1304 得意な戦い方
「デナン、頑張れ!」
「気合を入れろー!」
「気持ちで負けるな!」
「全力を尽くせ!」
「最後まで諦めるな!」
ロビンとピックだけでなく、審査の順番ではない第一王子騎士団の騎士たちも叫んだ。
しかし、ここは王太子騎士団の拠点。
しかも、相手は従騎士の槍技能者において一位確実と言われている人物。
デナンもまあまあの実力があるということは午前中の対戦で知られていたが、勝てないだろうという予想がほぼ確定として見学者たちに伝わっていた。
「始め!」
王太子騎士団の従騎士は先手必勝とばかりに前に出た。
槍は長い。相手との距離を詰めるために前に出れば、それだけ早く攻撃も届く。
デナンが攻撃を受け、槍での打ち合いが始まるはずだった。
ところが。
デナンもまた前に出ていた。
どちらも攻め込む気で前に出てしまうということはある。
その場合はどちらか片方が止まり、攻撃を受ける方に変える。
王太子騎士団の従騎士はデナンが止まると思っていた。
午前中は防御を優先しており、剣の審査でも槍の審査でも受ける戦い方をしていた。
攻め方を変えたのかもしれないが、勝てる要素はない。
王太子騎士団の従騎士は攻撃範囲に入るタイミングを見て立ち止まり、槍を振った。
風を切る音がして、攻撃は素通りした。
デナンは自分の槍で攻撃を受けなかった。
しかし、その一振りはデナンが受けないと読んだ瞬間、連続攻撃に切り替えてある。
完全に振り抜くのではなく、軌道を小さく回すようにして再び上げ、斜め下に切るような攻撃につなげる。
デナンが槍を出しても下側になってしまい、そのあとも有利な打ち合いに持ち込めるはずだった。
だが、その予想もまた外れた。
デナンはその攻撃もまた受けずに避け、しかも相手の槍を抑えるように自らの槍の柄を上から重ねた。
抑えられた!
王太子騎士団の従騎士がそう思った瞬間、デナンの姿が前に出た。
近づきすぎると槍で攻撃できない。長い柄がかえって邪魔になってしまう。
槍に適した間合いを取り直すために下がった従騎士を追うようにデナンの槍が迫った。
刃先の方ではなく、逆側の棒先の方が。
デナンは槍を一瞬で短く持ち替えながら素早く回し、攻撃に使う部分を変えていた。
渾身の突きをくらった相手は信じられないと思いながら吹っ飛んだ。
全く動けない従騎士に対し、デナンは槍を半転させ、刃先で狙いを定めた。
「判定してほしい。手当が必要そうだ」
従騎士は体を震わせたまま起き上がれなかった。
「勝者、デナン!」
「勝ったああああーーー!!!」
「うおおおおーーー!!!」
「それでこそ第一の従騎士だーーー!!!」
「強いじゃないかーーー!!!」
「一瞬で決まったな!」
試合を見ていた第一王子騎士団側は大騒ぎ。
一方、王太子騎士団側は度肝を抜かれていた。
防戦を得意にしていそうな第一王子騎士団の従騎士は、午後からは攻撃を主体にする戦法に変えた。
そして、従騎士で最も槍の技能に優れていると言われる相手に完勝した。
「強い……」
「マジか……」
「午前中は完全に様子見だったのか?」
「吹っ飛んだぞ!」
「腹に棒先が深く入った証拠だ」
「一瞬で槍を短く持ち替えた!」
「回してもいた!」
「刃先ではない方を使うとは!」
「あんな攻撃の仕方があるなんて思わなかった!」
「相当な実力者だ!」
午後になって初めての試合。
デナンの快勝によって、第一王子騎士団の士気が一気に上がった。
ロビンは自分も得意な戦法に変えることにした。
午前中は両手剣を扱う王太子騎士団の従騎士に合わせ、両手剣を選択して対戦していた。
その方が相手の重い攻撃を受けやすいと思っていたが、予想以上に攻撃を受ける回数が多かった。
結果的に扱いにくい武器では攻めにくく、手首への負担が大きくなってしまった。
「両手剣にした意味がなかった……」
最も得意とする短剣はない。二刀流も認められていない。
強い攻撃を受けるための盾もない。
両手剣に対して片手剣で挑むのは不利というのが常識だったが、それでもロビンは午後の試合では片手剣を使うと決めた。
「片手剣に変えたのか」
ロビンの対戦相手は実力者の一人。
従騎士は騎士のように午後から参加する者はいない。対戦による疲労は互いにある。
午前中にどんな戦い方をしていたのかもわかりやすかった。
「手が痛くなったのか?」
ロビンは王太子騎士団にいる騎士から見るとやや小柄で細身。
速度を重視するタイプであることは、午前中の審査において知られていた。
「小型の両手剣でも重い気がして」
「第一王子騎士団は片手剣が正式装備だからな」
両手剣を持つこと自体に慣れていない。
片手剣を両手持ちすることはあるが、握りやすさや重量の差がある。
長時間、何度も対戦を続けるほど、普段との違いが影響してくるのは当然のことだった。
「怪我をする前にやめる選択もある。勤務できなくなると困るだろう?」
「期待されている。頑張りたい」
ロビンは片手剣を両手で持って構えた。
それだけを見れば、軽くて使いやすい片手剣に変えただけ。
戦法自体は両手剣の戦い方のままのように見えた。
「始め!」
合図とともにロビンが走り出した。
ロビンが速度を生かした攻撃を仕掛けて来るだろうと王太子騎士団の従騎士は予想していた。
しかし、王太子騎士団は両手剣の扱いに慣れている。相手の攻撃が速くても対処できる自信があった。
とはいえ、それは普通の片手剣の速度を想定してのこと。
ロビンが最も得意としているのは短剣。しかも、二刀流。
最速の想定が全然違った。
ビュンッ!
