1321 応援者
「ラブのおかげで無事差し入れできたわ!」
「無事って言えるかどうか悩むところだけど」
ラブはメロディの頑張りをヘンデルに評価してほしかったが、そのような言動ではなかった。
「ヘンデル様に会えたし、手作りの差し入れで応援していることも伝えられたわ」
「ヘンデルに直接箱を押し付ければよかったのに」
「そんなことできないわ。受け取ってくれなかったらショックだもの。レーベルオード子爵が受け取ってくれたおかげで、あとでヘンデル様に渡してくれたと思えるわ」
そうね。びっくりしたけれど、一緒にいてくれて良かったわ。
ラブは心の中でパスカルに感謝した。
「まあ、メロディがいいって言うならいいけれどね」
「ラブは不満そうね」
「……ヘンデルがメロディの差し入れを見てどう思ったのかがわからないからよ。大爆笑したってわかれば、私も大爆笑できるのに!」
「ラブらしいわね」
「差し入れの話は終了! メロディは最終審査に集中しないとだしね」
メロディはフーヴァット国際コンクールのピアノ部門に参加している。
このコンクールはエルグラードで最も権威があるコンクールと言われており、残すところはピアノ部門の本選最終審査のみだった。
「因縁のあるコンクールでしょ。頑張ってよ!」
「そうね」
メロディは子どもだけが参加できるフーヴァット・プレ・コンクールに出場した経験がある。
初出場で初優勝という栄誉を手にしたが、そのせいで注目され過ぎてしまい、ストーカー行為に悩まされるようになってしまった。
「成人したし、王立大学にも入ったわ。これを機会に私の実力をエルグラード国内にもきちんと知らしめていかないとね」
「そうそう。だけど、ピアノの実力だけでなく極悪美少女の名前もより広まってしまうかもね?」
「構わないわ。少女ではなく美少女ならね。褒め言葉だもの」
「出た! やっぱり極悪美少女だわ!」
「できれば美女に昇格したいわ。成人したのよ?」
「図太いわ! もっと修行しなさないよ!」
遠慮なく笑うラブを見て、メロディもまた悠然とした笑みを浮かべた。
フーヴァット国際コンクールピアノ部門最終審査日。
「いよいよね」
人生には幾度となく試練が訪れる。
このコンクールも同じ。
メロディが成長していくためには必要かつ乗り越えなくてはならない試練だった。
不可能だなんて思わない……!
自分の奏でる音楽を多くの人々に受け入れてもらうことも、ヘンデルに大人の女性として認めてもらうことも。
すぐには無理かもしれないが、少しずつ努力することで自分の目指すものに近づいていけるとメロディは信じていた。
「時間です。最初の演奏者は舞台の方へ移動をお願いいたします」
「はい」
メロディが足を踏み出したのは、明るく照らし出された舞台の上。
世界中から集まった音楽関係者、家族、友人知人、多くの聴衆による拍手にメロディは迎えられた。
メロディが会場に向けて一礼をすると、拍手はより強く大きくなっていく。
それは国際的なコンクールの未成年部門で数々の栄光を手にしてきた天才ピアニストが、成人して初めてコンクールに参加することへの興味と期待が強いことをあらわしていた。
メロディがピアノの前に座ると、拍手がピタリと止む。
静寂と緊張が会場を包み込むが、メロディにとっては最も闘志が湧き立つ時間だった。
魅せてあげる! 私の音楽を!
メロディは心の中で宣言すると、全身全霊を込めてピアノの鍵盤を叩いた。
「鳥肌が立ったわ!」
参加者全員の演奏が終了すると、メロディは応援に来ていたラブと合流した。
「めちゃくちゃ凄かったわよ! 私の中では断然一番だったわ!」
「本当に。お世辞抜きでとても良かったわ!」
ヴィクトリアはラブのお目付け役として来ていた。
「一気に惹きこまれてしまったわ!」
ベルもメロディを応援するために最終審査に来ていた。
「ピアノコンクールに来たのは初めてだから、演奏を聴くだけなのに緊張してしまって。でも、メロディの演奏が始まったらピアノの音しか聴こえてこなかったわ!」
「そうそう。正直、順番が悪いとは思ったのよ。一番目は基準演奏になるでしょう?」
最初の演奏はそのあとの演奏との比較対象になる。
後半になるほど上位の演奏者が登場してくるだけに、序盤ほど審査員の採点が厳しくなり、総合評価が上がりにくくなる傾向があった。
「でも、今となっては最初で良かったと思うわ。メロディの演奏があまりにも凄くて、他の演奏が普通って感じだったわ!」
「二番目の演奏者は明らかに劣っていたわね。正直、ここまで差が出るのかと思ってしまったわ」
ヴィクトリアは芸術専門の講師を務めることもあって容赦なかった。
「三番目はそれ以上に悪かったし、四番目の演奏者は間違えていたわよ? だんだんと上位者が出てくるというよりも、下位者が出てくるような気がしてしまったわ」
「途中では良くても、最終審査では良くないってことも普通にあるしねえ」
「演奏を間違えている人がいるなんて気づかなかったわ」
ベルは難曲ばかりだったために気づいていなかった。
「でも、メロディの演奏が桁違いにすごいってことは感じたわよ! 迫力があったわ!」
「ありがとうございます」
メロディはにっこりと微笑んだ。
「今の私にできることはしました。審査員がどんな評価をするのかはわかりませんが、悔いはありません。成人後に初めて参加するコンクールなので、良い成績であれば嬉しいです」
