133 アピール
リーナは第三王子達と一緒に大宴の間に向かった。
まずは先に第三王子達が上座に近い大扉の方から大宴の間に入った。
リーナは下座になる後方の大扉から入らなければならない。
中に入るタイミングを伺うために廊下で待たされるはずが、警備の者に声をかけられた。
「早く入れ。ドアを閉めることができない」
「私は同行者ではありません。たまたま第三王子と共に来ただけというか」
「催しは中断している。今のうちに入ってしまえ」
リーナは急いで中に入ると、第三王子の登場にざわつく大宴の間の端を通って移動した。
「兄上、見学に来た。許可が欲しい」
レイフィールが尋ねたが、クオンは無言のまま別の方へ視線を向けていた。
レイフィールがその視線の先を追おうとすると、クオンがレイフィールに顔を向けた。
「レイフィール、あとで話がある」
「わかった。取りあえず、許可が欲しい」
「許可する」
「レイフィール」
もう一人声をかけた者がいた。エゼルバードだ。
「私もあとで話があります。兄上のあとで構いません。時間を取るように」
「わかった。向こうの席は空いているのか?」
「あれはセイフリードの席です」
「セイフリード?」
レイフィールは驚いた。
「見学に来たのか?」
「午前中の途中から少しだけです。午前中が終わると退出しました。貴方が来るかもしれないということで、そのままになっていました」
「兄上。奥の席に座ってもいいだろうか?」
「構わない」
レイフィールはクオンに一礼すると、セイフリードが座っていた席に座った。
椅子の上にはセイフリードが置いていった書類が伏せて置いてあった。
レイフィールは座るためにそれを手に取り、口角を上げた。
「これは兄上に渡した方がよさそうだ。私には新しい書類を用意して欲しい」
レイフィールはそう言って、兄に書類を差し出した。
クオンは手渡された書類を見た。
側妃候補に関する評価が書かれている。
数字の前にはマイナスがつけられ、側妃候補の評価が十段階からマイナスの十段階の評価に変わっていた。
セイフリードのひねくれた性格をあらわしているようで、クオンはため息をつかずにはいられない。
他にも何か記入していないかどうかを確認したクオンは目を見張った。
侍女と侍女見習いの一覧表にある番号の一つに丸がついていた。
ただの丸ではない。花丸だ。
そして、番号の横にある名前の部分にも丸く囲ってある。
四百十三番。リリーナ・エーメル。
クオンはじっとその書類を見つめた。
なぜだ?
王族席からリーナのことは見えない。顔も番号も。だというのに、なぜ、セイフリードが印をつけたのかわからなかった。
適当に誰かに丸を付けたのか。故意なのか。なぜ花丸なのか。
謎としかいいようがない。
そして、瞬時に解ける謎でもなかった。
セイフリードに聞く必要があるとクオンは感じた。
「兄上、どうしたのですか?」
様子がおかしいと感じたエゼルバードが尋ねた。
「変な記入をしていたのですか?」
「何でもない。レイフィールにも書類を用意してやれ」
クオンはセイフリードが書いた書類を折りたたむと胸のポケットにしまった。
これは極秘に処分する必要があると判断した。
「レイフィール、何が書いてあったのですか?」
「あとで教えてやる。セイフリードらしかった」
「言わなくていい。時間が遅れる。再開しろ」
クオンはそう言って会話を終了させた。
最後にアピールする側妃候補は隣国ミレニアスのキフェラ王女だった。
身分が高いだけでなく他国の者ということもあり、途中ではなく最後にアピールすることになった。
キフェラ王女のアピールは「提案」だった。
拍手が落ち着くと、早速キフェラ王女は提案をした。
「私が側妃候補としてふさわしいかといえば、ふさわしくありません」
第一声がそれだった。
わかっているではないかと多くの人々が思ったが、次の言葉は予想外のものだった。
「なぜなら、私は王女。正妃がふさわしいでしょう」
大宴の間の静けさが、緊張したものに変わった。
誰もが意表を突かれた発言だった。
「私はミレニアスの第三王女として生まれました。幼い頃から英才教育を受け、ゆくゆくは相応しい相手に嫁ぐことになっていました」
キフェラ王女はまっすぐクオンを見つめた。
「父はクルヴェリオン王太子殿下の正妃になればいいと思っていました。王族同士の婚姻は両国の強い絆になります。クルヴェリオン王太子殿下が成人になられた際に縁組を申し込みましたが、断られてしまいました」
ミレニアスにとって最重要国であるエルグラードとの縁組ほど魅力的なものはない。
正妃ではなく側妃でもいいと譲歩したところ、側妃候補でよければ考慮するという返事が来た。
キフェラ王女は側妃候補として後宮に入った。
候補が側妃になれるとは限らない。留学の名目をつけた。
だが、幼少からエリート教育を受けているだけに、今更学ぶことはない。
実際に王族妃になって学ぶようなことは、候補の段階では学べない。
退屈過ぎて仕方がないのを紛らわせるため、わざと日常生活に時間をかけていた。
すると、いつの間にか年齢が上がってしまったことをキフェラ王女は説明した。
「父からは秘密にするよう言われていたことがあります。それは知能の高さです」
頭がほどよく良いのはいいが、良すぎると嫌われる。黙っているよう言われた。
自分は優秀ではなく非常に優秀だ。そのせいで弟の王太子は自分を嫌がる。王位は狙っていないことを示すためにも、愚かでわがままなふりをしなければならなかったとキフェラ王女は告白した。
「愚かでわがままな王女のふりをしていれば、いずれ帰国できると思っていました。ですが、違うようです。そこで、私を正妃か側妃にしていただけるか、知性が活かせる仕事を与えてください。知能テストや受験テストでも構いません。それで私の優秀さを証明したいと思います。私からの提案はこれで終わりです」
キフェラ王女は完璧な礼をした。
本来なら拍手をするべきだが、拍手がない。
キフェラ王女の発言に、王女付きの者達が驚いてしまっていた。
「エルグラードの者は王女に対して拍手もできないの?」
キフェラ王女が眉を上げると、すぐに王女付きの侍女や侍女見習い達が一斉に拍手をした。
わざとらしいが、これまでの候補付きの者と同じ。
キフェラ王女は不満げな表情をしつつも、自分の席に戻った。
クオンは不味いと思っていた。
選考会は側妃候補としてふさわしいか選考するためで、それはどんなアピールをしたかによって決められる。
キフェラ王女は頭が良い、優秀だと言う言葉でアピールをした。
わざわざ知能が高いことを隠していたと告白することで、これまでの自分だけで判断されるのを防いだ。
そして、優秀さを示すために知能テストや受験テストを受けて証明したいと主張した。
これではすぐには落としにくい。仕事や試験によって優秀さを証明できなければ落とすということにした方が、公正な選考だと思えてしまうからだ。
つまり、選考会で落とされるのを防ぐアピールだった。
本来なら王太子に気に入られて残るはずだが、別の方法で優秀かどうかを調べるために残ることもできるはずだと示した。
……最後だったのは幸いだ。
明らかに大宴の間には不穏な雰囲気が漂っていた。
この後は休憩になる。
そのあとは全く趣向を変えた侍女や侍女見習いの能力検定としての出し物もある。
雰囲気を変えるのに丁度良かった。
「休憩する」
クオンは無表情のままそう言った。
 





