1299 アイギスとリカルド
クオンの誕生日の翌日。
新聞にて大々的に報道されたのは王家が行った公式発表の内容だった。
エルグラード王家はザーグハルド皇帝家との縁談を完全拒否。
一方的に縁談の申し込みを公表したばかりか、実現不可能な大同盟の構想によって他国を巻き込み、縁談を成立させようとしたザーグハルドにエルグラード王家は不快感をあらわにした。
エルグラードは自らが立ち上げた経済同盟の構想を着実に進めることを目指しており、外交方針の変更はない。
エルグラードに対して非友好的な国についてはより厳しく対処するため、国軍を東方と南方に多く配置する見直しをした。
また、ヴェリオール大公妃のリーナが妻として夫の領地である王都と王太子領を盛り立てるイベントが大成功で終わった。
そのイベントによって王都と地方が連携することの重要性や国内経済の活性化につなげていけることがわかり、経済同盟によって新たに形成される経済圏に多くの恩恵を与える力を強められることが示された。
「ようやく王家が公式発表した!」
「ザーグハルドがしたことはエルグラードへの妨害行為だ!」
「エルグラードの考えた経済同盟を何としてでも守っていくべきだ!」
「王太子殿下とヴェリオール大公妃の夫婦関係を揺るがすことで、エルグラードを揺るがそうとしたのではないか? けしからん!」
「あまりにも卑劣な方法だ!」
「王太子殿下には素晴らしい妻がいる!」
「そうだ! ヴェリオール大公妃がいる!」
「王都中を盛り上げるイベントを主催できる女性は他にいない!」
「ヴェリオール大公妃こそ、王太子殿下に最もふさわしい女性だ!」
「そうだ! エルグラード国民から選ばれた女性だからな!」
王太子の縁談に強い関心を持っていた国民は、ヴェリオール大公妃が目に見える形で実力を示したことを賞賛した。
そして、リーナがエルグラード国民の中から選ばれた女性であることを誇らしく感じた。
「昨夜は楽しかった」
デーウェン大公子のアイギスは友人のリカルドと共に夕食を取っていた。
「あれほどの一体感を味わえるオペラは初めてだ。古き時代に戻ったようでもあった。エゼルバード王子は天才だ!」
「同感だ。最高に楽しかった」
リカルドも特別公演のオペラに参加できたこと、観客と演者が一体になって楽しんだ経験に大満足していた。
「エルグラード王家の公式発表日が待ち遠しいと思っていたが、リーナのおかげであっという間だった」
「クオンには言いにくいが、元平民の孤児だぞ? 一体どうしたらあれほどのイベントを考えられる?」
「王立学校や王立大学を卒業するだけではダメだな」
アイギスは正直な感想として答えた。
「リーナの実力は学業によって形成されたものではない。多くの困難に遭遇し、それを乗り越えるための工夫と経験を重ねてきたことで形成されたものだ」
「それはわかる。だが、貧しい境遇では自らイベントを主催する経験を積めないはずだが?」
「自ら主催しなくても、さまざまなイベントを見たり手伝ったりすることで勉強できる。リーナはクオンのこと、領地のこと、商業のこと、慈善活動のこと、人々のことを考え、それぞれが得するようなイベントにまとめたのだろう」
準備の段階からリーナは自分らしさを発揮していた。
参加も協力も任意でいい。内容についても相手に任せ、細かい条件を提示することもなければ、資金提供の依頼もしなかった。
おかげで参加や協力を考える人々は自由度の高い選択をすることができ、それぞれの裁量で決めることができた。
「信頼できる相手に任せた結果、相手もその期待に応えようとしたのだろう」
「乗り合い馬車が無料で運行されていただろう? それだけを見ても普通ではない」
王都のあちこちでイベントが行われるため、人々は移動に馬車を使う。
馬車の事業者は稼ぎ時。だというのに、最も距離が遠くて儲かりそうなメイン会場への直行便が無料というのは普通では考えられないことだった。
「ヴェリオール大公妃のイベントのために無料で馬車を運行すれば、事業者の知名度も信用度も上がる。金には換算できない効果だ」