「午後の結果発表が早いといいわね。長いと夕方までかかるのでしょう?」
「そうなのよ。結果が出るまでずっと待っていないとだから大変なのよね」
「会場内にいないといけないわよね? どこで待つの?」
ベルが尋ねた。
「音楽の間で演奏者と家族は発表を待ちます。それ以外に音楽の間に入れるのは主催側の関係者と招待客、最高額の鑑賞チケットを持っている人だけです」
「良かったわ! 私も一緒でいいってことね」
ベルはホッとした。
「でも、正直私が一番場違いよね……」
「ベルが招待客として来るなんて意外だったわ」
権威の高いコンクールだけに、招待客になるにはかなりのコネが必要だった。
ラブとヴィクトリアのチケットはウェストランドのコネで手に入れたが、最高額で販売されている鑑賞チケットの方だった。
「お兄様のおかげよ。チケットが手に入らないか聞いてみたの。無理なら無理で仕方がないし、手に入る保証もなかったから事前に言わなかったのよ」
「シャペルに頼まなかったの?」
「シャペルなら手に入らないチケットはなさそうだけど?」
「私に支払えない額のチケットを手に入れて来たら困ると思って」
「自分で払う気だったの?」
「当然でしょう! でも、お兄様に頼んで正解だったわ。招待客だから無料よ!」
「確かに招待客のほうがいいわね」
「でも、帰りが問題なのよ。ラブの馬車に乗せてくれない? お兄様が先に帰ってしまったから馬車がないのよ」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「ちょっと! どういうこと?」
「ヴィルスラウン伯爵が来ていたの?」
「ヘンデル様がお見えになられていたのですか?!」
「あっ……内緒にする約束だったのに、つい言ってしまったわ!」
ヘンデルは招待客の枠をコネで二人分手に入れた。
ベルがカミーラかシャペルと一緒に行けるようにという配慮だったが、カミーラもシャペルも都合により辞退。
非常に有名かつ注目されているコンクールの招待枠、しかも自分からほしいと打診して手に入れたのもあって空席にはできないとなり、ヘンデルは自分で行くことにした。
とはいえ、仕事はまだまだ山盛り状態。なんとか午前中だけは休みを取ったものの、できるだけ早く王宮に戻らなくてはいけない。
自分が会場にいることを知ったメロディに悪い影響が出ると困るため、何も知らせることなく陰ながら応援することにしたとベルが説明した。
「私から聞いたことは内緒にしてくれない? お兄様に怒られてしまうわ!」
「全部暴露しちゃったなんて知られたら、確かに怒られるでしょうねえ」
「ヴィルスラウン伯爵が来ていたことについてはコンクール関係者から聞いたことにすればいいのよ。有名な者が来て名前が出るのは普通だから」
「ヘンデル様が会場で応援してくださるなんて……あまりにも幸せで死にそうです!」
メロディの瞳から涙がボロボロとあふれ出した。
「あーあ、泣いちゃった!」
「嬉し涙ね」
「本当にここだけの話だけど、メロディが作ったクッキーをお兄様はちゃんと食べたって。予想通りの味だったから笑ってしまったそうよ。お礼としてコンクールの結果に合わせた花を贈るって言っていたわ」
「ヘンデル様が私のクッキーを食べてくださったなんて……!」
告白を断られた以上、冷たくされても仕方がない。差し入れも直に受け取ろうとはしなかったのもあり、さすがに食べてはくれないだろうとメロディは思っていた。
それだけに、ベルから聞いた内容はメロディにとって希望のように感じられた。
「家族でもないのに手作りのクッキーを食べてくれるなんて……相当な配慮だわ。良かったわね」
「やっぱりウケていたのね! あの差し入れで大正解だったわ!」
「これで安心したでしょう? だから泣かないで」
「午後もあるしね。メロディ、死にそうになっている場合じゃないわよ!」
「そうよ! 結果発表までにお化粧を直さないと!」
「みんながメロディを応援してくれているわ! 最後まできちんと頑張りましょう!」
ラブとヴィクトリアとベルは号泣するメロディを励ましながら化粧を直した。
そして、午後。
音楽の間に多くの人々が集まっていた。
今年は演奏評価による順位がすぐに決定、発表も早くなったことが伝えられた。
「第一位、メロディ・キュピエイル! このコンクールにおいて、歴代最年少の優勝者です!」
音楽の間に溢れたのは驚きと喜び。そして、大拍手。
「メロディが優勝よ!」
「やったわね! 歴代最年少よ!」
「すごいと思ったのは間違いなかったわ!」
伝わった……私の音楽が!
優勝者の証であるトロフィーと賞状を受け取ったメロディは、スピーチで家族、友人知人、恩師たちに感謝を伝えた。
「素晴らしい音楽が世界中に存在しますが、私にしかできないピアノ演奏と音楽活動があります。このピアノコンクールの優勝者としてふさわしくあるように努めながら応援してくださる方々の期待に応え、私の奏でる音楽を伝えていきたいと思います。本当にありがとうございました」
割れんばかりの拍手が音楽の間に響き渡り、優勝者に惜しみない賞賛が注がれる。
これでまた一歩。私の夢に近づいたわ!
メロディが歴代最年少の優勝者になったことで、エルグラードで最も権威あるピアノコンクールが年齢に関係なく真の才能と実力だけで審査されていることが証明された。
メロディのお話はここまで。
次からリーナのお話です。よろしくお願いいたします!





