1329 新しい聖夜
王家の聖夜の晩餐会は王宮ではなく後宮で行われた。
これまでは正妃である王妃、王太子妃、王子妃は後宮に立ち入ることが許されず、口出しも一切できなかった。
しかし、側妃が王宮に住むようになったため、正妃も後宮に出入りできることになった。
後宮統括補佐として頑張っているリーナのことを王族妃全員が知り、王家の女性としての理解と団結をより強めてほしいという国王の願いが込められた変更だった。
「何て素晴らしいのかしら!」
エンジェリーナは感動を抑えきれなかった。
「ここが後宮だなんて信じられないわ! レフィーナだってそうでしょう?」
「私が知っている後宮ではありません。あまりにも変化しています」
エンジェリーナもレフィーナも王子を産んだことによって火星宮や木星宮に移ったが、その前は太陽宮に住んでいた。
そのため、昔の後宮の様子がどうだったのかを知っていたが、自分が知っている光景ではないことに驚きを隠せなかった。
「立派な馬車乗り場ができていたわ!」
「雨の日でも安心できます」
「大きな廊下ができているし、購買部も買物部も綺麗だし、お買い物もできるなんて便利だわ!」
「特別なデパートに来たようでした」
クオンが改装したことによって、後宮は以前よりも美しく便利になった。
リーナや茶会のためではあるが、結局は後宮の人々にとっても後宮に来る人々のためにもなった。
「大宴の間に入る時も驚いたわ! 森があるなんて!」
「一瞬、別世界につながっているのではないかと思ってしまいました」
最初は本物の森に見えるが、進むと王立歌劇場の舞台で使用されるセットのようなものだとわかった。
だが、先へ進んでいくことへの緊張感とドキドキ感が止まらない。
レンガの壁と古ぼけた木製の扉。その先に何があるのかという期待感もあった。
「扉をくぐったら普通の部屋だったわね」
「違う意味で意外でした」
「不思議な場所から現実に戻るということなのでしょうけれど、森の中でお茶会を楽しむというのも良かったかもしれないわよね?」
「そうですね」
「大宴の間の全体を森の中にするには大量の大道具と小道具が必要です。短期間で制作するのは無理でした。費用もかかってしまいます」
「確かに短期間で準備するのは難しいわね」
「現実的な面での妥協ということでしょうか?」
「そうです。茶会の席を薄暗くするわけにもいきませんでした」
気分が盛り上がりにくくなる。
飲食物を提供する侍従や侍女の仕事がしにくくなる。
安全面を考慮したい警備関係者も困る。
さまざまなことを総合的に考えた結果、大宴の間の一部だけを森のようにして意外な演出を楽しんでもらう。
それによって空きスペースをなくし、招待客の人数に合わせた茶会場に調整したことをリーナが説明した。
「大円の間を聖夜の晩餐会にも使用したいと言われて驚きました。森を見せるのが目的だということで、会場はそのまま。森の明るさが丁度良くなるような調整だけしました」
晩餐会の時間は茶会の開催時よりも遅いため、部屋が暗くなりすぎてしまう。
あまりにも暗すぎると赤い絨毯の上を歩きにくく、森の様子が見えにくくなってしまうため、ところどころに小さなカンテラを置いた。
「国王の茶会に招待された者しか知らないのでは、私たちの立場がありませんもの。見せていただけて良かったです。とても楽しめましたわ!」
エンジェリーナは大円の間に作られた森をかなり気に入っていた。
「そうだろう? 教えておかないと、あとで文句を言われそうだと思った」
片付ける前に家族全員に見せておくのが賢明だと国王は判断した。
「ですが、なぜ森にしたのですか?」
王妃が一番気になっている部分を質問した。
「切り株のケーキを思い出したのです」
緑色のカーテンになった大宴の間を見ていたリーナは、王家の伝統的な聖夜のケーキを思い出した。
「切り株。木。森。多くの恵みが溢れる場所は王家や聖夜をあらわすのにぴったりです。特別な絆を感じました」
「その通りだ」
国王は温かい笑みで家族を見つめた。
「私は嬉しい。こうして家族で集まれることも、一緒に食事を取ることも。ずっとつまらない顔をしている者ばかり、不満や愚痴だらけでがっかりだった。だが、去年や今年は違う。私は夫であることや父親であることを喜べる時間になった。家族に感謝したい」
国王は心からの幸せを感じていた。
「去年は子どもたちを優先したが、今年は素晴らしい差し入れをしてくれた妻たちを優先したい。クッキーを与える。切り株ケーキで好きな場所を選ぶといい。一番はクラーベルだ。王妃だからでもあるが、一番苦労をかけているからでもある。労いたい」
「陛下……」
クラーベルは意表をつかれた。
そして、心の奥へ染み込んでいく何かを感じた。
「ありがとうございます。一生で一度の権利かもしれないので、遠慮なく最上と思える場所を選ばせていただきます」
「沢山食べたいのであれば、おかわりをすればいい」
「そう言っていただけるのも嬉しいのですが、今日は食べ過ぎています。温かい昼食も特別なスイーツも食べてしまいました。晩餐も豪勢ですのでさすがに……」
「確かに今年は結構食べているな。だが、美味しいから仕方がない。甘いものは別腹だ!」
「私も今年はかなり食べてしまいましたわ」
ドレスのサイズをエルグラードで最も気にする女性と言っても過言ではないエンジェリーナはため息をついた。
