1319 イモでイモ
おまけ話のような……時系列的には少し遡ります。
「ラブ」
メロディは大親友として崇めるラブを真剣なまなざしで見つめた。
「ついに冬籠りの季節になってしまったわーーーーーーー!!!」
「そうね」
大学の講義が終わったあとでウェストランド公爵邸へ行きたい、極秘の話があると言われた時点で、何の話になるのかをラブは予想していた。
「ヘンデルへの差し入れでしょう?」
大正解。
「何にすればいいと思う?」
メロディは成人の誕生日を迎えたあとにヘンデルに告白したが、断られてしまった。
それでも諦めることができず、冬籠りの差し入れで少しでも好感度をアップさせたいと考えていた。
「お菓子でいいでしょ。有名店の」
ラブは素っ気なく答えた。
「でも、普通に持っていくのはやめた方がいいわ。没収されるわよ」
王宮に飲食物を持ち込むのは原則禁止。
冬籠りの期間は官僚たちの悲惨な状況を考慮し、暗黙の了解で差し入れが可能。検問もゆるめにはなる。
とはいえ、許されるのは家族や婚約者への差し入れだけ。それ以外の差し入れは毒物検査という名目で没収。結局は多量過ぎて検査しきれないため、全部廃棄になってしまうことをラブが説明した。
「私もお兄様の差し入れとして持っていくから没収されずに済むの。それ以外の相手にあげるなんて言ったら没収よ」
「ウェストランド公爵家の令嬢なのに?」
「関係ないわ。身分でゴリ押しできたのは昔の話。今は全然ダメよ」
「お世話になっている人とか、友人とかは?」
「贈収賄を疑われるからダメ」
「そうなのね。でも、ラブは抜け道についても詳しく知っているわけでしょう? なのにお菓子を提案するの? あまりにも普通じゃない?」
「没収されても一番痛くない贈り物でしょ?」
「没収前提で言われても困るわ!」
「無事渡したところで、相手が食べてくれるかどうかもわからないわ。家族でないなら、有名店の方が手作りよりも食べてくれる確率が上がるわよ」
「……そうかもしれないわね」
「毎年差し入れをしている経験者だもの。没収されたくない気持ちは痛いほどわかるわ」
ラブは兄のセブンが官僚になった年、初めて冬籠りの差し入れをした。
兄の友人であるロジャーやその他大勢にも差し入れをしようとして持っていき、検問で正直に答えたところ、毒物検査に回すと言われて取り上げられてしまった苦い経験があった。
「王宮購買部でお菓子を販売しそうじゃない? それを買えば没収されずに済むわ」
「セイフリード王子殿下にかかっているわけね」
愛の日にも贈り物をする慣習があり、チョコレートは定番中の定番。
しかし、王宮への飲食物は原則持ち込み禁止ということで没収されやすい。
そこで王宮厨房の監査をしている第四王子セイフリードが没収されない贈り物として王宮購買部で菓子を販売させた。
王宮厨房部が作ったものだけに作り手も素材も味も最高揃い。
それを考えると極めてお得な価格ということで、チョコレートが飛ぶように売れた。
「でも、王宮厨房部がお菓子を作って販売するって話は聞いてないのよね」
「あてにはできないってことね」
「イレビオール伯爵家に送ったら? シャルゴット侯爵家でもいいし。王宮でなければ没収されないわ」
「ヘンデル様に渡せないなら贈る意味はないわ」
「検問のところまで呼び出すことができれば直接渡せるわ。王太子の側近が受け取りに来たのを邪魔する警備はいないわよ」
「来ない気がするわ。ヘンデル様から見れば、告白を断ったのにつきまとう面倒な女性でしかないもの」
「よくわかっているじゃない」
「そうよ。でも、好きなの」
男性恐怖症だったメロディが初めて二次元ではない男性に恋をした。
その相手がヘンデル。
「私は本気の本気でヘンデル様と結婚したいの! そのための努力は惜しまないわ!」
メロディの想いが半端なものではないことをラブはよくわかっていた。
「世界を相手に戦っているピアニストだもの。簡単に諦めるわけがないわよね」
ヘンデルは完全にしくじったわね……純白の舞踏会でサービスし過ぎちゃったからよ!
