1336 大晦日の夜
大晦日の夜。
王家の全員が集まった夕食会でリーナは自分の状況を説明していた。
「今年の仕事は今年の内にと思っていたのですが、各組織で計算する会計処理やその監査が終わらなくて……報告書の提出は来年にするしかありません」
「お金のことは面倒で悩ましいものよ。どのような類のものであってもね」
エンジェリーナは優しく微笑んだ。
「でも、いずれ届くわ。ヴェリオール大公妃の予算で落として欲しいでしょうから。請求しないわけがないわよ」
「そうですね。今回は公務をすることだけでなく、事後処理についても考える機会になりました」
去年の炊き出しはお試し開催で、会計処理や書類監査はエゼルバードのほうで行った。
しかし、今回は自分の公務としてリーナがしなければならないことがある。
実行日が終わったあとに発生する仕事も含めて考えなくてはいけないことをリーナは学んだ。
「炊き出しにはかなりのお金がかかったのでは?」
レフィーナが質問した。
「来年もまた同じようにしてほしいと思う人々が多いことでしょう。期待がかかるため、より盛大にしないといけないかもしれません。大丈夫なのでしょうか?」
「それはわかりません。私の予算は決められているので、その範囲で収まるようにするだけです」
「それはわかります。ですが、年末の炊き出しに全ての予算を注ぎ込んだのでは?」
ヴェリオール大公妃としての公務は新年からということになっていた。
王族妃として一年目であるにもかかわらず大活躍だったのは言うまでもないが、ヴェリオール大公妃の公務予算を使って行ったのは炊き出しだけ。
来年は遠方視察がないのもあって新たな公務を入れることになるが、費用面でのやり繰りが必要になるのではないかとレフィーネは話した。
「王族妃はその立場にふさわしい活動をしなければなりません。寄付も慈善活動の一つなのですが、多額の寄付を期待されてしまいます。公務が必須ではない側妃の予算では、やり繰りが大変です」
さりげなくレフィーナは側妃の予算が少ないということを主張した。
「聖夜の茶会はとても珍しいというのに、費用があまりかかっていませんでした。どうすればあのように費用を節約できるのでしょうか?」
「まずは自分で動くことが大事だと思います」
リーナは迷うことなく答えた。
「誰かに頼むだけでお金がかかってしまうこともありますから!」
「まあ……そうですね」
「無料のものを活用するのも大事です。王宮や後宮で開催すると場所代がかかりません。王宮や後宮で働く人々の給与は国王陛下が負担してくれます。他の場所では開催しないというだけで、かなりの節約ができます!」
「確かにそうだな」
国王は笑いながら頷いた。
「王立の組織を利用することで経費を抑えることもできます!」
国王の茶会やエンジェリーナの茶会では特別な大道具や小道具が多く必要だった。
そこで王立歌劇場に保管されているものから借りられそうなものを借り、不足なものは王立装飾家具工房で作ってもらった。
その費用は全て無料であることをリーナは説明した。
「リーナ、絵を描かせたでしょう? あれはどうしたの?」
エンジェリーナも自身の茶会に使用されたものについて気になっていた。
「天空の茶会をイメージして作らせたのはわかるわ。でも、短期間しかないのにとても素敵な絵だと思ったのよ。有名な画家に描かせたのでしょう?」
「画家ではありません。王宮美術館の職員が描きました」
「何ですって!」
エンジェリーナは驚愕した。
「美術館の職員が描いた絵なの?」
「そうです。美術館の職員の多くは美術を専攻して学んだ専門家です。絵画や彫刻を作成できる技能者もいるので、ちょっとした絵ならパパッと描いてくれます」
「パパッと……」
「王立歌劇場、王宮装飾家具工房、王宮美術館は普段からさまざまな舞台セットを用意するための協力関係があります。美術品の小道具制作も手伝っています」
「そうだったのね。知らなかったわ」
「茶会でかかる費用の多くは飲食物の材料費なのですが、献上品リストを見て使えそうなものも活用しました」
王家には様々な特上品が献上されるが、全て無料。
活かさない手はない。
「僕のほうでも食料関連の献上品を把握し、王宮厨房部に通達して使用するよう指示を出している」
セイフリードが会話に参加した。
「献上品の活用は長期保存が可能な穀物や酒類ばかりで、野菜や果物のような消費期限の短いものについては活用度が極めて低かった。それを改めたことにより、最高品質の食材を無駄にすることがなくなり、外部からの購入費を抑えられるようになった」
「セイフリード様のおかげで王宮厨房部も官僚食堂も順調のようですね!」
「来年はより良くなるだろう」
経済同盟によって市場が大きくなり、多種多様なものがこれまでよりも安く手に入るようになる。
リーナが希望した茶葉も入手しやすくなり、取引価格も下がって普及するのは確実。
一旦止めたお茶の販売を再検討するつもりであることをセイフリードは話した。
「後宮にはカフェがあるが、王宮にはそういったものがない。そこでティールームを作って販売するのはどうかと考えている」
