1331 箱の中身
クオンはリーナと弟たちを連れて自分の部屋に戻った。
「去年に言ったが、私からの贈り物は終わりだ」
クオンは三人の弟たちに伝えた。
「今年からは私とリーナからの贈り物になる」
「そう言う意味だったのですか?」
「贈り物がなくなるのだと思っていた」
「騙された」
それが弟たちの正直な感想。
「贈り物を選ぶのは難しい。リーナの知恵と力を借りることにしたため、私とリーナからの贈り物とするのが正しいと思った」
兄らしい。
それが弟たちの率直な感想だった。
「エゼルバードに聖なる夜の祝福を贈る」
「どうぞ!」
リーナが贈り物の箱を差し出した。
エゼルバードはクオンを見つめた。
「兄上、贈り物を受け取る前に抱擁をしても?」
「もちろんだ」
エゼルバードは世界で最も敬愛する兄との抱擁を交わし、リーナから贈り物の箱を受け取った。
「新しくなった贈り物を一番先に受け取ることができました。兄上とリーナに聖なる夜の祝福を」
「レイフィールに聖なる夜の祝福を贈る」
「嬉しい!」
レイフィールもまずは心から尊敬する兄と抱擁し、リーナから贈り物を受け取った。
「兄上とリーナに聖なる夜の祝福を贈る!」
「セイフリードに聖なる夜の祝福を贈る」
セイフリードは兄のところへ行く。
抱擁し合いたいが、身長差がある。
もっと伸びたい。兄に追いつきたいと思った。
「どうぞ!」
「兄上とリーナに聖なる夜の祝福を。中身はあれだろう?」
クオンとリーナは顔を見合わせた。
「どうだろうな?」
「開けてのお楽しみです!」
「その反応でわかる」
「セイフリードは贈り物が何かを知っているのですか?」
「リーナにこっそり聞いたのか?」
「関係ない。もらった箱を開ければわかることだ」
セイフリードはそう言うとさっさと部屋を退出した。
「気になりますね」
「ここで開けてもいいのか?」
レイフィールはとにかく早く中身を見たかった。
「外出の予定があるのではないか?」
「あるからこそ気になる。エゼルバードも開けろ。さっさと情報交換だ」
「わかりました」
二人はすぐに箱を開けた。
「ぬいぐるみとは……リーナの影響が強そうな贈り物です」
「兄上だけでは選ばない贈り物だな」
「これで聖夜の贈り物がわかったな? 安心して外出するといい」
「ありがとうございます。ではこれで」
「楽しんでくる!」
エゼルバードとレイフィールは部屋を出て行った。
「リーナにもようやく渡せる」
「待ち遠しかったです!」
リーナは満面の笑みを浮かべた。
王太子夫妻はそれぞれの部屋に戻ったあとで入浴。
今夜は王太子の寝室で過ごすため、クオンがリーナを迎えに来ることになっていた。
「聖夜の祝福と贈り物をリーナに」
「聖夜の祝福と贈り物をクオン様に」
クオンとリーナはベッドの上で贈り物の箱を交換した。
「開けていいですか?」
「もちろんだ。私も開ける」
「やっと私のものになりました!」
リーナが箱から取り出したのはうさぎのぬいぐるみ。
ヴェリオール大公妃の色にちなみ、灰色を選んで特注した。
「本当に可愛いです。私の子ども代わりですね。女の子です!」
クオンはピクリと反応した。
「リーナは……女子が欲しいのか?」
「性別はどちらでも。クオン様は男の子が欲しそうですよね」
「エルグラード王位を継ぐことができるのは男子だけだ。王太子の責務として、男子をもうけるよう言われるだろう」
「そうですよね。ところで、クオン様のぬいぐるみは男の子ですか? それとも女の子ですか?」
クオンは箱から取り出した緑色の馬のぬいぐるみをじっと見つめた。
「男子というか、雄だろう」
「私もそんな気がしました」
クオンは馬のぬいぐるみを箱にしまった。
「なぜ箱に戻すのですか? このまま飾ればいいですよね?」
「王太子の寝室にぬいぐるみを飾ることはできない。ベッドで一緒に眠ることもできない」
「どうしてですか?」
「ぬいぐるみに毒物や爆発物が仕込まれてしまうと困るからだ。寝室の安全度が最優先。愛着物であっても他の部屋に持っていかなくてはならない」
