を走らせ、その姿が遠ざかっていく。


 追いつきたいとは思えない……。


 ユーウェインの気持ちをあらわすように、馬はとぼとぼ歩いていた。


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