1307 最後の勝者
王太子騎士団の拠点はこの日最大の見せ場を迎えることになった。
剣の審査の決勝戦。
勝ち残ったのは第一王子騎士団の騎士と王太子騎士団の騎士。
長年ライバルとして切磋琢磨してきた騎士団の対決といっても過言ではなかった。
しかも、執務で多忙な王太子がわざわざ決勝戦を見に王宮から来ていた。
「実力を発揮してほしい。勝敗は関係ない。なぜなら、勝者が真の騎士ということではない。私に忠誠を誓い真摯に尽くしてくれる者が真の騎士だ」
クオンの言葉は真っすぐに騎士たちの心に届き、強く響いた。
「騎士は剣に誓いを立てる。決勝戦にふさわしい技能と想いを感じさせてほしい。期待している」
王太子だけでなく護衛として同行した王太子付きの護衛騎士たちも見ている。
決勝戦に出るユーウェインはかなりのプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「大丈夫だよ」
パスカルが声をかけた。
「僕の分まで頑張ってくれたのは、馬術審査で証明されているから」
乗り慣れていない馬、初めてのコース、強いプレッシャーがあっても、第一王子騎士団の騎士として誇れる最高の結果をユーウェインは出した。
「ユーウェインは第一王子騎士団の騎士だ。胸を張って挑んでほしい」
「できるだけのことはします」
王太子という最上の観客を迎えての最終試合が始まった。
「始め!」
クオンが開始の号令をかけた。
第一王子騎士団も王太子騎士団も王太子に仕える騎士。
試合を見るために王宮から馬を飛ばしてきてくれた王太子の前だからこそ、どうしても勝利がほしい。
両者は前に出た。
先に立ち止まり、両手剣を大きく振りかぶるような攻撃を仕掛けたのは王太子騎士団の騎士だった。
ユーウェインは片手剣。攻撃範囲が両手剣よりも短い。
間合いを詰められると不利になるのがわかっているため、相手の騎士は両手剣の間合いを守り通そうとするのは当然のことだった。
ユーウェインは攻撃をかわし続ける。
大振りの一撃だけに避けやすい。だが、近寄るための隙はなかった。
攻撃したいが……。
相手の攻撃を片手剣で受ければ、それをきっかけに攻撃へ転じることができるかもしれない。
しかし、相手は渾身の一撃を入れ続けている。
ユーウェインが細身の剣を選択しているため、折ろうとしている可能性があった。
もし剣が折れてしまうと武器破壊で一本。しかも、仕切り直しになる。
新しい剣をもらうことができるが、種類やサイズを自由に選べるのは試合の前まで。試合開始後は全く同じ種類やサイズの剣しかもらえない。
同じ戦法でまた折られてしまうと、悪い意味ではまってしまう。
決勝戦は五本先取。
朝からずっと審査をしているだけに、疲労も確実に溜まっている状態。
攻撃速度や機動力が衰えないうちに片付けたいというのがユーウェインの本音だった。
ああいうタイプは懐に入り込んで体術か短剣で仕留めると早い……。
しかし、体術は禁止。短剣もない。
足でわざと土や砂をまき上げて相手の視界を邪魔するような方法も使えない。
勝つために手段を選ばないのは、騎士として失格。
命がかかっているような緊急事態であれば仕方がないが、今回は審査の試合。
ユーウェインは騎士らしい対処を考えられない自分にダメ出しをしながら、攻撃を避け続けた。
そのせいで逃げてばかり、故意に時間を経過させているという理由で、二本を取られてしまった。
隙をうかがい続けるだけで負けてしまう……。
五本先取だけにまだ余裕があるが、このままでは勝てない。
第一王子騎士団の名誉がかかっているだけに、ユーウェインは攻撃を受けることにした。
すると、懸念していたことが起きた。
相手の攻撃を受けたことで剣が折れてしまった。
ずっと使用していた剣だけに、ダメージが蓄積されていた分もあって折れやすかった可能性もある。
だが、一本取られてしまったことには変わりがない。
これで三本……。
命をかけた戦いではないこと、騎士らしく戦わなければならないことが足枷になり、ユーウェインを悩ませた。
騎士だというのに、騎士らしくあることに苦しむとは……。
ユーウェインは自己嫌悪を感じた。
騎士でいることがつらければ辞めてしまえばいいと何度も言われて来た。
だが、辞めたくない。騎士でいたい。
以前は生活のためだったが、現在は第一王子騎士団の騎士にふさわしいと思われるようになるためだった。
王太子に、パスカルに、ここにいる全ての人々に認められたい。
できるかぎりのことはすると言ってしまった……有言実行するしかない!
