1291 王太子の発表
「王太子としての発表だ」
クオンは発表役を国王から引き継いだ。
「エルグラードは複数の問題を抱えていた。王都では民間孤児院に問題が発生、苦境にある子どもたちに多大なる影響を与えた。この事態を早期に解決するため、王都の領主ヴェリオール大公として指揮権を行使した」
孤児院の問題には二つの側面があった。
一つは孤児院という組織が抱える問題。
もう一つは行政側が抱える問題。
その両方を解決するには王都にある孤児院と行政側の体制を見直し、不正行為や運営不振、監督不足への対策をする必要があった。
「政治的な対応は時間がかかる。そこで、子どもたちへの対応を考えるにあたってはヴェリオール大公妃を担当者に抜擢した」
ヴェリオール大公妃リーナは元平民の孤児。
だからこそ、苦境に立たされた子どもたちがどのような状況なのかを予想することも、その心に寄り添うこともできる。
そう考えての大抜擢だった。
リーナは王都の孤児院問題を突発的な災害のようなものとして捉えるべきだと進言した。
それを取り入れ、人命救助として王都警備隊や騎士団、国軍が出動。危機的状況にいると判断された子どもたちを迅速に保護した。
通常は保護した子どもを別の孤児院に入れるが、王都の孤児院全体で受け入れが難しい状態だった。
そこで特別な事由による領民移動の許可を出し、子どもたちの同意を得て王太子領へ移住させることにした。
現地の確認と調整が必要になること、移住によって子どもたちの心身に大きな負担がかかることを考慮し、王太子領での対応についても引き続きリーナに担当させたことをクオンが説明した。
「孤児院に関係する問題の発生は王都の福祉体制に不備があった証拠だ。私は王太子兼ヴェリオール大公として王都民を守らなければならない。王都の福祉制度については、福祉特区を新設することで改善と解決を目指す。リーナは私にとって唯一の妻だ。過去の経歴を活かしながら、これからも夫である私を支えてくれるか?」
「はい! 一生支えます!」
リーナははっきりと答えた。
「エルグラード法における婚姻制度は一夫一妻制だが、王族は王族法によって一夫多妻制になっている。この制度は王家の血筋を守ることにある。私がリーナを唯一の妻としたのは、妻と子どもの両方を守るためだ。次世代の王位継承者の立場が揺らぐのはエルグラードが揺らぐに等しい。それは断固として許されないことだ。ここにいる者たちであれば理解できるだろう」
クオンはリーナを唯一の妻にする正当な理由として、王位継承権を持つ子どもたちの立場を確固たるものにするためであることを公式に発言した。
単に愛しているかどうかの感情論で決めただけではなく、冷静に王家やエルグラードの行く末を考えた上での決断であることを示すことで、貴族による反対の声を抑えた。
「ザーグハルドとの縁談は私だけでなく弟たちに対するものでもあった。あらゆる要素を考慮した上で、国王が完全に全てを断るという判断をした。もちろん、私も同じ判断だった。エルグラードの国益を損なう縁談を受け入れるわけがない!」
クオンは謁見の間を見渡しながら、力強く声を発した。
「エルグラードは極めて重要な国策を決定した。それはフローレン、デーウェン、ゴルドーラン、ローワガルン、インヴァネスとの協力関係を強化する経済同盟の新設だ」
エルグラードはすでに広大な領土を誇っており、その人口も非常に多い。
国内市場の規模はまさに大国と言われるにふさわしく、小さな国をいくつも合わせたほどにある。
エルグラードの生産力も非常に強い。
国内にその恩恵を張り巡らせると共に、国外に対しても恩恵を分け与え、より多くの国々との友好を深めていきたい。
そのためにエルグラードと隣接する一部の国々と経済的な同盟を結び、国境を越えた特殊な経済圏を作り出し、相互の恩恵を拡充していくことにした。
「経済同盟はエルグラード国内外に多大な影響を及ぼす。参加相手との調整も必要だ。そこで外務統括に就任したエゼルバードと私で話し合い、慎重に検討して参加相手を選んだ。エゼルバード、外務統括として発表してほしい。その次は軍務統括のレイフィールだ」
「わかりました」
エゼルバードは人々の視線を集める優雅な笑みを浮かべた。
「外交交渉による問題の解決によって戦争が減り、各国の国境線が安定した状態が続いています。その影響で国内経済が発展、国外取引も増大しました」
エルグラードは大国だからこそ、国境を接する国の数が多い。
国家間の話し合いや取り決めは重要であり、慎重に行う必要がある。
しかし、全ての隣国と話し合ったり細かい調整をしたりするには多くの時間が必要で、その間も世界情勢は刻々と変化している。
エルグラードは経済大国。常に最先端を走り続けるための対策として、複数の相手と経済同盟を結ぶことにした。
これによって経済同盟の参加相手とは一対一で話し合う必要性が減り、複数の相手に対して同時に話し合ったり決定したりことができるようになる。
現在よりも迅速な対応を行うことで、国際競争力を支え続けることができるだろうとエゼルバードは説明した。
「経済同盟参加国の国境は、エルグラードの第二の経済国境になります」
エルグラードは自国の国境線で区切られた経済圏を最優先で守り、次に経済同盟に参加している相手の国境あるいは領境で区切られた経済圏を優先的に守る。
「エルグラードの恩恵は有限ですので、経済同盟の参加相手は厳選しました。他国や他領からの加入要望は受け付けません。エルグラードが参加相手を選び、声をかけます。エルグラードが守るべきものをエルグラードが決めるのは当然のことです」
エゼルバードは隣にいるレイフィールに顔を向けた。
「レイフィールの番です。軍務統括としての発言をどうぞ」
「エルグラードが守るのはエルグラードだ。そして、エルグラードが重要だと思う国だけだ!」
レイフィールもまた謁見の間に集まった人々を見回しながら宣言した。
「エルグラードはフローレンとデーウェンの二カ国と軍事同盟を結んでいる。両国との国境線は安定している。ミレニアスとの国境地帯については、インヴァネス大公の協力により治安状況が改善された。そこで国軍配置を変更した。エルグラードの怒りがどこに向いているかがわかるだろう」
レイフィールはクオンの命令によってミレニアス方面に駐留させていた地方軍を見直し、南と東に再配置した。
それは純白の舞踏会以来、エルグラードへの不満をあらわにする海沿いの国々、そしてザーグハルドとの間にある東の国々への警告だった。
「エルグラードは軍事大国だ。常勝の歴史を誇り、これからもその歴史は続いていく。各国は国境線を確認し、エルグラードにどう思われているかを熟考するよう伝える。エルグラードの国境だけでなくその威信もまた侵すことは許されない!」
軍務統括としてエルグラードを守るレイフィールらしい力強い宣言が謁見の間に響き渡った。
「軍務統括としての発言は以上だ」
「王家の公式発表を終わる」
国王が宣言した。
謁見の間に集まった人々が王家への忠誠を示すための一礼を行った。
通常はここまで。
壇上にいる王家の全員が退出するまで待ち、そのあとで謁見の間にいる人々も順次退出するはずだった。
ところが。