「でも、聖夜ですもの。許されますわよね」
「聖夜は許しの日です。大丈夫ですよ、母上」
エゼルバードが微笑んだ。
「私の天使が許してくれたわ! なんて慈悲深いの!」
「さっさと食事を進めよう。切り株ケーキが食べたくなってきた」
レイフィールはそう言ったが、晩餐会は始まったばかり。
生母であるレフィーナは食事よりも話をしたい気分だった。
「王太子夫妻と王子合同の茶会はどうだったのですか? 気になって仕方がありません」
「月光の間でしょう? 特別な趣向だったのよね?」
「とても気になりますわ」
「僕が話す」
一番の小食家で食事をしたがらないセイフリードが申し出た。
「今年の聖夜の茶会は全てリーナが案を出した。王宮の方は王宮省の担当者との打ち合わせもあったが、後宮で開かれる茶会については後宮統括補佐であるリーナが担当者だ。相当大変だった」
冬籠りのあとで、とにかく日数がない。
宰相は仕事に忙しいため、後宮統括として何かをしてくれるわけでもない。
後宮統括補佐のリーナが事実上のトップとして指揮をとらなくてはいけなかった。
「月光宮で若い王族全員が合同で聖夜の茶会を開くというのは前代未聞だ。それだけでも話題になる。だが、期待はずれになってはいけない。会場についても内容についても特別だと感じられるようリーナが工夫した」
王太子夫妻と王子の合同茶会だが、兄弟の団結をあらわすようなものがいい。
リーナは多くの喜びと恩恵を分け与える兄、その兄を支える弟をあらわすような内容にしたいと考えた。
エゼルバードと言えば芸術。そこで天才画家であるエゼルバードの絵を集めて飾り、美術館のような空間を作ることにした。
だが、エゼルバードの絵を飾っただけでは、エゼルバード自身が楽しめない。
ベンチシートを並べ、招待客が全員座って笑顔で乾杯した時だけ満開になる花壇、参加型の芸術作品を観賞してもらうことにした。
次に考えたのはレイフィールとセイフリードの才能をどのように示すかということ。
セイフリードは建築を専攻していることから月光宮の改装を手掛けたが、元々の月光宮を知らない者が見ても改築前との違いがわからない。
そこで王立大学で普及させた人台車を乗り物として招待客に体験してもらうのはどうかと考えた。
初期案は招待客が長い廊下を人台車で移動するもので、大まかなコースと設計図をレイフィールに見せて相談した結果、出発地点に設けられた坂の傾斜をより強く作り、長い廊下を自動的に滑り降りることができる装置に改良することになった。
箱型人台車及び人工坂のコースは国軍が担当、当日の乗り物運営は騎士団が対応。
飲食物については冬籠りで話題になったスコーンが小ぶりのサイズで楽しめることから全種類制覇に挑戦する者、エゼルバードの描いたはちみつパンと実際のはちみつパンを見比べながら楽しむ者が続出。
今年の茶会は去年以上に素晴らしく楽しいと絶賛されていたことをセイフリードは話した。
「大成功だ。リーナの功績がまた一つ増えた」
「そうですね」
「そうだな」
「功績だらけだ。王宮で開かれた茶会も大成功だったろうからな」
「本当に素晴らしかったわ!」
エンジェリーナが微笑んだ。
「私の茶会も最高だと絶賛されたわ!」
「同じく。聖夜の茶会でこれほどゆったりとくつろげるとは思わなかったと言われました」
「私の茶会も最高でした!」
セラフィーナも編み物茶会に大満足だった。
「材料を用意してくださるだけだと思っていたのに、聖なる木に飾り付けてくれるなんて! しかも費用は全て無料、特別な贈り物だと聞きましたわ!」
「喜んでいただけて良かったです」
リーナはにっこりと微笑んだ。
「お礼はセイフリード様に。茶会の費用は主催者持ちです。セラフィーナ様の予算は少ないので、セイフリード様がご自身の予算から出すよう言ってくださいました」
セラフィーナは驚いた。
「そうだったのですね……」
「勘違いするな」
セイフリードはツンとした。
「僕の名誉を守るためだ。大した費用ではない。王族妃の茶会としては貧弱だろうが、本人が満足すればいいだけだ」
「ありがとうございます。心から感謝しますわ」
セラフィーナは丁寧な口調でお礼を伝えた。
それはセラフィーナとセイフリードの距離が親子として離れていることを示してはいるが、昔のままではない。変化してきていることを感じさせた。
「王妃の茶会はどうだった? 高評価だったのか?」
全員の視線がクラーベルに集まった。
「これまでの茶会で最も素晴らしいと言われました」
お世辞抜きで最高評価だった。
「最も驚いていたのは本に見立てたケーキでした」
皿の上に載った本のケーキを見て、誰もがこの茶会に来て良かったと絶賛した。
「特別な茶会は特別な思い出になります。聖夜に相応しい贈り物でしょう。案を出してくれたリーナを評価しています」
「お役に立てて良かったです」
リーナは満面の笑みを浮かべた。
「今年の聖夜の晩餐は特別なものになった」
クオンは集まっている家族を見回した。
「私は夫であること、息子であること、兄であることを喜び、誇らしく感じている。家族に感謝したい」
「では、乾杯を」
エゼルバードが微笑んだ。
「そうだな。乾杯しよう」
全員がグラスを手にした。
「乾杯!」
聖夜は許しの日。
乾杯は何度あってもいいものだった。