ラブは心の中でそう思ったが、友人として頑張るメロディを応援したくもあった。
「私と一緒に行く? そうすれば、検問を通過できるわ。ただ、メロディが個別で差し入れを持っていると没収される可能性があるから、私の差し入れ品だと言って誤魔化さないとね」
「ラブはセブン様以外への差し入れも持っていくの?」
「当たり前でしょう? あちこち配るわ」
「たくさん持っていって、没収されないの?」
「できるだけ大きな箱にまとめて一つにするのよ。大好きなお兄様に大きな差し入れをするのはおかしくないでしょう?」
「そうね」
「今年はお父様に初めての差し入れをするから、たくさんあっても大丈夫だと思うわ」
宰相は官僚の長。
その父親に差し入れをするのは娘として当然であり、邪魔する官僚は絶対にいないとラブは確信していた。
「ベルお姉さまはどうするのかしら? カミーラお姉さまとか」
「ベルは自分用として持ち込めるもの。楽勝ね。カミーラはヴァークレイ公爵家で至れり尽くせりの状態だし、差し入れについては公爵夫人の方で考えるんじゃない? ベルに頼んでもいいし、いくらでもやりようがあるわ」
産み月が近づいているため、カミーラはキルヒウスの実家であるヴァークレイ公爵家にいた。
「ヘンデル様と結婚したいわ……そうすれば、妻として堂々と差し入れができるのに!」
メロディは泣くような仕草をした。
「泣き落としが効くような相手じゃないでしょう? 少なくとも私の前でしてもねえ。警備の方がまだ効くわよ」
「それとは別のことでも泣きたい気分なの。成人したせいで挨拶の顔合わせの申し込みが一気に増えてしまったの」
「絶対に縁談用の挨拶と顔合わせね。釣書も一緒に届いているんじゃないの?」
「届いているわ。いらないから返却してって言っているのに、貴族同士の付き合いもあるから難しいって言われるのよ!」
キュピエイル侯爵夫妻は婿養子の候補が多くて喜んでいる。
しかし、メロディ自身はピアノコンクールへ向けての最終調整中ということで、完全に無視していることを伝えた。
「私としてはヘンデルよりも若手の有望株の方が無難だと思うけど」
「無難な相手なんて嫌よ! 私にとって最上最高のヘンデル様がいいの!」
「高望みしちゃって。プロポーズだって断られちゃったでしょ?」
「ラブはどうなの? 無難な相手でいいの? 自分よりもレベルの低い相手で我慢できる?」
「それは嫌」
「上がいいってことよね?」
「上過ぎるのも面倒。うるさいのも嫌。私は自由を愛する主義だから!」
「第二王子殿下みたいなことを言って。アンダリア伯爵家を守らないとでしょう?」
「そうねえ。まあ、ド田舎だから農産品を作っていればいいのよ。経済同盟の効果で国内の農産品は需要が高まるわ。アンダリア領も収入が増えると思うのよね」
メロディは首をひねった。
「どうして?」
「田舎の野菜は美味しい。高く売れる。田舎の野菜は安い。需要がある。どっちでもオッケー!」
「でも、輸送コストがかかるわよね?」
「それは商人と輸送業者が考えればいいのよ。アンダリアが運んで売るわけじゃないもの」
「取引業者に買い叩かれるだけでしょう?」
「品質管理をしっかりすれば大丈夫。高品質に見合わない不当な価格を提示するような相手とは取引しないわ。信用できないじゃない? それよりも、今年の差し入れで最も人気なのはバラのお菓子かしらね? リーナ様の影響ですっかりブームになっちゃったわ!」
「そうね。大本命だと思うわ」
王都の流行を考えると、かぶったとしてもそれが一番いいのではないかとラブは思っていた。
「食べてしまえばバラの形かどうかなんて関係ないけれど、王族と国に尽くしている官僚への差し入れだから国花の形にするっていうのは普通にいいわよね」
「でも、絶対に人気でかぶりまくるわよ。別のお菓子がいいわ。私らしいものでアピールしたいの!」
「イモにしなさいよ」
ラブはからかうように言った。
「すごくメロディらしいわ!」
「味? 形?」
「味のつもりだったけれど、形もいいわね。両方にすれば?」
「そうね。おイモ味でおイモの形にすればいいわね!」
メロディは決めた。
「早速、おイモ味でおイモの形をしたクッキーを探さないと。なければ作るわ!」
「冗談よね?」
「本気に決まっているでしょう?」
「イモイモクッキーなんて、大本命に贈るとは思えない選択なんだけど!」
「いいの。私らしいことが重要だもの。売っていないものなら絶対にかぶらないわ!」
「極めてメロディらしい差し入れなのは確かね」
突然プロポーズをしてきたメロディにヘンデルは困惑したに決まっている。
カミーラやベルと親しくしている相手だけに、手酷い拒絶はしにくい。
親しみやすさが裏目に出たと感じ、冷たい側面を押し出して牽制するかもしれない。
でも、メロディらしい差し入れを見たら大爆笑するかも?
硬化したヘンデルの態度を軟化させるかもしれないという意味で、なかなか良さそうだとラブは思い直した。





