1328 月光の間の開会式
お茶会の会場は月光の間。
立食式だった聖夜の昼食会に参加したのもあって、茶会では座りたいと思う人々が多かった。
そんな人々にとって月光の間の光景は予想外だった。
椅子はある。二列で。
だがしかし。
「まさかのベンチシート!」
「茶会だというのに、テーブルがない!」
「お好きな場所にお座りください」
「開始時間になったら向かい合わせになりますが、それまではどちら向きでも自由です」
係員にうながされ、取りあえずはベンチシートに座る人々が多かったが、壁にある絵に気づいた。
「絵があるな?」
壁にあるのはどれも見事としか言いようがない絵ばかり。
その内のいくつかを知っている者がいたのは、王族の友人だからだった。
「エゼルバードが描いた絵だ!」
「向こうの絵もそうだ」
「王太子夫妻が婚姻した時の絵がある!」
「もしかして、これは……」
天才画家として名高い第二王子エゼルバードの絵ばかり。
エルグラードで最も価値のある個展会場であることに人々は気づいた。
「それでベンチシートなのか!」
「美術館のようにしたわけだ!」
なぜ、茶会場にベンチシートがずらりと並べられているかもわかった。
茶会が始まる時間になった。
二列になったベンチシートに向かい合って座るよう侍従が伝え、絵を見ていた人々も空いている場所に座った。
トランペットによるファンファーレのあと、エルグラード王太子夫妻、第二王子、第三王子、第四王子が入場した。
「今日は私たちが合同で主催する茶会に来てくれて嬉しく思う」
主催者の代表として言葉を発したのは最上位の王太子、クオンだった。
「聖夜の茶会は友人たちとくつろぐひと時だ。楽しいでもらうために趣向を凝らした。詳しい説明は茶会担当として一任したリーナから伝える」
「クオン様の妻のリーナです!」
リーナは笑顔で挨拶をした。
「今年はエルグラードにとって大きな試練がありました。ですが、エルグラードには優秀な王族の方々がいます! 豊かな才能でエルグラードを導き、その寛大さと慈悲深さによって私たちに多くの喜びを与えてくれるでしょう。そのことを感じられるような茶会になっていますので、担当者として簡単にご説明します!」
後宮は王族及びその家族が住居として使用する特別な宮殿だが、エルグラードの歴史と芸術を感じられる宝庫でもある。
クオンは親しき人々に長い時代を越えてきた後宮という存在を感じてもらいながら楽しめるよう茶会場にした。
去年は太陽宮だったため、今年は月光宮。
老朽化対策によって改装された月光宮や火星宮の部屋を見て回ることができるようにした。
茶会場の月光の間は開会式用の場所だが、天才画家として名高いエゼルバードの絵が飾られており、一日限定の特別な美術館になっている。
一階と二階は飲食物のコーナー。招待客同士がくつろぎながら交流できるよう多くの椅子とテーブルがある。
冬籠りで王族妃合同の差し入れになったスコーンの全種類を味わうことができ、エゼルバードの絵にちなんだはちみつパンも特別に用意していることが伝えられた。
「一階の長い廊下には特別な乗り物があります。セイフリード様が考案された箱型人台車と滑り台のような坂を組み合わせ、迅速に移動することを楽しめる装置をレイフィール様が作ってくださいました。ぜひ、体験してみてください!」
すでに体験した!
面白かったわ!
また乗りたい!
何度も乗った!
心の中で招待客は答えた。
「私からは以上です」
「では、乾杯しよう」
待機していた侍女たちが一斉に飲み物の配布を開始。
招待客の全員がベンチシートに座っているため、素早く配り終えることができた。
「素晴らしい絵を飾ることを許してくれたエゼルバードに音頭を頼みたい」
「わかりました」
エゼルバードが華やかな笑みを浮かべた。
「冬籠りの差し入れで王族妃は団結を示しました。王族は聖夜の茶会場を後宮にすることで団結を示しています。ですが、後宮の茶会場は二カ所あります。それは世代別にしたからですが、兄弟の団結もまた示したかったからです」
エゼルバードは心から敬愛する兄、そして、二人の弟たちを順番に見つめた。
「リーナが言ったように、今年のエルグラードには大きな出来事がありました。ですが、優秀な統治者である兄上とその弟である私たちがいれば、恐れることなどありません。心からの安堵を聖夜の贈り物にします。乾杯!」
「乾杯!!!!!」
グラスが高く掲げられ、笑顔の花が満開になった。
「真冬であるにもかかわらず、とても美しい花壇になりましたね」
エゼルバードの言葉を聞いた招待客は驚いた。
ベンチシート。溢れる笑顔。
それが何を意味するのかを察したとも言う。
「リーナが考えた茶会は最高だ! 美意識にも芸術にもうるさいエゼルバードを満足させる出来栄えだからな!」
「そうですね。友人たちの笑顔が一斉に咲き誇る様子を見るのはとても気分がいいです」
「ありがとうございます。早速ですが、王族の方々は特別な乗り物を体験されてはどうでしょうか? あとになると時間的に体験するのが難しくなってしまうかもしれません」
リーナが提案した。
「そうだな! 行くか!」
レイフィールはセイフリードを見た。
「一緒に行こう! 団結だろう?」
断われない。兄弟の団結を示すためには。
セイフリードがそう思った瞬間、
「セイフリードと一緒に行くのは私です」
エゼルバードが言い出した。
「先に誘ったのは私だが?」
「序列が重要です」
「あれは私とセイフリードが協力して作ったものだ」
「元々のアイディアはリーナです」
「大丈夫です。三人並んで移動することもできる廊下ですから!」
リーナがにっこり微笑んだ。
「クオン様も行きましょう! 全員一緒です!」
「そうだな。団結だ」
クオンとリーナは手をつなぎ、一緒に箱型人台車がある一階へ向かった。
「セイフリード、団結を示すために手をつなぐか?」
「さすがにそれはない」
「成人した弟にかける言葉ではありません。もっと昔に言うべきでしたね」
三人の弟たちが並んで続いた。





