134 身支度競争
侍女や侍女見習いは出し物のための準備に入った。
王族は休憩中。
クオンは用意された紅茶を飲んだが、美味しいと思えない。
それは紅茶が本当に美味しくないわけではなく、気になることがあるせいだった。
「エゼルバード、書類を見せろ」
エゼルバードは黙って側妃候補の評価を書いた書類を差し出した。
午後にアピールした側妃の評価はほとんど一だが、中には二や三がいる。
全員を落とせないことはわかっているため、エゼルバードなりに残す側妃候補を吟味した結果だった。
クオンが最も見たかった評価は最後の一人。
キフェラ王女の評価は五になっていた。
これだけを見れば、エゼルバードはキフェラ王女のアピールが一番良かったと評価したことになる。
クオンはムカついたが、自身の公正さによれば、この評価は妥当だった。
「兄上はどうされたのですか? 見せていただきたいのですが?」
「見せない」
そう言いながらクオンはエゼルバードの書類を返した。
「残念です」
エゼルバードは書類をどうしても見たいとは言わなかった。
キフェラ王女の点数を知りたいため、兄が自分の書類を見たのをわかっていた。
アピールが良かったかどうかだけで見れば、キフェラ王女のアピールが利口かもしれないと思わせるという意味で一番良かった。
公平に真面目に審査すると言った以上、王太子がキフェラ王女に二以上の評価をつけることも間違いない。
この選考会でキフェラ王女が最低の評価だったとしても、国王はキフェラ王女を側妃候補から外すことには反対することも、エゼルバードにはわかっている。
だからこそ、五という評価にしたのもあった。
どんな評価にしても、国王がキフェラ王女を候補から外さないのはわかりきっている。
だからこそ、エゼルバードは最も高い評価にしたのもあった。
……もしかすると、父上はキフェラ王女が優秀な女性だと知っていたのかもしれませんね?
エゼルバードは自分の思考に没頭していた。
レイフィールも自分用に用意された書類を見ていた。
王族達の休憩は非常に静かなものになった。
休憩が終わると、後宮侍女長からの挨拶があった。
「これより、侍女と侍女見習いによる華やかな出し物が行われます」
側妃候補付きに選ばれた侍女や侍女見習いの優秀さを見る能力検定だが、後宮華の会における出し物としての紹介になった。
そして、出し物の結果は側妃候補の加点になる特典がある。
側妃候補別の四十二チームによる対抗戦が始まった。
最初に行われたのは侍女が参加する出し物、側妃候補の身支度競争だった。
側妃候補の素顔を確認したいエゼルバードのために決まった出し物だ。
側妃候補は化粧をすべて落とした状態で、指定されたシンプルなドレスに着替えなければいけない。
準備の終わった側妃候補達が王族の前に贅揃いした。
書類に名前がある順番に並び、しっかりと化粧を落としているかどうかを確認するために、王族席の前方で一人ずつ名前を言い、一礼することになっていた。
三人の王子は、化粧の力の凄さを実感した。
違う。顔が。
化粧は自分を美しく見せるためにする。平凡な顔立ちであっても化粧の力を借りて美人に見せることさえできる。
それは誰もがわかっていることだったが、化粧の力とその効果を三人の王子は過小評価していたことに気づかされた。
ここまで違うなど……信じられません!
エゼルバードは芸術家だけに、美の解釈は多種多様でいいと思っている。
世界にいる人々全員が美貌を持っているわけではない。それが当たり前だ。
だからこそ、生まれ持つ自分の姿を否定するような化粧をしてまで、作り物の美を求める必要はない。
だというのに、側妃候補は自身の顔をまったくの別物に作り変え、見た目の良さだけを追求しているように感じた。
それは側妃候補の自由であり勝手でもあるが、エゼルバードが自分の側妃候補に認めるかどうかは別だ。
……認めません。私の側妃候補には!
