1294 栄誉の訪問
王太子夫妻の公式デート先に選ばれたことがわかり、王立学校は騒然とした。
エルグラードで最も勇壮で人気がある第一王子騎士団に強固に守られた王太子夫婦の一行は馬車から降りると、一般入場者の受付に向かった。
「ようこそ王立学校へ!」
「光栄に存じます!」
「最高の栄誉です!」
受付の当番だった生徒たちは、王太子夫妻とその一団に緊張した。
「私と同行者全員分のフリーパスを購入する」
クオンは入場券と出し物への参加上限がないフリーパスを購入することにした。
「クロイゼル、現金を用意してあるな?」
「はっ。ですが、王太子夫妻の外出にどの程度の護衛がつくかを知られるわけにはいきませんので、何名分とするかが問題です」
「余分に払えばいい」
「御意」
クロイゼルが応えると、現金担当の護衛騎士が束ねられた紙幣を次々と受付のカウンターに置いた。
「超過分は寄付だ。王太子殿下の私財から捻出しているだけに問題ない」
あまりにも桁が違う!
さすが王太子だと生徒たちは思った。
「行こう」
「フリーパスを持っていってください!」
「せめて、二枚だけでも!」
「プログラムがついていますので!」
「お薦めの見学コースも記載しています!」
リーナとクオンはフリーパスとプログラムを受け取り、それ以外の分については現金担当の護衛騎士が受け取った。
「見学コースの紹介があるのはいい。どこを回るかの参考にできる」
「騎馬戦の時間を確認させてください。ディランが出場するそうなのです」
「剣術戦もあるようだ。これからだな」
「それはアーヴィンが出場します。強いらしいですよ!」
「どちらも見に行こう。Aの見学コースでいいのではないか?」
「自由時間に別の出し物を見に行けばよさそうですね!」
クオンは愛用している腕時計で時刻を確認した。
リーナも同じ。腕時計を見た。
貴族や裕福な者であっても懐中時計の利用率が圧倒的に多い。
腕につけることができるほど小型の時計は、エルグラードが誇る最先端の精密技術だった。
「まだ時間がある。他の出し物を見に行こう」
「王太子領に関係する出し物を見にいきたいです!」
「そうだな」
二人は手をつなぐと、出し物が行われている場所へ向かった。
「あれが王太子殿下……」
「ヴェリオール大公妃にも会えた……」
「これほど間近で見れるのは奇跡だ……」
どれほど高位の貴族であっても、王太子夫妻の目の前に立つことができる機会は極めて稀。
平民にとっては奇跡と言えた。
「オーラが違った!」
「絶対王者感があった!」
「腕にする時計なんて初めて見た!」
「夫婦でのお揃い感がたまらない!」
「相思相愛で結婚しただけある!」
現在は王太子だが、いずれはエルグラードの頂点に立つ人物。
その言葉は大国エルグラードを動かし、命運を左右する。
だというのに、普通の夫婦や恋人のような会話をしていたことも、生徒たちにとっては驚くことでしかなかった。
「難しいです」
リーナはがっくりと肩を落とした。
挑戦しているのは王太子領ボール入れ。
王太子領の巨大な地図を描いた看板があり、主要都市の場所には穴があいている。
その穴の中にボールを投げ入れるという単純なゲームだったが、リーナは一つも成功しなかった。
「一個ぐらいは入ってくれてもいいのに」
「穴に対するボールのサイズを考えると、あまり余裕がないかもしれない」
距離をとって投げることを考慮すると、穴のサイズが小さいかもしれないとクオンは思った。
「初等部サイズにしますか?」
ボールのサイズは初等部、中等部、高等部の三種類がある。
基本的には年齢や所属している学年で決め、成人している者は高等部用のボールで投げ入れるというのがルールだった。
「ボールが小さくなるのは嬉しいですけれど、それでも入るかどうか怪しいです」
「初等部や中等部のボールに交換しますか?」
「どちらのボールも試したいのですが、それってありですか?」