ユーウェインは剣を握り締めた。
「始め!」
仕切り直しのあと、ユーウェインは前に出た。
相手の攻撃をかわす。
それはこれまでと同じ。
相手は連続攻撃をしてくるため、ユーウェインは後方へ下がっていた。
その対処方法を変える。
体勢を低くしたあと、転がるようにして相手の横へ移動した。
騎士らしくない避け方。だが、それでもいい。自分にできることをしただけ。
騎士らしさに押しつぶされないように、ユーウェインは自分らしく戦うことを許すことにした。
そのまま片手で持った剣で相手の太ももを軽くすり上げるように切りつけながら、腕の方へと振り上げる。
木製武器による軽い攻撃。防具もある。
怪我をしないからこそ、攻撃を緩める必要はなかった。
足と腕を切られたように感じた相手が驚く間に、ユーウェインは腹部への一撃も追加した。
これで三本。
連続攻撃はそこまでと示すように、ユーウェインは距離を取った。
「待て! 確認する!」
一本以上の判定を取れる連続攻撃があったため、主審が一時的に中断した。
「副審も集まってくれ」
ユーウェインが転がるようにして移動したため、攻撃を確認しにくかった。
中央にいた主審から見ると二本の判断。
腕と腹の攻撃についてはわかったが、太ももへの攻撃は腕に対して振り上げる途中だったせいで見えておらず、カウントされていなかった。
副審の一人は三本。まずは太もも、位置的に少し離れた腕、それから腹部への攻撃があったと主張した。
もう一人の副審も主審と同じく位置的に見えておらず、腕と脇腹の二本だと主張した。
「審議した結果、腕と腹部の二本」
「待ってくれ」
そう言ったのは王太子騎士団の騎士。
「太ももに当たった。三本だろう」
審査において、騎士らしくあることは重要な要素。
王太子騎士団の騎士は自分にとって不利でも足に攻撃が当たったことを伝え、正しい判定を求めた。
「そうか。では、足への攻撃も当たったということで三本だ!」
主審がそう言うと、見守っている人々が拍手をした。
それは騎士らしい行為への賞賛。
ユーウェインは一気に三本を取り返したが、この拍手によって王太子騎士団の騎士を応援する雰囲気が一層強くなった。
「教官! 三本です!」
「一気に取り返した!」
「これで同じだ!」
ロビン、ピック、デナンが叫ぶ。
だが、その声をかき消すように相手の騎士を褒め称える拍手と声援が溢れた。
……居心地が悪い。
ユーウェインは近衛騎士団の内部審査を思い出した。
試合を見守る近衛騎士たちは、辺境出身で身分が低いユーウェインの勝利を望まなかった。
ユーウェインが勝てば、対戦相手だけでなくその騎士を応援している全員に恨まれるのも確実だった。
この試合で勝つと、王太子騎士団に一生恨まれてしまうかもしれない……。
ユーウェインがそう思った時だった。
「ユーウェイン! 勝つんだ!」
勝利を求める叫びに、誰もが驚いた。
いつからそんなことを言うようになったのかと思う者さえいるほど、驚くべき人物による叫びだった。
「最後まで全力だ! 自分を信じろ! 僕はユーウェインを信じている!!!」
パスカルは全力で叫んだ。
今自分ができることはそれしかないとして。
「僕も教官を信じています!」
「絶対に勝てる!」
「全力で勝利を掴んでください!」
「ユーウェイン!」
「ユーウェイン!」
王太子騎士団側の声援に負けないとばかりに、ヴェリオール大公妃付きの従騎士や騎士がユーウェインの名前を叫び始めた。
「勝て!」
「勝ってくれ!」
「第一王子騎士団の力を見せろ!」
「信じているからな!」
「不屈の精神だ!」
「全力を出し切れ!」
「最上を目指すんだ!」
次々とユーウェインを応援する叫びが上がった。
……近衛の時とは違う。
自分には実力がある。そう思っているというのに、実力を示す機会を自ら捨てていた。
勝利は不幸を呼ぶ。今以上に嫉妬も嫌悪も酷くなる。憎悪される。それを少しでも減らすためにはうまく負けた方がいい。その方が利口。生きやすくなるはずだとユーウェインは思った。
だが、そうではなかった。
ユーウェインが何をしようが嫉妬する者も嫌悪する者も憎悪する者もいなくならない。
本当の自分を出し切れないやるせなさと不満がユーウェインの心の中に募っていくばかりだった。
もう同じ選択はしない。最後まで全力を尽くす! 必勝だ!!!
ユーウェインの瞳に強い気持ちが宿った。
「始め!」
勝利を掴むためには前に進むしかない。
強い気持ちは速さになった。
振り上げられた両手剣が降ろされる瞬間、相手は止まる。
ユーウェインは攻撃をかわしながら、片手に持ち替えた剣を下方から振り上げた。
脇への攻撃は素早く軽くに留め、離れながら手を添え直して相手の両手剣を払い上げたあと、再度空いた脇を狙う。
試合であっても本気の勝負。
全力で最速の連続攻撃を繰り出した。
「そこまで!」
大きな声が上がった。
「よくやった!」
「素晴らしかった!」
「それでこそ騎士だ!」
「見事だった!」
「最高の試合だ!」
騎士は騎士。どの騎士団かは関係ない。
騎士らしく勝者を讃える声が、第一王子騎士団だけでなく王太子騎士団からも上がった。
「最終勝者、ユーウェイン!」
喜びと笑顔が溢れる中、大きな拍手に讃えられたのは自分を偽ることなく全力を尽くしたユーウェインだった。