エゼルバードは冷たい怒りに震えながら、候補者の名前に二重横線を入れた。
次々と線を引くエゼルバードの様子に、クオンは当初に想定した合格数が残らないのではないかと思った。
エゼルバードの好きにすればいいと思ったが、意外だ。
クオンは化粧の力とその効果は、良い方にも悪い方にも利用できるようだと思った。
化粧を落とした素顔の方が印象の良さそうな女性もいたからだ。
化粧技術に優れている侍女を利用して自分の良さを引き立てるのではなく、逆に悪くすることで側妃に選ばれないようにしたのかもしれない。
国王が勝手に選んだ側妃候補だけに詳しい事情はわからないが、女性の顔は化粧で良くも悪くも変わる、別人のように激変もするということをクオンは学んだ。
どうするか。
クオンはエゼルバードと違い、女性の美醜を顔で判断するつもりはなかった。
だが、王族妃は多くの人々に注目される。
周囲から見て普通かまあまあの評価はないと、苦労するかもしれないという予感はあった。
そういえば。
クオンはふと思い出した。
リーナはまったく化粧をしてなかった。素顔だったが、好感が持てた。
特別に美しい装いをしていたわけでもない。
化粧やドレスで美しく飾り立てなくても、リーナは好感を持てる女性だということだ。
そのことをクオンは特別気にしてはいなかったが、側妃候補達の素顔を見てしまった今となっては事情が違う。
実は凄いことだったのではないかとクオンは思い始めた。
……いや、待て。軽率な判断はできない。曖昧な記憶だけでは駄目だ。都合よく美化してしまっているかもしれない。
クオンは自身の記憶を探った。
王立歌劇場で会ったリーナの姿を思い出そうと試みる。
白いドレス姿だった。普通に美しいと思った。
最初は化粧がきっちりしていたが、後半は化粧を直していた。
薄めの化粧の方が良いと感じた。優しく誠実なリーナの人柄と、控えめで清楚な装いが調和していた。
クオンはそんなリーナを見て守りたくなった。泣かせたくないと感じた。だからこそ、様々に配慮したのだ。
クオンは思いついた。
リーナは……いわゆる雰囲気美人ということか?
化粧や装いだけでなく、リーナ自身の持つ本質、性格、容姿の特徴、言動、様々なものによって形成されている魅力があるということ。
たぶんだが……。
女性のことがよくわからないクオンにとってはそれが限界だった。
個人的感情や自身の嗜好との関連性を思いつけない。
ただ、リーナの素顔は好ましく、化粧をすることでよりその魅力を引き出せるのはわかった。
クオンはため息をついた。
喜べない。なぜなら、魅力的な女性は悪い男を引き寄せてしまう。
死神と呼ばれる男も。
セイフリードが書いた花丸の謎も解けていない。
まだある。
レイフィールが来たのと同じタイミングで、大宴の間に入室した女性のことだった。
考えることも確認しなければならないこともあるとクオンは思った。
侍女による身支度競争が始まった。
椅子に座っている側妃候補の側に待機していた侍女達が、一斉に動き出した。
基本的には手分け作業。化粧や髪型を整えた後、既定のドレスの上に他のドレスを着用させる。競争だけに、侍女達は必死になって自身が担当する作業を急いだ。
身支度が終わると、最初と同じように王子達にその結果を見せるため、順番に並ぶ。
まずは侍女長などの上位役職者がチェックする。
側妃候補付きの侍女達は優秀だ。いくら急いではいても、王族に謁見するための身支度となれば、相応に整えなければならないことはわかっている。
そして、問題ないと判断された者から順番に王子達の前に行き、挨拶の一礼をする。
王子達は側妃候補の変貌ぶりにショックを受けた。
見た目が格段に良くなっている。先ほどと違う女性達が続々やって来ると感じた。
だが、それだけ側妃候補が美しいということではない。
侍女達の身支度に関する技能が優れているということだ。
侍女の技能を評価するという意味で、王子達は侍女の名前が書かれたリストに丸をつけた。
 





