1293 誕生日のデート
謁見の間から退出したクオンとリーナは待機させている馬車に乗り込んだ。
「どこへ行く?」
日中に行うデートの場所や内容を決めたのはリーナ。
クオンは夜のデートを担当することになっていた。
「移動時間は謎かけを楽しんでください!」
リーナは地図を取り出した。
「これは私が主催するイベントの公式マップです」
メイン会場や関連するイベントが行われる場所が掲載されていた。
「この中のどこかが正解です。到着する前に推理してみてください!」
「推理か。セイフリードが好きそうなことだな」
クオンは公式マップを見つめた。
「メイン会場ではない。移動時間がかかる。夜までに戻りにくい」
真っ先に候補から外されたのは、王宮から最も遠い場所にある福祉特区のメイン会場だった。
「鋭いです!」
「公式発表が何時に終わるのかはわからなかった。午後の時間を全部使えるとはいえ往復になる。行きにくい場所は対象外。昼食を取らないで出かけるため、飲食物がある場所だろう」
「本当に知らないですよね? こっそり誰かに聞いていませんよね?」
「聞いていない」
クオンは公式マップをじっくりと見た。
「答えは一回しか言えないのか?」
「何回でもいいです。でも、適当ではなくちゃんと推理してください。なぜ、そこだと思ったのかが知りたいので」
「北門に向かっているな?」
「そうです」
国王よりも先に謁見の間を退出したのは、公式発表が終わって帰る貴族たちの馬車による混雑を回避するためだった。
どのルートも自由に使える。だというのに、リーナは最も混雑しやすい北門のルートにした。
「ここではないかと思う場所があるのだが、そこへ行くなら東門を使った方がいい。予想が外れているかもしれない」
「どこを予想されていたのですか?」
「王立学校だ」
クオンは答えた。
「私が外出にはかなりの警備が必要だ。最終日だけにどこも混雑している。元々入場者が限定的な場所であれば、私が行っても邪魔になりにくい。警備もしやすい。飲食物もある。時間の調整もしやすい」
クオンなりに条件を考えて絞った。
その結果、はじき出したのが王立学校だった。
「イベントの初日に見た新聞に入場資格が載っていた。都合がいいと感じた」
王立学校で行われる学祭の入場者は王立学校の生徒か卒業生。そして、その同伴者のみ。
つまり、身元がしっかりしている者しか入場できない。
子どもたちの安全を守るためだが、王太子夫妻の安全を守るためにも活用できる。
そして、クオンは卒業生。リーナは同伴者。
護衛騎士の多くも王立学校の卒業生であり、そうでない者は同伴者ということでいい。
特別な処置をしなくても、入場できる資格があった。
「クオン様は頭が良すぎます!」
リーナは驚いていた。
「こんなにたくさん候補があるのに、一回目で当ててしまうなんて!」
「正解のようだ」
「大正解です!」
デート場所として向かっているのは王立学校だった。
「だが、なぜ東門を使わない?」
「レイフィール様が外出されるからです」
レイフィールたちが出かけるイベント会場は少し距離がある。
道路も混雑しているため、馬車では向かわず馬を激走させることにした。
「東門へのルートは直線が多くて、勝負するのに丁度良いですよね?」
クオンは理解した。
「なるほど。東門まで馬の疾走勝負か」
「お兄様も同行するそうです。セブン様も」
「誰が一番になるかで予想する方も盛り上がりそうだな?」
「それはレイフィール様の同行者に任せることにとして、勝負の邪魔をしないように北門回りで行くことになりました」
「そういうことか」
「ちょっとだけ残念ではありませんか? クオン様は馬に乗るのも速く走らせるのも好きですよね?」
クオンは笑わずにはいられなかった。
「否定はしない。だが、デートの方が優先だ。大丈夫だ」
「良かったです!」
「リーナこそ、良かったのか?」
「何がですか?」
「デート先だ。外出できる機会は多くない。まだ一度も行ったことがない場所を選んでもよかった。私のために遠慮したのではないか?」
「それはないです」
リーナはきっぱりと答えた。
「去年、王立学校の視察にぜひ来てほしいと学生たちに言われていました。なので、この機会に行けばいいと思ったのです!」
「なるほど」
「昨日、お兄様が行って来たそうですが、とても楽しかったそうですよ」
「パスカルが行ったのか?」
「警備の下見も兼ねて、ユーウェインと行ったそうです」
「……ここだけの話だが、あの二人はうまくいっているのか?」
「え?」
リーナはキョトンとした。
「友人なのは知っているが、パスカルの要望を通した結果だ。ユーウェインはそれほどでもないだろう? 貴族としての格が違うせいもあって、引け目を感じているのではないか?」
「クオン様は心配していたのですか?」
「二人は第一王子騎士団において上下関係にある。友人関係の無理強いはよくない。ユーウェインの気持ち次第では、第四王子騎士団の方に異動させてもいい。パスカルから自力で逃げるのは難しいだろうからな」
「クオン様は本当に素晴らしい方です。ユーウェインのことを考えてくださっていたのですね!」
「当たり前だ。私の騎士ではないか」
リーナは微笑んだ。
「第一王子騎士団の騎士としてはそうですよね」
クオンは眉を上げた。
「気になる言い方だ」
「ユーウェインはヴェリオール大公妃付きです。つまり、私の騎士です」
「否定はしない」
「そして、レーベルオード子爵付きの筆頭です!」
「そうだな」
「クオン様、自分を評価してくれる人がいるとして、一番だって言ってくれる人と優秀だと言ってくれる人がいたら、どちらに心が動くと思いますか?」
「単純に答えるのであれば、一番だと言った者ではないか?」
「お兄様にとってユーウェインは全騎士における筆頭なのです。一番信頼していますし、大切にもしています。そのことをちゃんと自分の言葉で伝えているので、ユーウェインは嬉しく思っています。大丈夫ですよ」
「そうか」
クオンは微笑んだ。
「リーナの言う通りだろう。二人が良い友人関係を築けるよう信じることにする」
「さすがクオン様です。私もここだけの話をしていいですか?」
「何だ?」
「セイフリード様がユーウェインをほしいと言ったら断ってください。ユーウェインは第一王子騎士団の騎士です。物騒な事件がありましたし、お兄様の護衛には凄腕の騎士をつけてほしいのです。お願いします!」
王族の寵愛を得ることも、王族の護衛騎士になることも栄誉ではある。
だが、ユーウェインが最も重視するのは栄誉ではない。
騎士の名誉を捨てても、自分が守ると決めたものを命がけで守る。
そういう者だということをクオンは知っていた。
「状況次第だ。ユーウェインが異動願いを出すかもしれない」
「出すわけないです。お兄様の側にいるのが一番だと思っていますよ」
「なぜそう思う? リーナはそれほどユーウェインと親しいわけではないだろう?」
リーナが言い切る理由をクオンは知りたかった。
「成長できるからです。ユーウェインは自らを磨きながら上を目指すタイプなので、お兄様から学びたがると思います」
「そういうことか」
向上心。
それはリーナにもユーウェインにも共通するもの。
だからこそ、わかるのだろうとクオンは納得した。
「たぶんですけれど、王立学校に行ったらびっくりされますよ。どこもかしこも緑、緑、緑らしいですから!」
「緑は私の色だ。喜ばしい」
「そうですね! クオン様の誕生日にぴったりです!」
「私たちの色だ」
クオンはリーナの手を取ると握りしめた。
「リーナは私の唯一の妻だからな」
「王太子夫婦の色ですね」
愛し合う夫婦は微笑み合った。





