1285 レグルス宛の手紙
クオンは馬を走らせ、王宮に戻った。
極秘の外出先は王宮地区内にある森だけに、それほど時間はかからなかった。
「お疲れさん」
ヘンデルが笑顔でクオンに声をかけた。
「やっぱり切り札を使うのが正解だ。エルグラードに害をもたらす者には厳しくしないとね。リーナちゃんのイベントが始まる前に片付いて良かったよ」
「執務室に行く」
「えっ?」
驚くヘンデルを見ることなく、クオンは真っすぐに執務室に向かった。
「まだ仕事をするわけ?」
執務室に入ったヘンデルは呆れていた。
「考えたいことがある。一人でいい」
「俺は邪魔?」
「手紙をじっくり見たいだけだ」
「わかった。そこのソファで寝る」
ヘンデルはソファのところへ行くと、折りたたんである毛布を手に取った。
「何気にこのソファは寝心地がいい。第四王子に感謝しないとだなあ」
ヘンデルは毛布に包まると、クオンに背中を向けて横になった。
「風邪を引く」
「大丈夫。それよりもさっさと手紙を見ればいいよ。何かあったら声をかけてくれていい。クオンが一人で背負い過ぎないように俺がいるんだからさ」
クオンは引き出しの中から箱を取り出した。
その中に入っているのは、レグルス・オール宛の手紙の束。
国際情勢は大きく動いている。静観する時ではなかった。
エゼルバードが外務統括になったが、それは表舞台でのこと。
物事には表と裏がある。
そして、裏の世界は広く深い。闇に包まれているのが常だった。
クオンは手紙をじっくりと読み始めた。
東方面と南方面をどうにかしなければならない……。
西方面のミレニアスも頭の痛い問題だったが、インヴァネス大公のおかげで現場の状況を改善できた。
王とまともな交渉ができなくても、問題のある地域を実質的に支配できる者とうまく付き合えばいいことが証明された。
クオンは東の経済同盟をザーグハルド包囲網に変えることで国際情勢もまた一気に変える気でいる。
だが、東の経済同盟に参加している国々にいる友人たちは王族ではない。
そのせいでかなりの時間がかかりそうなため、先に南の方にある問題を片付けたいところだった。
いつまで隠し通せるか……。
クオンは秘密を多く抱えている。
エルグラード王太子だからこそ、全てをさらけ出すことはできない。
どれほど信頼できる相手であっても分ける。
何を教え、何を教えないかを。
クオンは何通も手紙を読んだ。
気になるのは、東の方面の動きに黒い天秤使いが関わっているという情報だった。
国際情勢の重要性は増すばかりで、各国は優秀な専門家を参謀役に据えたがっている。
その中でも極めて優秀な国際戦略家として名が通っているのが黒い天秤使いと呼ばれる人物。
黒い天秤使いは未来を読み、常に勝者の座を約束すると言われているが、その正体は知られていない。
クオンは黒い天秤使いについて極秘で調査しており、その正体がアスター・デュシエルではないかと疑っていた。
今のところ証拠はないが……。
アスターがバーベルナの側にいたのは、ヴァーレンが監視を依頼したからだった。
デュシエル公爵家は古王国派に所属している。古王国派の枢機卿であるヴァーレンがアスターを知っていたというのはおかしくない。
自分のせいでアスターに売国嫌疑がかかっているのであれば、エルグラード守護神に誓って否定するとヴァーレンは断言した。
しかし、アスターがバーベルナの側にいた時期は、ザーグハルドが東の経済同盟や縁談などの国際戦略を仕掛けた時期と一致している。
アスターがエルグラードにいても、ザーグハルド皇帝家の兄妹あるいはその関係者に情報や有効な案を伝えることも、それによってザーグハルドを動かすことも不可能ではなかった。
そもそも名前をいくつ持っているのかさえ掴めていない……。
リーナやロビンたちのおかげで、アスターはボスことボニファス・レザンであることもわかっている。
頭脳明晰。武術の腕前も相当ある。未成年の頃から多くの偽名を活用していることから考えると、裏に関わる者である可能性が非常に高い。
だが、そのような報告も証拠も上がらない。
それがかえってクオンの疑念をより強くしていた。
敵であれば容赦しない。だが……。
現時点において、アスターのことは保留。
クオンはあまりにも多くの重責を抱えているがゆえに、考えることに優先度をつけなければならなかった。





