1333 問題はあとから
午後は役職者会議が開かれた。
やる気が溢れていた午前中の会議、なごやかな昼食時とは雰囲気が一変。出席した役職者たちの表情は険しいものだった。
その理由は公務担当者の人事にあった。
トロイは公務として行われる炊き出しの担当者に抜擢されたが、ヴェリオール大公妃の部署でもなく役職者でもない。
ヴェリオール大公妃が行う公務の注目度は非常に高いことを考え、役職者たちはより上位の者に全体を統括させるべきだという意見を出した。
「全体を統括するのは私です。トロイが主に担当するのは官僚が得意とする書類関係の仕事になります。特に問題はないと思うのですが?」
リーナはトロイの抜擢を擁護する発言をしたが、役職者たちは納得しなかった。
「いいえ。問題があると思います」
「通常、公務の担当者には側近が選ばれます」
「シルオーネ子爵はヴェリオール大公妃付きの側近ではありません」
「レーベルオード子爵の部下の一人でしかなく、階級も高くありません」
「優秀だとしても、若すぎます」
「もっと経験豊富な者を担当者にすることで、ヴェリオール大公妃が全体をまとめやすくするべきでは?」
役職者たちは次々と意見を出した。
「でも、トロイを担当者にしたのは人事権のあるクオン様だと思います。私に人事権がないのは知っていますよね?」
「それはわかっております。ですが、レーベルオード子爵が部下を推薦し、それを王太子殿下が了承しただけでしょう」
「レーベルオード子爵が公務担当者になってほしかったです」
「同じく。レーベルオード子爵であれば何の問題もありませんでした」
「全員が安心できます」
「ヴェリオール大公妃は王族妃。相談したいことや確認したいことがあったとしても、簡単にお会いすることはできません。まずは公務担当者に報告し、解決できるよう相談することになります」
「シルオーネ子爵は官僚です。書類作成は得意でも、現場の状況に応じて適切な判断や指示出しができるかどうかはわかりません」
「シルオーネ子爵に相談しても解決できないことがあるかもしれません。ですが、レーベルオード子爵であればそのようなことはないでしょう」
役職者たちはヴェリオール大公妃付き側近を務めるパスカルを全体統括の適任者として推した。
「ぜひとも、この件につきましてはヴェリオール大公妃にお考えいただきたいのです」
「何か問題が起きてしまうと、シルオーネ子爵が責任を取らなくてはなりません」
「今回の公務には多くの組織が協力しています。参加する全員をまとめるのは非常に大変です」
「臨機応変になることも多いからこそ、経験豊富な者が上位者になるべきです」
「大規模な催しだからこそ、それに相応しい者が上に立つべきではないかと」
このままでは会議が進まないとリーナは思った。
「では、この件は私のほうでもう一度考え、クオン様に相談します。会議を進めましょう」
リーナの答えに満足した役職者たちは頷いた。
「というわけなのです」
夕食時、リーナは午後の会議で起きたことをクオンに話した。
「お兄様が公務担当者であれば安心ですし、他の組織から見ても納得の人事だというのはわかります。でも、お兄様は多忙です。去年の炊き出しの担当者だったトロイに任せるのはおかしくないと思います。正直、反対するような声が上がるとは思いませんでした」
「異例の人事ではある」
クオンが答えた。
「通常は側近を公務担当者にするが、今回は側近の部下にした」
ヴェリオール大公妃付きの側近全員で誰が公務担当になるか話し合ったが、兼任の仕事が多くある。
リーナに関連する仕事が増えていくことを考えると、信頼できる若手を抜擢してもいいのではないかとなった。
「側近たちが部下の中から適任者を選び、最終候補者になったのがシルオーネだった。それを私が承認して任命した」
「では、トロイを選んだのはヴェリオール大公妃付きの側近たちなのですね」
「そうだ」
「どうして側近たちはトロイを選んだのでしょうか?」
「私が聞いたところ、パスカルが推薦したことが大きかったようだ」
ヴェリオール大公妃付きの側近たちの中で多数決をするとパスカルになる。
だが、パスカルはヴェリオール大公妃付き以外にも王太子付き、第四王子付き、第一王子騎士団の顧問も兼任している。
通常的に受け持つ仕事が多い上に経済同盟の調整役もこなす必要があるため、さすがに公務まで担当するのは無理。
しかし、ヴェリオール大公妃の公務が気になって他の仕事に悪影響が出るのも困る。
トロイが公務担当になれば、パスカルは上司として常に情報を得られるために安心できる。
去年の炊き出しの担当者でもあるため、大規模であってもほぼ同じような内容になる今年の炊き出しの担当者になっても大丈夫だろうとなったことが説明された。
「今回の公務についてはシルオーネに担当させて様子を見る。様々な公務の担当もこなせるように成長させたい」
「そうでしたか」
リーナはトロイが選ばれた理由に納得した。
「では、やはり担当者はトロイということで。次の役職者会議で、より多くの経験を積ませるための抜擢だと話します」
「それで役職者たちは納得しそうか?」
「それはわかりません。でも、クオン様に相談してのことなので、変更はないということで確定です」
リーナは決まったとばかりにすっきりした表情になったが、クオンは違った。
「リーナに人事権がないことは知られている。それでも役職者会議で話が出たのは、役職者たちの不安が大きいからではないか?」
「そうだと思います」
王太子の決めた人事だというのに、役職者たちはリーナに熟考してほしいと進言した。
それは経験が浅いトロイに対する不信感というよりも、ヴェリオール大公妃の公務を絶対に成功させなくてはならないというプレッシャーがあるからではないかとリーナは感じた。
「王族妃への面会はしにくいので、何かと公務担当者に相談することになります。役職者たちの心情としてはトロイよりもお兄様に相談したいのだと思います」
「パスカルは経済同盟国からの招待で大使館への外出が続く。相談に乗る時間はないだろう」
「トロイもそう言っていました。私もお兄様に相談したかったのですが……」
「何を相談したい?」
クオンは眉を上げて尋ねた。
「私には相談できないことか?」
「配布開始の宣言についてです。私以外にもう一人必要なので、トロイに頼むつもりでした。でも、トロイは役職者の支持が得られていない自分ではなく別の者にしてほしいそうです。誰にするか迷ってしまって……」
「なるほど」
クオンは頷いた。
「それについては少し待ってくれないか?」
「待つ?」
リーナは首をかしげた。
「何かあるのですか?」
「ヘンデルに相談する」
「もしかして、ヴィルスラウン伯爵が炊き出しに来てくれるのでしょうか? 王都の担当者ですし。それならぜひ頼みたいです!」
「予定を聞いてから連絡する」
「では、クオン様からの連絡を待ちますね!」
「そうしてほしい。だが、夕食については違う。話ばかりで食事が進んでいない。給仕たちが待っている」
「ああ、そうですね! では、いただきます!」
二人の食事が進み出し、給仕たちはホッとした。