「ティールームにするということは、お茶を主要に扱うお店ということでしょうか?」
「リーナは平民街にあるカフェを思い浮かべ、後宮に作ったのだろう?」
「そうです。紅茶よりもコーヒーのほうが安く提供できると思って」
「一般的には紅茶よりもコーヒーのほうが安価だ。そのせいで平民街にはカフェが多い。だが、王宮や後宮には貴族出自や裕福な者が多い。コーヒーよりも紅茶のほうが人気になる」
「ああ……それで紅茶の人気が一番高いのですね!」
「経済同盟の効果で茶葉の優遇が強まる。官僚食堂の補助的なものとして、ティールームを作りたい。父上、許可が欲しい」
「陛下、それはお待ちください」
王妃クラーベルが待ったをかけた。
「王宮内に不審物を持ち込まれるのを防ぐため、官僚食堂や王宮購買部があるのは仕方がありません。ですが、ティールームは必須とは言えません。新しく作れば、王家による商業的行為だと思われてしまうのでは?」
「否定はできないな」
国王もそんな気がした。
「元々お茶は官僚食堂で扱っていた。赤字のせいで無理になってしまっただけで、それをまた販売するだけだ!」
「私が気になったのはまさにそこです。なぜ、官僚食堂ではなくティールームでお茶を扱うのですか?」
「官僚食堂は官僚に対する福利厚生だ。王宮で働く全ての者に対する福利厚生にするため、ティールームとして別に作るだけだ!」
「そうでしたか。ですが、今年の冬籠りの差し入れはカフェでした。温かい飲み物を提供する施設がないからこそ喜ばれたのです。ティールームができると、来年は同じようにしても喜ばれません。別の差し入れに変更しなければならないのでは?」
王妃の指摘は間違っていない。
その証拠にセイフリードは顔をしかめた。
「大丈夫です!」
リーナが大きな声で答えた。
「去年の冬籠りはスープを配り大好評でした。今年は別のものにしましたが、それでも大好評でした。来年もまた喜んでもらえるものにすればいいだけです。王族妃合同ということであれば、私が案を考えます!」
「そうですか。来年の冬籠りまでにリーナが良いアイディアを考えるというのであればいいでしょう」
王妃はあっさりと引き下がった。
「そうね。リーナに任せれば大丈夫だわ!」
今年の冬籠りの差し入れや茶会の結果に満足しているエンジェリーナも同意した。
「来年の冬籠りの差し入れも、王族妃合同にすればいいだけだわ。全てにおいて得だったでしょう?」
「非常に得でした。毎年、王族妃の差し入れは合同でいいと思います」
「私もそう思います。きっと素晴らしい案が出ますわ!」
レフィーナとセラフィーナも大賛成。
「クラーベルはどうなの?」
「聖夜の茶会に注力するため、冬籠りの差し入れについては王族妃で毎年合同にするというのは構いません」
「では、毎年王族妃合同で差し入れするということで。楽しみですね!」
来年どころか、毎年の冬籠りの差し入れの方針が決定した。
「でも、この件は内密に。今年だけと思われているはずなので、来年も合同ですることに驚いてほしいです。情報解禁には早過ぎます!」
「リーナは賢い。すでに戦略を立てている」
レイフィールが笑った。
「来年を見据えていますね」
エゼルバードも笑みを浮かべる。
「今年最後の日は、来年を見据える日ですから!」
リーナは応えるように笑みを浮かべた。
「希望の花火はまさにそれです! 来年のためのお願いをするわけですから。そうですよね、クオン様?」
「そうだな」
クオンが微笑む。
「私も来年を見据え、すでに願い事を決めている」
「どのような願い事を?」
「必ずエルグラードの安寧を願う」
「そうでした!」
リーナは思い出した。
「去年、お願いを大修正したことを思い出しました!」
リーナはずっと自分のことだけを願っていた。
しかし、去年はエルグラードにいる全ての人々が幸運になれるように祈った。
「リーナは何を願うのですか?」
王妃が尋ねた。
「エルグラードにいる全ての人々が幸運になれるように願います。王妃様も幸運になれますから!」
王妃は驚いた。
「でも、何もしないと一回だけ、ほんの少しの幸運かもしれません。なので、幸運を使ってどんどん幸運を探してください。幸運なので必ず見つかります。探せば探すほど見つかるので、お得なのです!」
「幸運を探すことに幸運を使うのね」
エンジェリーナは面白いと感じた。
「私も探してみるわ」
「はい! お勧めです!」
「今年はエルグラード中に多くの笑顔が溢れました。リーナの願いによって人々が幸運になった証拠でしょう。きっと来年も多くの笑顔が溢れます」
エゼルバードはリーナの願いを賞賛するように微笑んだ。
「では、今夜も来年のためにしっかりとお願いしておきますね!」
「そうだな。夫婦で一緒にしっかりと願おう」
今年最後の夜。
夫婦一緒に笑顔で過ごすことができる。
それは幸せなことであり、間違いなく幸運である証拠だとクオンは思っていた。
お読みいただきありがとうございました!
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