1337 若い夫婦の願い
大晦日の夜。
王都の夜空には美しい花が咲く。
それは希望の花火。
王都に住む者は希望の花火を見ることができる場所へ向かい、今年の感謝と来年の抱負を花火に願う。
それができない者は耳を澄ませ、かすかに聞こえる花火の音に願いを託す。
人それぞれに、今年最後の夜を過ごす。
ドーン! ドーン! ドーン!
王宮の花火は豪華だった。
希望の花火は一カ所から上がるわけではなく、王都の複数の場所で上がる。
まずは王宮の庭園で花火が上がり、それを開始の合図にして、離れた場所でも花火が上がるというのが恒例。
だが、最も豪華で数が多いのは、間違いなく王宮の庭園から上がる花火だった。
「すごいわね」
「そうだね」
リリーとロビンは王宮で働く人々に開放された見学場所から花火を見ていた。
去年同様、国王は王宮地区内で働く人々や貴族に対し、花火を観賞するための場所を選定して開放している。
大勢の人々が王宮地区に来ているため、警備関係者は全員勤務。
第一王子騎士団の従騎士であるロビンは王宮雇用者用の観賞エリアの警備をすることになったため、休みのリリーはロビンの配置先から花火を鑑賞することにした。
「ピックの方へ行けばもっとよく見えたよ」
三人の従騎士はその階級と人数が極めて限定的なこともあり、常日頃から同じような仕事が多くなるが、花火の警備については全く別の場所に配置されていた。
「ロビンと一緒に見たかったの」
リリーは友人であるハイジやジゼと一緒に大きな花火を見るよりも、ロビンのいる場所で夫婦一緒に花火を見ることを選んだ。
「すごく嬉しいよ」
「警備中でしょう? 表情を引き締めて。第一王子騎士団の名誉にかかわるわ」
「了解」
しっかり者の妻に指摘され、ロビンは瞬時に表情を引き締めた。
ドーン! ドーン! ドーン!
王宮の花火は数が多いからこそ、沢山の願い事ができる。
リリーとロビンが昔から知る花火はもっと少なく、ゆっくりと時間をかけて一発ずつ上がるようなものだった。
王宮でも最初は一発ずつ上がるが、時間が経つほど数が増えて豪華になっていく。
最後は連続で多くの花火が上がるため、願うのを忘れて見惚れてしまうほどだった。
「お願いはちゃんとしたの?」
「うん。たくさん願ったよ」
花火が終わったあと、夫婦は願い事をしたのかどうかを確かめあった。
「私は最初の方にじっくりと願ったわ」
「僕も同じ。警備もあるし、できそうな時に願い事をしておこうと思った」
「そうよね。ちゃんとお仕事をしないといけないわ」
「リリーと幸せになれるように願ったよ」
「私もロビンと幸せになれるように願ったわ」
二人共通の願いは強そうに思えるが、現実は厳しい。
希望の花火に願っただけでは幸せになれないことを、二人はわかっていた。
「今年は素晴らしい一年だったわ」
貧民街の生活を抜け出した。
後宮に住み、懸命に働くことで正式に採用された。
特別な採用枠だが、甘くはない。
試用期間が設定され、給与は低く、問題があれば即解雇という条件だった。
リリーは自分の人生を変えるために、未来に希望を持てるように、全力を尽くす気でいた。
そのようにできたかといえば、自分でもよくわからない。
気づけば今年最後の日になっていた。もっともっと頑張れたような気もする。
だが、間違いなく頑張った一年だったと思えるのは確かだった。
「来年はもっと素晴らしい一年にしたいの。そのために頑張りたいから、力を貸してほしいって希望の花火に願ったわ」
「僕も同じような願い事をしたよ」
ロビンにとってもこの一年は劇的で、何もかもが変わった。
大きく変わったのは、嫌がっていた警備職についたからでもあった。
警備職は危険で絶対にダメだと思っていたが、自分の実力が第一王子騎士団の従騎士として認められるレベルであることがわかり、自信になった。
エルグラード最高最強と言われる騎士団で働きながら多くのことを学び、自らの能力に磨きをかけ、向上に励んだ一年でもあった。
王宮の警備だけでなく、遠方視察の特別な護衛任務にも派遣され、経験を増やすことができた。