風を切るのはロビン自身。
あっという間に距離を縮めて相手の懐に入ると、片手で持った剣を首先につきつけた。
「動くな!」
「……嘘だろう?」
始まったばかり。いきなり首に剣を突き付けられたという感覚。
従騎士は混乱していた。
「もう一本やる?」
午後からは二本先取。
但し、相手が負けを認めるか、対戦継続が難しければ一本でいいことになっていた。
「当たり前だ」
ロビンが一本を取ったとはいえ、始まったばかりで無傷。
戦えないわけでもないのに、戦意を喪失するような者が王太子騎士団にいるわけがなかった。
「わかった」
仕切り直すため、審判は二人に離れるよう指示した。
一定以上離れて構えたところで、再度開始の声がかかった。
ロビンの対戦相手は同じようにロビンが飛び出してくると思っていた。
ところが。
「何だ?」
ロビンは前ではなく横に走った。
当然、追いかけるように見なければ視界から消える。
従騎士は慌ててロビンの姿を視界に収めようとしたが、遅かった。
現在は対戦中。
目視するだけでは不足。武器を構え攻撃に備えなければならない。
初動が遅れればそのあとも遅れるのは当然の結果で、ロビンの姿は仕切り直した時に見た位置ではなく、すでに剣が届く範囲だった。
「またか……」
さっきは内側からだったが、今度は外側から首に剣の狙いが定められていた。
体術は禁止だからこそ、どうにもできない。
両手剣の間合いよりも近寄られてしまうと、片手剣に持ち替えたロビンが圧倒的に有利だった。
「ごめん。やっぱり片手剣の方が軽くて使いやすい」
「そうだろう。第一王子騎士団だからな」
「王太子騎士団は強い。武器の常識では不利でも、自分の得意な武器の方がいいって思った」
「わかる。これは両手剣の審査ではない。剣の審査だ。片手剣でもいい」
「そういってもらえて嬉しい」
ロビンの二本先取で試合が終わった。
「こんな負け方は初めてだ。あまりにもムカつくから勝ち続けろよ。一位の者に当たったせいで途中敗退したのであれば仕方がないからな」
「頑張るよ!」
ロビンは王太子騎士団側の応援者を手に入れた。
そして、速さと片手剣を活かした戦法に変えたロビンは活き活きとした動きを見せ、午前中を勝ち抜いた強者から速攻で二本を奪い、勝ち進んでいった。
「速い」
「速すぎる」
「まともに戦えない……」
「差があり過ぎるだろう」
「片手剣のくせに」
「剣は関係ない気がする」
「剣を持っていれば勝ちだろう」
「だが、これで剣の技能者の上位という評価は正しいのか?」
「まあ……変な気はする」
「違う気がするのはあるな」
通常は剣の打ち合いをすることで一本を取るが、ロビンは打ち合わずに一本を取っている。
そのことに対し、剣の審査なのにいいのだろうかと疑問に思う者が多くいた。
そして、従騎士による剣の審査の決勝戦。
午後の戦いは打ち合いを避けて来ただけに、ロビンの手首の負担は最低限。痛みもおさまり、回復傾向にあった。
そこでロビンは先制攻撃を仕掛けた。
片手剣を両手で持って激しく打ち込む。
あまりにも速すぎる連続攻撃に相手は全くついていけない。腕と手と脇を連続で叩かれ、一気に三本取られた。
仕切り直したあとも、ロビンが連続攻撃で二本を取った。
決勝戦は五本先取だったが、ロビンの相手は一本も取れずにあっけなく敗退した。
「勝者、ロビン!」
「やったーーー!!!」
「ロビンの完勝だ!!!」
ピックとデナンは喜びを爆発させた。
「ダメだった……」
「なすすべもなかった……」
「何もかも速い……」
「あいつは両手剣使いの天敵だ」
「絶対に戦いたくないタイプ」
「完全な近接特化タイプ」
「第一王子騎士団に採用されるはずだ」
第一王子騎士団は近接攻撃力及び防御力を重視している。
エルグラードで暗殺者に狙われる人物リストの最上位にいる王太子を守るからこその方針であり、ロビンはそれに合う能力者だった。
「あいつはどうして従騎士なんだ?」
「騎士になれそうな実力に思えるが?」
「剣の技能だけならそうだな」
「軍の特殊部隊でもやっていけそうだ」
王太子騎士団の従騎士において、ロビンの話題と評価が沸騰した。





