1296 結婚記念日のデート
王宮に戻ったクオンとリーナは夜の予定に備えて着替えた。
夜のデートはクオンが担当で、どのように過ごすのかを決めることになっていた。
まずは夕食。
昼食は王立学校の学祭で食べた軽食だけということもあり、王太子領風の豪華なフルコースの料理をリーナは堪能した。
「どうだった?」
「とっても美味しかったです! 王宮料理の華やかさと王太子宮料理の大胆さがありました!」
王宮料理はエルグラードにおける最高の料理と言われている。
しかし、料理には多くの魅力がある。
たった一つの料理だけが最高ということではない。
王太子領には野戦料理が元になった伝統的料理があり、それもまた最高の料理だとリーナは感じることができた。
「でも、キャベツがそのままの形で出て来るなんて……」
「小さめのキャベツで良かった」
素材の形を残すのが特徴の料理ということで、茹でた小さめのキャベツを皿の中央に盛り付け、その周囲をエディブルフラワーや他の野菜の形を模したもので飾りつけしたサラダがあった。
「串焼きが出てきて、どうしようかと思いました!」
野外での調理を感じさせる演出として、皿の上に支柱付きの串焼きがあった。
串を持って食べるのだろうかとリーナは思ったが、クオンは串焼きの肉を一旦支柱から降ろした。
そしてフォークとナイフを使って肉を串から取って食べるのを見て、そうすればいいのかとリーナは安心した。
「串を直接持って食べることもできなくはない。だが、先に串から抜いた方が安全で食べやすいだろう」
「そうですね。滅多にないお食事なので焦りました。食べ方の勉強をもっとします!」
「ケーキはどうだった?」
デザートは結婚記念日をあらわす真っ白なケーキ。
口づけを交わす白鳥の砂糖細工が載っていた。
「白鳥の首の形がハートでしたね!」
「それ以外の形は考えられない」
「今夜にぴったりです!」
「喜んでくれてよかった。このあとは王立歌劇場だ」
エルグラードの南方進出を題材にした特別なオペラの最終公演。
ロイヤルボックスを王太子夫婦だけにするため、他の王族はロイヤルボックスにはいない。
しかし、今夜の公演には来ており、他の場所にいることをクオンが説明した。
「父上も舞台に近いボックスから見ているが、お忍びのような扱いだ。主賓はロイヤルボックスを利用する私とリーナになる」
「わかりました」
二人は王立歌劇場に向かい、王族席の間に到着した。
そこにはエゼルバード、レイフィール、セイフリードが揃っていた。
「王立歌劇場にようこそ」
「待ち兼ねた!」
「二人が話しかけてきてうるさかった。ようやく解放される」
三者三様の言葉での出迎え。
「似合っている」
クオンは三人の弟たちを見て微笑んだ。
「エルグラードの王子に相応しい勇壮さだ」
リーナは気づいた。
「もしかして、それは軍服ですか?」
午前中は公式発表があり、正装ということだった。
リーナは王太子夫婦としての一体感を演出するため、結婚式を彷彿とさせる白いドレスを着用。白い礼装姿のクオンと揃えたが、他の王族の全員はエルグラード王家の公式発表ということで赤い上着の礼装姿だった。
夜のために用意されていたのは黒いドレス。クオンも黒い礼装。
金色の豪華な刺繍や赤と緑のサッシュがあるとはいえ、黒で揃えるのは珍しいとリーナは思っていた。
そして、王立歌劇場にいたエゼルバード、レイフィール、セイフリードも豪華な金の肩章や飾り紐がある黒い礼装姿。
レイフィールは普段から黒い軍服を着ているのもあり、リーナは四人の王子の装いがただの礼装ではなく、軍礼装なのではないかと思った。
「私から説明します」
エゼルバードがにっこり微笑んだ。
「今夜は南方進出時代のエルグラードを描いた歴史的なオペラです。現在は平和な時代ですので、戦場に行くことを想定した装いはほぼしません。エルグラードと国王と王家は赤、王太子と王太子領は緑ですが、それは衣装ではなく旗の色というのが正式なのです。戦場では黒い軍装になります」
黒い軍装にはいくつかの理由がある。
汚れが目立ちにくいのもあるが、夜に紛れて隠密行動をしやすくするためでもある。
司令官や指揮官は豪華な憲章や飾り紐をつけるが、標的として狙われやすい。
そこで上着の色を側近や部下たちと同じ色、黒で統一することが説明された。
「私たちは軍礼装をしていますが、これは臨場感を演出するためです。より物語の中に入り込み、南方時代のエルグラードにいるような、当時の人々になったような気分を味わうためなのです」
エゼルバードはうやうやしく指揮棒を差し出した。
「兄上は王太子、今夜は司令官です。これをどうぞ」
「わかった」
クオンは黄金色の指揮棒を手に取った。
「リーナにはこれを」
「赤いスカーフ?」
「つけてあげましょう」
エゼルバードは大判のスカーフをリーナの首にかけると軽く結んだ。
「これで完璧です。リーナは当時の女性らしくなりました」
「昔のエルグラード人ということですよね?」
「そうです。そのままでもいいのですが、任意でオペラに参加できます」
「参加できるのですか?」
リーナは興味を持った。
「どうすればいいのですか? ぜひ、教えてください!」
「戦場に兵士を送る場面があります。その時に首からスカーフをはずして振ります。他の観客も同じようにするのでわかるでしょう。女性たちがスカーフを振っている場面があれば、一緒に振ることで参加できます」
「なるほど! それで結び目がゆるいのですね!」
「兄上の方は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。どこで参加するのかは聞いた」
「では、特別なオペラを楽しんでください。私たちは別の場所になりますので失礼します」
エゼルバード、レイフィール、セイフリードは王族席の間を退出した。
「なんだかドキドキしてきました。すごく楽しみです!」
「私も同じだ。一緒に楽しもう」
移動時間になると、リーナとクオンはロイヤルボックスへ向かった。
追記:急病のため、次の更新は来週の月曜日にしたいと思います。
すみませんが、よろしくお願いいたします。(8/27)





