1303 悩ましい
ユーウェインは対戦表を睨んでいた。
「ロスターとどこで当たるか見ている?」
「当然です。試合の順番によっては、棄権しなければならなくなる可能性もあります」
パスカルとユーウェインは長距離の馬術審査から参加した。
馬を休める必要があるため、二回目の審査までに時間を置かなければならない。
その間にユーウェインは剣と槍と弓の審査を受けるつもりだったが、順番が回ってこない。
下手をすると、複数の審査で順番が同時に来てしまう可能性があった。
その場合、一定の時間は待ってもらえるが、それを過ぎると棄権したことになってしまう。
「仕方がないよ。追加審査だからスケジュールを詰めている」
通常審査であれば、各審査の専用日を確保する。
今回はあくまでも追加審査。
早く終わらせて通常勤務に戻るため、一日しかない。
「剣の審査のことだけ考えればいい。ユーウェインの馬術はすでに高評価だからね」
新年の騎馬訓練における疾走訓練で、ユーウェインは最終戦に残った。
それだけで馬術における技能の高さを示せている。
「総合用のポイントを稼ぐ必要があります」
技能審査では種目別の順位と、主要な種目別の結果を合わせた総合順位が出る。
第一王子騎士団の者は馬術審査を受けなくていいため、種目別の順位しかでない。
総合順位が出るのは、馬術審査にも任意で参加するユーウェインだけ。
つまり、第一王子騎士団における総合順位の代表者のように思われるため、できるだけ上位の成績がいいに決まっていた。
「プレッシャーをかけすぎないようにしないとだよ。かえって実力が発揮できないからね」
「パスカル様こそ、かなりのプレッシャーがかかっているはず。気をつけないとでは?」
パスカルは新年の騎馬訓練において、第一王子騎士団の最終勝者になっている。
そのことは全騎士団に知られており、パスカルと馬術で勝負したがる者が大勢いた。
その影響もあって、今回の馬術審査には異常なほどの注目が集まっている。
馬の調整のための参加、長距離だけに参考程度だとしても、騎士たちのやる気と熱気が溢れているということだった。
「全力を尽くすしかないよ」
「最終戦までご一緒したいと思っています」
「二人で最終戦まで残ったら、勝負することになるね」
「そうかもしれませんが、最終勝者になることにはこだわっていません」
「なぜ?」
「馬の差があります。新年の疾走訓練でも、パスカル様がそう言っていました」
パスカルは微笑んだ。
「そうだね。ユーウェインの言う通りだ。僕たちがいかに気合を入れても、馬にそれが伝わっていないと難しい」
「自分の馬ではないのもあります」
王太子用とヴェリオール大公妃用の馬だけに、かなりの能力を持つ馬ではある。
しかし、騎手として意思疎通が取れるか、馬のポテンシャルを十分に引き出せるかどうかで考えると難しかった。
「長距離でもあります。無理をさせられません」
あくまでも馬の調整ということで参加している。
審査で王家用の特別な馬を乗り潰すようなことはできない。
程よく走らせればいいだけで、馬から見れば審査や順位は関係なかった。
「ユーウェインはさすがだ。僕と勝負することよりも馬のことを考えていた」
「パスカル様は一挙一動が注目されていますが、私はただの付き添いだと思われていそうです」
「僕付きの筆頭護衛だからね。馬術の技能が特別だからというよりも、護衛対象とできるだけ一緒に行動するために馬術審査にも参加するって思われていそうだ」
「そうだと思います」
「馬術審査よりも、僕付きの筆頭と騎士長が対戦することの方が心配だけどね。どこで当たりそう?」
「ここです」
ユーウェインが示した対戦表を見て、パスカルはため息をついた。
「思ったよりも早いね。もっとあとの方で当たってほしかった」
せっかく勝ち進んでも、途中で潰し合うことになってしまう。
総合順位への影響が大きくなりそうだった。
「ロスターは護衛騎士になりたがっている。この審査で良い成績を残すことが大切だから、全力を尽くすと思う」
「そうですか」
「遠慮しなくていいよ。実力を見るための審査だからね」
「わかっています」