「それって……子どもの頃からそうだったのですか?」
「そうだ」
「では、ぬいぐるみはどこに飾るのですか? 居間とか?」
「飾らない。大切なものは全て金庫にしまうことになっている」
「まさか……このぬいぐるみも金庫にしまうつもりですか?」
「そうだ」
「もしかして、クオン様の金庫にはぬいぐるみがいっぱいあるとか?」
「一つもない。これが初めて個人的に所有するぬいぐるみだ」
リーナは驚いた。
「初めて? クオン様が子どもの頃、ぬいぐるみを持っていなかったのですか?」
「遊戯室にあったが、ただの装飾品だ。年齢が上がれば自動的に片付けられ、別のものに変更される。保存されているかどうかは知らない。不用品として処分されているのではないか?」
なんだか素っ気ない……。
リーナはそんな風に感じたが、男性だけにぬいぐるみに興味がないせいだろうと思った。
「クオン様にとって、ぬいぐるみは大事なものではなかったのですね」
「これはリーナからの贈り物だ。大切にする」
「でも、金庫にしまってしまうのですよね?」
「安全のためだ。大事なものを守るためでもある。仕方がない」
リーナは周囲を見回した。
部屋は聖夜らしい飾りつけがほどこされ、装飾品も多数置かれている。
しかし、これはクオンとリーナが聖夜を二人で過ごす予定に合わせた特別仕様であって、常日頃からあるものではないことが明らかだった。
「私がこの部屋に来る時は、特別な飾りつけが施されているような時ばかりの気がします」
「そうだな。普段は私がリーナの部屋に行く」
「クオン様の部屋の普段の様子が気になるというか、どのようなものが飾られているのですか?」
「エゼルバードが描いた絵がある。今夜は月光宮の茶会で展示されたためにない」
「他には?」
「暖炉の上に装飾的な置時計がある。基本的には簡単に手に取れるような装飾物はない。不審物とすり替えられたり、凶器として使用されたりすることを排除するためだ。ファブリックや壁紙、作り付けの装飾で豪華ではあるが、飾っている小物はない」
「見た目は豪華でも、すごくさっぱりとした部屋なのですね」
「王太子の部屋だからだ。物を置かないほうが不審物に気づきやすく、安全管理をしやすい。私的な部屋であれば自由にできる。王太子妃の部屋を第一王子の部屋の私室にしてリーナに与えただろう? 私室だからこそ自由にできる証拠だ」
「現在はヴェリオール大公妃の部屋になっています。私もぬいぐるみを飾ることはできないのでしょうか?」
「できる。王太子や国王の部屋だけ、安全を確保しやすくするための特別なルールがあるだけだ。ヴェリオール大公妃の部屋にふさわしくないようなものはよくないが、女性であればぬいぐるみを持っていてもおかしくない。問題ないだろう」
「よかったです!」
「リーナも今夜は箱に戻せ。この部屋に置いたままにはできない」
「このぬいぐるみは安全だと思いますが、それでもダメなのですか?」
「王太子のベッドで眠ることができるのは王太子とその妻だけだ。自身の子どもであっても入れて眠ることはできない」
「では、自分の子どもと添い寝をすることもできないのですね?」
「王太子の寝室では無理だが、子どもの寝室に行って添い寝をすればいいだけだ」
「なるほど。では、私も寝かしつけますね!」
リーナはウサギのぬいぐるみをやさしく撫でた。
「おやすみなさい。今夜は箱の中でゆっくり眠ってくださいね」
リーナがぬいぐるみを箱にしまうと、クオンが預かった。
「置いて来る」
クオンは二つの箱を持つと、王太子の居間に向かった。
「子ども……楽しみですね」
いつかクオンと自分の間に生まれるはずの子どもについてリーナは考えた。
「男の子を産めば喜ばれるでしょうけれど、女の子も欲しいです……順番に産むとしても神様次第というか……でも、その前にぬいぐるみの名前を考えないと!」
何気に難題。
クオンに候補名を聞いてみようとリーナは思った。
聖夜のお話はここまで。
またよろしくお願いいたします!





