1286 イベント開始
エルグラードは識字率が高い。
人々にとって新聞はさまざまなことを知るための情報源になっている。
新聞の一面には最も重要な記事が掲載されるが、王都で発行される主要な新聞が取り上げたのはリーナが開催するイベントについてだった。
王都と王太子領を盛り立てるイベントを開催!!!
主催はヴェリオール大公妃リーナ・リリーナ・レーベルオード。
メインの催しは物産展で、その会場は王太子が考案した福祉特区にある地区会館用の敷地。
すぐ側には王都で最大最新の公共トイレがある。
福祉特区の中心になる水の広場には大噴水があり、安全な飲料水が無料で飲めるようになっている。
王都の主要な馬車乗り場からはイベント会場に直行する送迎馬車が運行。
それ以外にもこのイベントに協力している施設や事業者が、王都や王太子領に関係する催しを開く。
「これほど多くの催しがあるのか?」
二面と三面にある大告知を見たクオンは驚いた。
「王太子領と王都を同時に盛り立てるイベントとしては一つなのですが、細かいイベントで見るとたくさんあります」
イベント期間は十日間。クオンの誕生日が最終日だった。
「チケットは絶賛販売中とあるが、売れているのか?」
「もちろんです! 物産展や福祉特区の会場に直行する送迎馬車は無料なのですが、有料のチケットを買うとお得になるので大人気なのです!」
チケットには価格に応じた特典がついている。
最も安い有料チケットの特典は、会場への入場や送迎馬車に乗る順番を優先してもらえるというものだった。
大人が自分用のチケットを買えば、同伴する子どものチケットは無料。
チケットを購入するかどうかは任意だが、子どもがいる家族で購入する場合はより得になるよう考えられていた。
「先行販売された高額チケットは枚数限定だったので、すでに完売しました。シャペルによると、あっという間に売り切れたそうですよ!」
「だろうな」
リーナが遠方視察から戻った時の謁見式で宣伝していた。
秋の大夜会が中止になり、ありきたりの催しばかりで退屈している貴族が新しさと珍しさを求め、リーナの催しのチケットを買うに決まっていた。
「正直、ここまで大規模なイベントだとは思っていなかった。王立系の組織まで参加しているのか」
王立歌劇場では王太子領を拠点にして南方進出した時代を描いた壮大なオペラの新作が臨時上演される。
王立美術館では王太子領を起点にして領土を拡大した時代を解説する展示会がある。
王立学校は休日限定で王太子領をテーマにした学祭が開かれる。
「王立系の組織は王家の一員である私に対して配慮をしてくれています。すぐに協力すると言ってくれました!」
通常のイベントにおいては資金面や支援物資などの提供を求めるが、そういった協力を要請しなかった。
リーナ自身が手掛けるイベントに呼応する形で、王都や王太子領に関係することをしてくれればいいとだけ伝えた。
どのような内容にするかは協力相手に任せたからこそ、それぞれができることでの協力をしてくれた。
「ウォータール地区が協力しているのはわかる。レーベルオードだからな」
王太子領軍式の軍事パレード、王太子領で行われた街中ピクニックや緑の小道の催し、公園での野外演奏会とダンスパーティーなど盛沢山のイベント内容がある。
その詳細告知だけで別の面を占拠していた。
「レーベルオード伯爵家は私の実家ですから!」
「ウェストランドも力を入れているようだ」
ウェストランドは家業としてホテルや飲食関係の事業をしている。
系列のホテル、レストラン、飲食店などがこぞって協力しており、王太子領や王都の食に関する特別なメニューを提供する内容がやはり別の面を使って告知されていた。
「特別メニューを販売した利益を慈善活動への寄付にしてくれることになっています!」
「慈善活動の資金集めに協力してくれるわけか」
「私から慈善活動や寄付に対する提案はしていません。でも、私が掲げる王都らしさは人々の善意ということで、協力者のほうから慈善活動につながるように考えてくれました!」
「協力者が自ら善意を示したわけか」
「このイベントを企画して本当に良かったです」
リーナは心の底からそう思っていた。
「人々の中には良心や善意があります。それを人々自身が肯定し、協力し、素晴らしいものとして感じながら楽しめる機会になります!」
「王都の善意が目に見え、心で感じられる形になった。これほどの規模は確かに特出している。王都が誇る特産物と言えるだろう」
「その通りです!」
リーナは元気よく答えた。
「ということで、私はイベントの様子を見に行きます。夕食までには戻りますので」
「どこに行く?」
「初日なので一番近い場所です。実は新聞には書かれていない協力者もいるのです」
「秘密の協力者ということか?」
「王宮と後宮です!」
王太子領と王都に関係することであればいいため、王宮省や後宮からも協力の申し出があった。
「そろそろ朝食にしてもいいですか? 午前中に王宮、午後に後宮を見て回ろうと思っているのです」
「先に食べていい。私は新聞を見たい」
「では、新聞を見ながら朝食というのはどうですか? 今日だけは特別ということで」
「そうだな。特別にそうしよう」
クオンが侍従に視線を移すと、心得たとばかりに侍従が給仕を始めた。
「赤いスープだな?」
朝食として用意されるのは珍しかった。
「トマトスープでしょうか?」
「はい。王宮厨房部もイベントに協力しております」
給仕を務める侍従が答えた。
「本日のご朝食につきましては、王都を表す赤や王太子領を表す緑の料理をご用意しております」
「王族の食事でも協力しているのか。リーナの影響力はすごいな?」
「協力内容は協力者次第です。普段とは違う朝食を食べられるなんてお得ですね!」
「そうだな」
リーナとクオンは笑顔を浮かべ、協力仕様の朝食を食べ始めた。