「ありです」
初等部サイズと中等部サイズのボールを使ってみた結果、リーナは一つずつ入れることができた。
「初等部サイズは小さくて簡単そうに思えますけれど、軽いのでかえって投げにくかったです」
「なるほど」
「クオン様もぜひ挑戦してください!」
「そう言われる気がした」
「どのサイズでもご用意いたします」
ボールゲームを担当する生徒はそう言ったが、クオンは高等部サイズのボールを選んだ。
「投げる前に聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「ボールは十個。穴は五つ。一カ所につき二個ずつ入れるのか?」
几帳面。
生徒だけでなくリーナも護衛騎士たちもそう思った。
「どこでも大丈夫です。とにかく入ればいいので」
「狙いやすい場所を狙っていただければいいかと」
「そうか」
クオンは籠からボールを手に取った。
そして、重さを確認するように真上に数回投げた。
「重いですか?」
「いや。普通ではないか?」
クオンは王太子領の地図を見つめた。
「私は王太子だ。まずは領都を狙う」
極めて王太子らしい選択だと誰もが思う中、クオンがボールを投げた。
シュッ。
そんな音がするかのように素早く投げられたボールは、領都の位置にある穴に吸い込まれた。
「あっ!」
「入った!」
「成功だ!」
「領都攻略です!」
見守っていた生徒たちは大騒ぎ、大歓声と拍手が起きた。
「一発で入れるなんてすごいです! とっても難しいのに!」
リーナは驚きながら拍手した。
「次はどこを狙う? リーナが決めていい」
「私が決めるのですか?」
リーナは王太子領の地図をじっくりと見つめた。
「じゃあ、遠方視察の時に通った都市にします!」
「わかった。二カ所だな」
行きに通った都市と帰りに通った都市。
クオンは順番に狙い、見事ボールを投げ入れた。
「クオン様はボール入れの天才です! どうして入るのですか?」
「よく狙って投げるだけだろう?」
「でも、難しかったです」
「だからこそ、じっくり狙う。微調整もする」
「また入りました!」
「残ったのは右か」
クオンは王太子領看板の右側にある穴にもボールを入れた。
「五カ所全部に入りました!」
クオンは腕時計で時刻を確認した。
「騎馬戦の時間がある。早めに移動しておきたい。急ごう」
クオンは次々とボールを投げた。
そのボールは魔法がかかったかのように領都の穴に吸い込まれていった。
「終わりだ。行こう」
「そ、そうですね……」
信じられないと思うリーナの手を引きながらクオンが歩き始めた。
「移動する!」
「協力してほしい!」
「道をあけてくれないか?」
護衛騎士たちはできるだけ丁寧に学生たちに呼びかけ、王太子夫妻の移動路を確保した。
ボールゲームの場所に残った生徒たちは、王太子が一度も失敗することなく全てのボールを投げ入れたことに驚いたままだった。
「全部入れた……」
「失敗しなかった……」
「最後なんて、五連続で入れていたぞ?」
「ポイポイ投げていた!」
「じっくり狙わなくても入るとか?」
「もしかして、簡単なのか?」
「それはない!」
「全然難しいだろう!」
「まさに王者の腕前だ!」
「王太子殿下が伝説を残しました! 王太子領の完全攻略です!」
ボールゲーム担当の生徒が叫んだ。
「この奇跡を再現する勇者はいませんか?」
「ぜひ、挑戦してみてください!」
「フリーパスなら挑戦し放題!」
「よし、勇者を目指す!」
「挑戦したいわ!」
「まずは領都攻略だー!」
生徒たちが我先にと並び出す。
たちまちボールゲームは大盛況。
王太子夫妻の影響はどこに行っても非常に大きかった。
お読みいただきありがとうございました。
新作「謎解きに誘われて」を投稿します。
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