1334 心を配って
エルグラード王太子の唯一の妻、ヴェリオール大公妃リーナ・リリーナ・レーベルオードの名前は広く多くの人々に伝わっており、王都においては知らない者はいないと言われるほどになった。
特に十一月に行われた王都での大イベントを主催した効果は抜群で、リーナがどんな人物ということへの興味もより高まった。
リーナは元平民の孤児。
レーベルオード伯爵家の養女になったのは成人後のため、学校で高度な教育を受けるような機会はなかった。
しかし、唯一無二の才能がある。
それは人々を喜ばせ、幸せにする力。
出自も身分も学歴も関係ない。
人としての魅力、相手を思いやる優しい心が重要だということを証明した。
そのリーナが公務として炊き出しを行うという告知が行われたのは十二月になった時だった。
十二月はエルグラードで最も慈善活動が行われることで知られており、新聞や雑誌ではどの日にどこで誰が慈善イベントを行うのかが掲載される。
その中にあったのが、年末近くに行われるヴェリオール大公妃主催の炊き出しだった。
炊き出しが行われるのは調整区にある福祉特区。
リーナがいた孤児院があった場所ということで、付近にある貧民街の住民にとっては非常にありがたい。
しかし、王都外れの地域だけに中心部からでも遠い。離れた地域に住む貧しい人々が行くのは無理だと思われた。
ところが、炊き出しの開催に合わせ、無料で調整区に行く乗り合い馬車が運行されることが追加発表された。
十一月の大イベントでメイン会場に多くの人々が訪れたのは、送迎してくれる無料の馬車があったからということをリーナはわかっていた。
今回のイベントは前回よりも配布する食事数を増やしている。
福祉特区から遠い場所にいる貧しい人々にも温かい食事を食べてもらえるように、無料で送迎する乗り合い馬車を当日のみ運行することにした。
この発表はまたしても王都の人々を驚かせ、喜ばせ、安心させた。
ヴェリオール大公妃リーナ・リリーナ・レーベルオードは貧しい人々の状況を理解しており、何をすれば喜ばれるかもわかっている。
元平民の孤児という経歴は欠点や足を引っ張る要因になるはずだというのに、むしろ大いに活かされていた。
さすが王太子が唯一の妻として認める女性だとなった。
「十二時になりました。ヴェリオール大公妃の名において、温かい食事の配布を開始します!」
リーナが宣言した。
配布の開始宣言をしたのはヴェリオール大公妃の代理者ではなく本人だとわかり、第一会場であるチャリティーハウスの側で食事をもらうために並んでいた人々は驚いた。
「ヴェリオール大公妃がいるぞ!」
「わざわざ福祉特区に来た!」
「代理ではなく本人だ!」
その知らせは瞬く間に広がった。
そして、第二会場である地区会館の敷地では、
「十二時になった。ヴェリオール大公妃に代わり、ヴェリオール大公より温かい食事の配布を開始するよう伝える!」
クオンが食事配布の開始宣言を行った。
「ヴェリオール大公?」
「そんな……」
「まさか……」
「王太子殿下だーーーーー!!!」
地区会館の敷地で配布を待っていた人々は歓喜に震えた。
「信じられない!!!」
「本当に本人なのか?」
「王太子殿下が来てくださるなんて……!!!」
「通りで警護がすごいはずだ……」
「よく見たら、騎士がいる!」
「確かに騎士だ! 国軍でも王都警備隊じゃない!」
「じゃあ、あれがエルグラード最強と名高い第一王子騎士団か!!!」
「すごい……」
「王太子の姿を見ることができるなんて、幸運としか言いようがない!」
「来て良かった!!!」
「一生の思い出だ!!!」
温かい食事をもらうために集まった人々の胸は溢れる感動で満たされていた。
「リーナ様!!!」
「お久しぶりです!」
「お会いできて光栄です!」
リーナはチャリティーハウスに来た特別な協力者――福祉特区にある孤児院に入居して間もない子どもたちと面会していた。
「今日は社会見学兼慈善活動のお手伝いに来てくれてありがとうございます!」
子どもたちは貧しい者として昼食をもらう列に並ぶ方ではなく、人々に温かい食事を配る方での参加者だった。
「孤児院で育った先輩として伝えたいことがあります。孤児院にいる子どもは社会的に弱い立場です。両親がいないことによって本来あるべき権利が守られにくくなってしまい、金銭面や生活面での不安がつきまといます。孤児院はそのような子どもたちを保護してくれますが、自分の力でも逆境に立ち向かい、困難を跳ね返せるように成長してほしくもあります。そのために今日は炊き出しに参加し、経験を増やしてもらいます。よろしくお願いします!」
「はい!」
「わかりました!
「頑張ります!」
「よろしくお願いします!」
年長者は問題なし。
しかし、幼い子どもたちに手伝わせるのは難しく、かえって邪魔になってしまう可能性もある。
それでも自分で体験するということが子どもたちの成長をうながすとリーナは考え、全員参加ということにした。
「このようなイベントの機会は限られていますので、参加するだけでも経験になります。どんな食事が配られるかも知ってほしいので、皆にも食べてもらいます。しっかりたっぷり味わってくださいね!」
「はーい!」
「わかったー!」
「たくさん食べる!」
さっきよりも多くの声が上がった。
「では、またあとで!」
リーナは慈善活動を行っている団体の関係者と面会をした。
リーナの主催する炊き出しがどのようなものかを知ってもらい、参考にしてもらうために招待していた。
「今日は招待に応じてくれたことに感謝します。そして、助けを必要としている人々を善意で助ける活動をしてくれていることを嬉しく思っています」
リーナは慈善活動団体の関係者たちを優しく労わるように見つめた。
「私は元平民の孤児です。子どもの時、慈善活動をしている人々に助けられました。今度は私の番です。公務として慈善活動やその支援をすることで、恩返しをしようと思っています!」
孤児は社会的弱者で貧しい状況にいる者も少なくないが、必ずしも施されるばかりではない。
慈善活動や支援活動に協力することもあり、ボランティアの精神、自分以外の誰かを助けること、優しさとは何かを学んでいる。
多くの慈善団体が孤児院と協力しているが、中には孤児たちを自分たちにとって都合の良い労働力と考え、一番下の存在として軽視している者もいる。
忙しく大変だとしても、仲間や子どもを大事にしなければならない。
慈善活動を行うのであれば、まずは一緒に行動する仲間や手伝ってくれる人々に感謝することから始める。
そのことを忘れないでほしいとリーナは伝えた。
「今日はあくまでも見学ですので、ボランティア活動への参加は必要ありません。その代わり、配布の列に並んでいただきます。炊き出しに集まる人々がどんな気持ちで並んでいるのかを知ってもらいたいのです」
関係者のために体験用の特別列を設けてある。
そこに並びながら、一般列の人々の様子、会話、状態を観察する。
慈善活動をする側は配布物を提供することに気を取られてしまうが、列に並んでいる人々の状況や気持ちに寄り添った配慮や工夫も重要になるため、今回の経験を参考にしてほしいことが伝えられた。
「では、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いいたします!」
「しっかりと勉強させていただきます!」
ヴェリオール大公妃は子どもの頃から慈善活動を見て、知って、体験してきた。
慈善活動の専門家であり、大イベントを成功させた手腕を持つ実力者。
その直々の言葉を聞くことができた慈善団体の関係者は、勉強と経験のために気合いを入れた。