「全ての馬車を無料にする必要はないからな。通常運行や予約専用の馬車はイベントが多い影響で儲かる」
「飲食店も大盛況だった。ウェストランドは系列店の全てで協賛していた」
「相当儲かっただろう」
協賛メニューの利益を寄付しても、それ以外の利益は入る。
ヴェリオール大公妃が手掛けるイベントの注目は絶対に高いため、協力する店ということで集客効果を高め、売り上げを増大させる大好機になった。
「王太子の誕生月を祝う特別感もあって、人々は積極的にこのイベントを楽しもうとしていた。財布の紐がゆるゆるだ」
「去年もクオンが結婚する影響でかなりの盛り上がりだった。同じような感じがすると言っていた者がいた」
「複合的な要素を合わせて開催し、王都全体を盛り上げた。国家行事に匹敵するようなイベントになった」
「クオンの結婚は一回だけしかないが、リーナのイベントは何回もできる。この部分は非常に大きい」
「社交もシーズン最盛期ではないかと思えるほど活発だった」
「おかげで情報収集がしやすかった」
「それで、リカルドはどうする?」
「どうするも何も予想通りだ。帰る」
クオンがバーベルナとの縁談を断ることについてはわかりきったことだった。
しかし、その影響がどこまであるかは読みにくい。
クオンや旧知の友人たちに会えばわかるだろうと判断したからこそ、リカルドはエルグラードに来ていた。
「フローレンとエルグラードは地図で見る以上に近い。何かあればまたすぐに来る」
「高速馬車路の恩恵は大きいな」
「その通りだ。非常に大きい」
リカルドが笑みを浮かべた。
友人付き合いが長いアイギスは勘づいた。
「何かあったようだな?」
「アイギスには特別に教えてやろう」
リカルドは喜びで溢れる胸の内を話したくて仕方がなかった。
「ゴルドーランの技術で高速馬車路を作るのは大変だろう? ウェストランドとの合弁会社を設立して、フローレンが受注するのはどうかという話がレーベルオードからあった」
アイギスは驚いた。
「では、ゴルドーランの高速馬車路建設をフローレンが手掛けるのか?」
「そうだ。フローレンはウェストランドと共に高速馬車路の受注建設を主軸とする事業を国際的に展開する。巨額の公共事業だけに儲かる!」
「笑いが止まらないな?」
「経済同盟だけでもかなりの恩恵があるというのに、新たな国際事業まで展開できる。ローワガルンとの高速馬車路についても、レーベルオードが受注できるか調べてくれることになった」
「リカルドは甘い汁を吸い過ぎではないか?」
「アイギスこそ甘い汁を吸いまくりだ。東と南の海上貿易だけでも相当な恩恵だというのに、王太子領とデーウェンを結ぶ水上交通路も強化されるではないか」
「否定はしない。だが、何の問題もないわけではない」
「どのようなことになろうとも、クオンがいれば安心だ。エルグラードと共に大きく飛躍できる未来がある」
「そうだな。クオンとリカルドに会えて良かった。一生の宝だ」
「私たちの友情は強い。自らの未来だけでなく、自国の未来もまた輝かせることができるだろう」
アイギスとリカルドは頷き合った。
「ところで、東と南の友人たちから何か言われたか?」
アイギスは直接リカルドに確認したかった。
「言われないわけがない。クオンに従えばいい。友人の立場であり続ければ、悪いようにはしないだろうと答えた」
「では、リカルドは何もしないのだな?」
「フローレンはエルグラードと足並みを揃えている。それを乱そうとする者は敵になってしまう。愚かな統治者と一緒に倒れないよう注意しろと伝えた」
「そうか」
「アイギスも何か言われたのではないか?」
「抜け道になる気はないと伝えた」
経済制裁を受けている国々はエルグラードに対する輸出入で制限を受けている。
第三国を経由することで制裁を回避することができるが、デーウェンがその立場になることはないとアイギスは友人たちに伝えていた。
「クオンを敵にするのは愚かだ」
「絶対に回避すべきことだからな」
クオンは絶対的な統治者であり、守護者でもある。
学生時代からクオンを知るからこその共通認識だった。
 





