1300 必勝せよ
ユーウェインは勤務時間が終了後に団長室へ来るよう言われていた。
「本日は団長に呼ばれていますので、これで失礼します」
「少しだけ待ってほしい」
パスカルは机の上をすぐに片付け始めた。
「もしかして、一緒に行くつもりですか?」
「そうだよ。何を話すつもりなのか察しがつくからね」
「そうですか」
二人が部屋を出ると、交代要員の騎士がいた。
パスカルは執務室に鍵をかける。
「団長室に行く」
「はっ!」
パスカル、そのうしろにユーウェインと交代の騎士が続いて歩き出す。
団長室の中に着くと、護衛当番の騎士は廊下で待機。
パスカルとユーウェインだけが中に入った。
「やはり一緒に来たのか」
呼び出したのはユーウェインだけだったが、パスカルも一緒に来るだろうとラインハルトは思っていた。
「ユーウェインへの通達をどうぞ」
「遠方視察に派遣された者は技能審査を受けられなかった。人事用の資料を揃えなければならないため、追加の技能審査を行う。ユーウェインも参加だ」
「わかりました」
「ここからは内密の通達をする。必勝だ!」
「必勝ですか?」
第一王子騎士団長であるラインハルトが、一人の騎士でしかないユーウェインの勝利を望むのはおかしなことだった。
「王太子騎士団も同じ状況だけに、合同で追加審査を行うことになった」
「審査ではあるが、第一王子騎士団と王太子騎士団が対決することになる」
団長補佐のタイラーが補足した。
「なるほど」
第一王子騎士団の騎士として王太子騎士団の騎士に勝てということ。
「正直、分が悪い」
第一王子騎士団における個人技能の上位者は王太子付きの護衛騎士になっている。
だが、王太子付きの護衛騎士は遠方視察に派遣されていない。通常審査を受けてしまっているため、追加審査は受けない。
一方、王太子騎士団の実力者はこぞって遠方視察に派遣されていたため、追加審査を受けることが説明された。
「第一王子騎士団が尊ぶのは不屈の精神だ! どんなに不利な状況でも決して諦めることなく全力を尽くさなければならない。ユーウェインは剣の審査で一位を狙え!」
「一種目でも一位の成績を取らなければならない。そうでなければ、第一王子騎士団は忠誠心しかない。実力的には王太子騎士団の方が上だと言われてしまうだろう。エルグラード最強の騎士団の座を明け渡すわけにはいかない!」
ラインハルトもタイラーも鬼気迫る表情だった。
「第一王子騎士団の名誉と威信をかけた追加審査になる。ユーウェインの責任は重大だ。わかったな?」
「万能係から必勝係になれ!」
「なぜ私に? ラグネスやサイラスに伝えるべきでは?」
ヴェリオール大公妃付きにおいて個人技能が高いのは筆頭護衛騎士を務めるラグネスや前筆頭で現在は騎士長を務めるサイラスだった。
「すでに伝えた」
「他の者にも得意な技能で一位を狙うよう伝えている。だが、実力者であることが知られている者については、対戦しにくい相手をぶつけてくる可能性がある」
王太子騎士団にとって、今回の審査は第一王子騎士団よりも実力があることをアピールする機会にできる。
当然、各技能審査の一位を狙ってくる。
上位成績者の割合もできる限り多くしたい。
武器の審査では実力者同士が早々に潰し合わないようにするための調整を組決めで行うが、追加審査の参加者が多い王太子騎士団の方で組決めをする。
それはつまり、王太子騎士団が第一王子騎士団から参加する騎士の対戦相手を都合良く決めることができるということだった。
「ユーウェインは近衛だった。技能審査の資料は近衛のものしかない」
「こちらで把握している実力と近衛の資料の内容が合わない。近衛内での面倒を避けるために技能審査で手を抜いていたな?」
問い詰めるために一人だけで呼ばれたのか……。
ユーウェインは全力で動揺を抑えた。
「ユーウェインの勤務表を確認されたでしょうか?」
これまで黙っていたパスカルが口を挟んだ。
「僕は確認しました。残業続きで多忙でした。そのせいで疲労が濃く、審査日に実力が発揮できなかったのかもしれません」
庇ってくれているとユーウェインは思った。
「身分が評価に影響する騎士団の資料はあてになりません。だからこそ使えると思ったことを率直に伝えた方がいいと思います。必勝通達はそのためでは?」
「見抜いていたか」
「当然です。僕は顧問ですので」
「さまざまな理由でユーウェインが近衛で正当な評価をされていないことはわかっていた。近衛の資料は使える。王太子騎士団に手の内を知られずに済む!」
「近衛特有の偏見が影響したせいでこのような資料しかないのかもしれないと思ったからこそ、直接聞くことにした。パスカルの言う通り、近衛の資料は追加審査で役立つ。王太子騎士団を油断させることができるはずだ!」
ユーウェインは自分に期待がかかっている理由を完全に理解した。
「パスカル付きの筆頭やセイフリード王子殿下の護衛に臨時で抜擢されたことに対する警戒はあるだろう。だが、信用と技能は別だ。正しい資料がなければ対策しにくい。チャンスだ!」
「第一王子騎士団において初回の審査だからこそのアドバンテージがある。有効に使え!」
「王太子騎士団側の情報はいただけないのでしょうか?」
ユーウェインは自分から対戦相手について研究するのはどうかと思った。
「追加審査の参加者が多すぎる。情報整理をしても無駄だ。実戦と同じだと思え!」
「臨機応変だ!」
「わかりました」
ユーウェインは頷いた。
「パスカルも追加審査の対象者ではある」
「参加できるのですか?」
パスカルは嬉しそうな表情を見せた。
「本職の騎士ではない。王太子の側近が怪我をするようなことになったら困るとゼッフェルに言われた」
「そうですか……」
パスカルにとっては想定内。
しかし、自身の剣技が衰えている気がしていただけに、確認する機会がないのは残念だった。
「騎士が武器による対戦で官僚に負けたらいい恥さらしだ。断る気持ちはわかる。だが、馬術であればいいだろう?」
「馬術審査なら参加できるのですか?」
「長距離の馬術審査になる。それでもいいか?」
「もちろんです!」
「王太子殿下の馬の調整をするための参加だ。成績は気にしなくていい」
「わかりました。馬の状態を見て調整します」
「ユーウェイン」
ラインハルトがユーウェインを見た。
「第一王子騎士団と王太子騎士団の馬術審査には違いがある」
使用するコースが違うせいもあって、大まかには短距離か長距離かの差がある。
追加審査は王太子騎士団の審査用コース、長距離の馬術審査ということになる。
「今回は武器の技能審査を優先したい。馬術審査は受けなくていいことにした。だが、ユーウェインは疾走訓練で最終戦まで残っている。長距離でも結果を出せそうなら馬術審査に参加してもいい。任意の判断で構わないが、どうする?」
「私はパスカル様の護衛です。パスカル様が参加するのであれば、馬術審査にも参加します」
ユーウェインは迷わなかった。
「よし!」
「長距離の馬術審査は騎手の技能だけでは勝てない。馬の差がより強く影響する。そこで、ユーウェインにもヴェリオール大公妃用の馬の調整を任せる」
二人で長距離馬術審査の一位と二位を狙え、ということだった。
しばらくは追加の審査のお話になる予定です。
また、急病のせいで執筆が止まってしまった「謎解きに誘われて」は三章で完結にしたので、謎の答えがある第四章がカットになりました。
このままだと心残りになると思ったので、やはり第四章を更新することにしました。
お時間があれば、読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!





