1312 かぶりまくり
第一側妃エンジェリーナが友人のプルーデンスとお茶を楽しんでいると、血相を変えた侍女が駆け込んで来た。
「エンジェリーナ様! 大変です!」
「どうしたの?」
エンジェリーナはバラの香りがするお茶をおかわりしたところだった。
「冬籠りの差し入れで大問題が発生してしまいました!」
「具体的にはっきりと言いなさい。時間の無駄よ」
「かぶりました」
「誰と?」
「王妃様とです」
一瞬にして空気が変わった。
「何ですって?」
「商人も真っ青でした」
王妃クラーベルと第一側妃エンジェリーナから声がかかったのは嬉しい。
だが、時期的に考えて、冬籠りの差し入れに決まっている。
何も言わなければ同じ差し入れが用意されてしまうことになるため、注文を受ける前に同じ品になってしまうことを伝えなければならなくなった。
商人は王宮に行く日と時間をあえて揃え、王妃付きの侍女に面会して伝えたあと、第一側妃エンジェリーナの侍女にも伝えた。
「変更なしかどうかを検討していただきたいとのことです。いかがいたしましょうか?」
「クラーベルはどうするかしら?」
エンジェリーナはプルーデンスに尋ねた。
「変えないでしょうね」
プルーデンスは迷うことなく答えた。
「王妃が上位。優先。変更するのは第一側妃の方だと思うだけよ」
「私もそう思うわ」
エンジェリーナの予想もプルーデンスと同じだった。
「変更すると負けたことになってしまうわ。だけど、変更しなければクラーベルと同じになってしまうわね」
「そうね」
「困ったわ。まさかかぶるなんて……」
エンジェリーナは冷静な口調でそう言った。
「エンジェリーナ様、まだあるのです」
侍女は震えていた。
「何?」
「レフィーナ様も同じだったのです」
まさかの三人。
かぶりまくりだった。
「セラフィーナは?」
「予算的に無理なので、かぶるわけがありません」
「それもそうね」
「レフィーナ様も別の候補を検討されているかと」
「そうでしょうね」
第二側妃のレフィーナは変更必須。
王妃と第一側妃の両方が変更することに期待するわけにはいかない。
「リーナの情報は?」
「決められていないそうです」
去年の冬籠りにおいて、最高の差し入れをしたのはヴェリオール大公妃リーナだという声が強かった。
国王や王妃の差し入れも悪くはなかったが、リーナの案を知って真似しただけ。
当然、今年においてもリーナの差し入れに注目と期待が集まっている。
リーナの差し入れが何か、誰もがその情報をいち早く入手しようと探りを入れていた。
「王太子の誕生日が終わったのだから、リーナは冬籠りの差し入れの準備を始めるはずよ。後宮で作らせるのでしょうけれど」
「そういう意味ではかぶらないわね。国王の妻と差し入れがかぶらないようにできるし、利口だわ」
「そうね。でも、デザインやモチーフがかぶる可能性はあるわ」
エンジェリーナが用意しようとしたのは、バラの形をしたクッキーだった。
いかにもエルグラードらしく、国王府で働く官僚たちの忠誠心と愛国心をくすぐり、それでいて王族妃の差し入れとしてふさわしいと思われるはずだった。
「王都で大流行しているのはバラのパンとスイーツなのよ? それを考えたら、バラのクッキーにするに決まっているわ」
リーナが主催した物産展には緑の守護団も参加し、資金活動として販売しているバラのパンやスイーツが紹介された。
それを真似する者が次々とあらわれ、あっという間に王都はバラのパンとスイーツだらけ。
冬籠りの差し入れ品として選ぶ人々も多そうだと予想されていたが、国王の妻の差し入れ品で完全にかぶるのは大問題だった。
「そうだわ! 変更はなしにして、クラーベルよりもサイズが大きい箱にするのはどう?」
財力のあるエンジェリーナらしい考え方だった。
「同じ商人の同じ品だけに、よりサイズが大きい箱を贈った方が勝ちよね?」
「王妃も同じことを考えていそうだけど」
プルーデンスが答えた。
「一番大きな箱にすると、かなりの金額になるのではなくて?」
「そうね」
国王府の官僚数は多い。
一人一箱贈るとなると、相当な金額になる。
「でも、気にしないわ。クラーベルに勝つためなら」
「王妃も同じように考えたらどうするの?」
引き分けにはならない。
先に配布した方が勝ち。あとに配布した方が負け。
「王妃も一番大きな箱を注文して、初日に配るよう侍女に伝えたかもしれないわね。それができれば王妃の勝ちよ。王宮の配送関係者は王妃の届け物を優先するに決まっているから」
正妃と側妃の差は確実にある。
そして、側妃よりも正妃が優先されるのが正当なルール。
「私が不利というか、下手すると確実に負けてしまうわね」
「そうね。変更後にレフィーナと同じものにしないようにもしなければならないわ」
王妃とかぶって変更したあと、またしても第二側妃にかぶるとなると、エンジェリーナが王妃や第二側妃の真似をしたという噂を流されるかもしれないことをプルーデンスが指摘した。
「クラーベルなら悪意ある噂を平気で流しそうだものね」
「大変ね。王家の女性は」
プルーデンスはお茶のカップを手に取った。
「プルーデンスだって差し入れをするでしょう?」
「夫と息子にはするわよ」
プルーデンスは去年の聖夜に初恋相手のラグエルド・アンダリアと結婚した。
今年は宰相夫人として初めての冬籠り。
普通に考えれば宰相府にかなりの差し入れをして、宰相夫人であることをアピールする。
だが、プルーデンスは官僚の人気取りをしようとは思わない。
夫にとって最高の妻であればいいだけと考え、宰相府への差し入れは考えていなかった。
「特注の菓子を二箱用意すればいいだけよ」
「差し入れは任意だけど、それでいいの?」
「宰相府は夫の職場でしょう? 夫の人気が高いかどうかは本人の実力次第だわ。そして、私がどんな差し入れをしても、夫に対する評価は変わらないわ。歴代最高の宰相よ」
「確かにね。でも、プルーデンスの評判が良くなるかもよ?」
宰相の人気も評価も官僚には極めて高い。
だからこそ、評判の悪いプルーデンスとの結婚について喜んでいない者も多かった。
「私が官僚の機嫌取りをするわけがないでしょう? ウェストランドの次期当主なのよ?」
「それもそうね」
「それよりも聖夜のことを考えないと。初めての結婚記念日だから盛大にお祝いしたいのだけど、ラーグが嫌がりそうだから」
ラグエルド・アンダリアは歴代最高の宰相と言われるほど優秀だが、歴代で最も貧乏な宰相でもある。
借金で潰れかけたアンダリア伯爵家を建て直し、空っぽ同然の国庫を抱えた国を建て直し、信じられないほどの大負債を抱えている後宮の再建を手掛けている人物が、豪華絢爛贅沢三昧の催しを喜ぶわけもない。
去年は念願の結婚式、ウェストランドの威信にかかわるということでプルーデンスは説得した。
だが、今年も同じような理由では難しい。
仕事を理由にして王宮に籠り、暗殺を防ぐためにもウェストランド公爵邸に行かないと言い出したら困るとプルーデンスは思っていた。
「どうしようかしら……困ったわ」
「そうね。私も困ったわ。冬籠りの方だけれど」
悩める季節が到来したのは間違いなかった。