王都に戻ってからの追加の審査では、従騎士における剣の審査で一位。
周囲の期待に応えられてホッとしたのもあるが、以前よりも体力や技能の向上を実感できてもいる。
戦う技能があっても、貧民街では逃げるのが最優先。
怪我をしても医者に行けない。完治するかもわからないからこその選択。
それは不安と恐怖が戦う技能の成長を妨げ、臆病さを増長させるだけでなく、いつしかロビンの中にある挑戦する気持ちを弱らせてしまっていた。
第一王子騎士団に入ることによって、ロビンは自分の中にある勇気を呼び起こした。
不安や恐怖は決してなくならない。それでも、逃げる必要はない。無防備で立ち向かう必要もない。
支えてくれる人がいる。教えてくれる人がいる。信じてくれる人がいる。
夢を叶えるための挑戦をしていける。
ロビンは最高に恵まれた場所にいると感じていた。
「来年も頑張るよ」
「そうね。一緒に頑張りましょう」
リリーがロビンの手を取り、ぎゅっと握り締めた。
「愛しているわ。ずっと一緒にいたいけれど、寒いから王宮に戻るわね。厚手のコートでも野外に長時間いるのはつらいわ」
「その方がいい。風邪を引いたら大変だから」
「おやすみなさい」
「おやすみ。送って行けないから気を付けて」
「ロビンこそ気を付けて。警備なんだから」
リリーはにっこり微笑むと、王宮へ戻る人々の波に乗る。
振り返ることはなくそのままどんどん進んでいく姿は、リリーの強さと潔さを感じさせた。
「いいよな、美人の奥さんで」
近くで警備をしていた王宮騎士団の騎士がロビンの側に寄って来た。
「護衛騎士にはなれないが」
第一王子騎士団の従騎士であるロビンがすでに結婚していることはすでに広く知られていた。
なぜなら、第一王子騎士団に入りたい者は護衛騎士になりたい者ばかり。
護衛騎士になるためには何でもする。愛する女性がいても、護衛騎士になれないことがはっきりとわかるまでは結婚しないのが常識。
だというのに、すでに結婚していて護衛騎士になれない者が従騎士になれるというのはおかしなことだった。
「護衛騎士になれなくても王家の方々を守れるよ。王宮騎士団だってそうじゃないか。近衛だって他の騎士団だって同じだよ。全員が力を合わせて守っている。至近距離からの護衛担当ではないだけだよ」
「そうだな」
王宮騎士団の騎士は頷いた。
「だが、第一王子騎士団の騎士に昇格するのは難しい。噂に聞いたところ、強いらしいじゃないか。王宮騎士団に異動すれば、間違いなく騎士になれると思うが?」
単に騎士になりやすいか、給与が上がるかどうかで考えれば、王宮騎士団に異動した方がいいことをロビンもわかっていた。
「そうだね。でも、王宮騎士団では満足できない者もいる。第一王子騎士団に引き抜かれたい者もいるよね?」
「大勢いる」
「僕はもう第一王子騎士団だ。引き抜かれるかどうかを気にする必要はない。昇格できるように頑張るだけだ。僕が目指すのは第一王子騎士団の騎士だ。それが無理な者は、結婚しているかどうかに関係なく護衛騎士になれないよ」
「確かにそうだな!」
王宮騎士団の騎士は笑みを浮かべた。
「頑張れよ」
「ありがとう。頑張るよ」
「共働きなら安心だ。何気に妻の方が稼いでいそうだな?」
「絶対そうだと思う。余計に頭が上がらないなあ」
「その方がいい。俺の経験上、女性に威張る奴よりも頭を下げられる奴の方が幸せになれる。誠意を示すというのは大切なことだからな」
「そうだね。男性としてのプライドを誇っても女性は喜ばない。誠意の方が評価される」
「騎士は信用が重要だ。それはつまり、誠意を大事にしなければならないということだ」
「わかる」
「お前たち!」
近衛騎士が近づいて来た。
「近衛の私でも特別配備で勤務している! 無駄口を叩いてサボるな! しっかりと警備の役目を果たせ!」
「はっ!」
「注意いたします!」
「よし!」
すぐに近衛騎士は行ってしまった。
「命令系統は違うが、素直に返事をしておいた方がいい。近衛は何かとうるさいからな」
「僕も同じ判断です」
所属は違っても騎士同士。
二人はわかっているというように頷き合った。





