1280 特別な夜の招待
いつもありがとうございます。
先週も告知しましたが、7月は週二で更新しようと思います。
月曜と木曜の0時を予定しておりますので、よろしくお願いいたします!
朝。
バーベルナは新聞を睨んでいた。
見つめる先にあるのはヴェリオール大公妃が遠方視察から戻ったこと、王太子から高い評価を受けたという内容の記事。
これについては予想内。
しかし、予想外の内容もあった。
それは、王家の公式発表が王太子の誕生日に行われるということだった。
「ついに来たわね。でも、クオンの誕生日に公式発表だなんて……」
誕生日に重大な発表をするというのはおかしくない。
しかし、王太子の公式発表ではなく、王家の公式発表。
バーベルナの頭脳はその理由をすぐに考え始めた。
「王家ということは……国王からの発表ということよね?」
エルグラード国王には四人の妻がいる。
つまり、一夫多妻制を肯定する人物ということ。
エルグラードとザーグハルドの縁談は間違いなく国益になると思った国王は勅命によって王太子の政略結婚を決定。
国益のために正妃を迎えるのは王太子の務め。
勅命であれば仕方がない。エルグラードの王太子として、クオンもまたエルグラードのためにバーベルナとの政略結婚を受け入れるだろうとバーベルナは思った。
リーナは反対するだろうけれど無駄よ!
縁談にリーナが反対した場合は後宮に隔離されるだけ。
それから公式発表という順番になり、ザーグハルドにも特使を送ることになる。
ザーグハルドは遠く、皇帝が縁談の了承を知るには日数がかかるのを考慮した結果、公式発表がクオンの誕生日になった。
バーベルナはそのように考えた。
「王宮に来るよう言われるかもしれないわね?」
縁談を受けるためには、バーベルナ本人との話し合いも必要になる。
ザーグハルドにいる皇帝とやり取りをするよりも、バーベルナとやり取りをした方が進みも早い。
まずは婚約の正式発表。
婚約期間は一年程度が主流だが、ザーグハルドとの交渉次第。
早くても婚姻は春以降。
国家行事としての結婚式を行うにはかなりの準備が必要なだけに、結婚式は秋かもしれないとバーベルナは思った。
「クオンの誕生日に結婚してもいいわね。リーナへの当てつけに持って来いだわ!」
バーベルナは豪華なウェディングドレスに身を包む自分を想像した。
「ダメよ! あの程度じゃ我慢できないわ! クオンとの結婚はエルグラードとザーグハルドの威信をかけた結婚なのよ!」
絶対に一回目の結婚式を上回るものでなければならない。
それはエルグラードやクオンも考えることであるため、応相談。
取りあえず、王宮に呼ばれる時に着用するドレスの方を心配した方がいいというのが、バーベルナの頭脳がはじき出した答えだった。
「ドレスを新調しないと。でも、間に合うかしら?」
金を積めばいいとはいっても、あまりにも日数が少ない。
「ああ、宝飾品も必要だわ!」
特注の宝飾品を新調する時間はない。ザーグハルドから取り寄せるのも難しい。
何かいい方法を考えなければとバーベルナが思っている時だった。
「バーベルナ様、アスター様がお見えです」
「アスターに頼めばいいわね!」
バーベルナはアスターを早く呼ぶように伝えた。
「バーベルナ様に朝のご挨拶を申し上げます」
「おはよう。丁度いいところにきたわ! 用意してほしいものがあるのよ」
「どのようなものでしょうか?」
「特別な宝飾品よ」
王家の公式発表がクオンの誕生日にあること、その時に自分が王宮に呼ばれる可能性を考え、ドレスと宝飾品を用意しておく必要があることをバーベルナは説明した。
「華々しい発表にふさわしい装いが必要でしょう?」
「バーベルナ様のお考えはわかりました。ですが、日数がありません」
「そうなのよ。ドレスはお金を積めばなんとかなるかもしれないけれど、宝飾品は難しいわ。ザーグハルドの皇女にふさわしい品を探してほしいのよ」
「探すことはできますが、気に入っていただけるかどうかはバーベルナ様次第です」
「そうね」
「本日、私がこちらに来たのは、特別な招待があることをお伝えするためです。エルグラードで強い影響力を持つ者が、今夜バーベルナ様にお会いしたいそうです。いかがいたしましょうか?」
「誰なの?」
「断る可能性を考え、お伝えできないことになっています」
「そう。でも、教えてくれるわよね?」
「エルグラード国教会の高位神職者です」
「まあ!」
バーベルナの表情は喜びに満ちたものになった。
「それはつまり、エルグラード国教会が私を認めたということね?」
エルグラードは多神教を前提としていることによって信仰には寛容。
しかし、王家の冠婚葬祭を取り仕切るのは、エルグラード守護神を祀るエルグラード国教会。
その高位神職者が面会を希望しているという話は、王家に入ることに備えてのことだとバーベルナは思った。
「どのようなお話なのかはわかりません。デュシエル公爵家もエルグラード国教会に所属しており、そのつてで伝令役を頼まれただけなのです」
「エルグラード国教会にはいくつもの宗派があるわよね?」
「はい」
「デュシエル公爵家は何派なの?」
「古王国派です」
「身分と血統を重視している派閥よね?」
「そうです」
「もしかしたら、古王国派をひいきしてほしいという話かもしれないわね」
バーベルナが王太子妃になれば、大きな影響力を発揮できる。
だからこそ、エルグラード国教会の高位神職者が自分と近づきたがっているのだとバーベルナは思った。
「招待を受けるわ」
「では、そのようにお伝えいたします。内密の招待になりますので他言無用。何かあればまた連絡がありますので、大変申し訳ないのですが別件での外出はお控えください」
「わかったわ。何時頃に迎えが来るの?」
「ご夕食の誘いではないので、二十一時以降ではないかと」
「アスターが迎えに来てくれるの?」
「いいえ。私は伝令だけです。了承ということであれば、高位神職者が迎えの馬車を出します。あくまでも内密ですので、目立たないようなものになるのではないかと」
「服装は何でもいいのかしら?」
「夜会ではなく話し合いです。外出着でよろしいのではないかと思われます」
「わかったわ」
「では、私はこれで。夜に迎えの馬車が来るまでお待ちください」
アスターは深々と一礼すると、部屋を出て行った。
「ついに私の時代が来たわ!」
バーベルナはうっとりとした表情になった。
「エルグラードの女帝、そんな風に呼ばれるようになるかもしれないわね!」
エルグラードは王国制です。そもそもザーグハルドでさえ、女性は帝位につけませんが?
アデレードは心の中でそう思いながら、祝杯だと言われる前に酒を用意しておくことにした。