ユーウェインはロスターとの対戦において、わざと手を抜くつもりはなかった。
「どちらも応援したい。上司としても友人としても悩ましいよ」
パスカルは困っていることが明らかな表情でため息をついた。
順調に技能審査は進んだ。
人数が絞られることで、審査の進行状況が把握しやすくなっていく。
後半は連戦になり過ぎるのを防ぐため、別の審査のせいで来れない場合の猶予が長くなることがわかった。
そのおかげでユーウェインは棄権しなくて済んだことにホッとしていた。
「午前中の結果を確認した。ライバルと言われている王太子騎士団の拠点で行われているのもあって、いつも以上にプレッシャーがかかる。それでも頑張っているのがわかるよ」
昼食時間を利用して、パスカルは追加審査に参加している第一王子騎士団の全員を集めた。
「勝ち進んだ者は午後も審査が続く。自分の順番と相手が誰になるのかを確認しておくように」
王太子騎士団は審査の対象者が多いため、全員が午前中からの審査に参加していない。
昨年の成績における最上位の実力者がいる組は前日に審査が行われており、そこで勝ち進んだ者が午後から参加することになっていた。
「複数の種目で勝ち進んでいる者は、試合時間に注意しないといけない。先に審査が終わった者は伝令役を率先して担ってほしい。できるだけ棄権にはしたくない」
「わかりました! 午後も伝令として走ります!」
ピックは全ての審査が終わったあと、勝ち残っている者に時間や試合の順番を知らせる伝令役をすでにこなしていた。
「ロビンは休んでおけよ。手首使ったらダメだぞ?」
「まだあるからな。体力も温存だ」
「うん、ごめん」
ロビンは従騎士における剣の審査で勝ち進み、午後の審査が残っていた。
だが、猛攻を受け続けたせいで手首に痛みが生じていた。
「俺もすぐにピックを手伝うことになりそうだ」
「デナンは運が悪いなあ」
デナンは槍の審査において、一位確実と言われている相手との対戦が午後の第一試合としてあった。
「応援するから!」
「俺も!」
「見学できそうな者はデナンを応援してあげてほしい。王太子騎士団側への声援が多くなるのは当然だけど、従騎士は三人しかいないからね。僕とユーウェインは行きたくても行けない。馬術審査がある」
「ご武運をお祈りしています」
「ありがとう。デナンもね。自分らしく戦えばいいよ」
「はい」
「デナンに助言があります」
ユーウェインは元教官、先輩としても伝えたいと思った。
「まともに打ち合うのは騎士らしいでしょう。ですが、それでは勝てない相手もいます。この審査で上へ行くためにも、相手の攻撃をかわして攻め込みなさい。刃先ではない棒先や柄の部分も存分に使うのです」
デナンは困惑した。
「これは審査です。騎士らしく槍の試合らしく戦わないと、評価が落ちるのでは?」
正々堂々の勝負として、正攻法で戦う。相手の攻撃をしっかりと受け止める。
その上で勝つことが騎士らしさという考え方があった。
「勝つことの方が重要な時もあります。棒術が得意なはず。自分の得意な方へ持ち込むのは当然の戦法です」
「わかりました」
「僕もそうしていいですか?」
ロビンが尋ねた。
「まともに攻撃を受けていたら手が痛くなってしまって……」
「まともに受ける必要などありません。手首に負担をかけないよう私はできる限り受けないようにしていますが?」
「でも、騎士らしくないですよね?」
「一位になるためには何勝もしなければなりません。王太子騎士団の実力者は午後から参加できるというのに、私たちは午前中から参加しています。体力面でも身体的な負荷においても不利だというのに、相手に有利な方法に合わせる必要などありません」
「さすが教官! そうですよね!」
「容赦ない感じがかっこいい!」
「勝利を見据えた判断だ!」
「じゃあ、午後も頑張ってほしい」
パスカルが微笑んだ。
「良い成績を残してほしくはある。でも、無理をして怪我をしてしまうのはよくない。勤務を休むと出勤評価に影響することを忘れないように」
怪我をすれば勤務ができない。出勤評価が悪くなる。
今回の審査だけが評価の全てではないことを全員が実感した。





