128 昼食
リーナは先に昼食を取ることになっていたため、急いで食堂へ向かった。
食堂は大混雑状態。
リーナが食事を受け取るための列に並ぶと、周囲にいた人々は第四王子の話題で盛り上がっていた。
「あれが第四王子ですか?」
「そう。セイフリード王子よ」
「すごい美少年ですが、言動もすごかったですね!」
「陰では暴君と呼ばれているみたい」
「あれを見たら一目瞭然だわ」
「納得です!」
侍女や見習いのおしゃべりは止まらない。
王妃は王太子、第二王子、第三王子の教育に関わったが、第四王子の教育には関わらなかった。
母親の第三側妃は息子に見向きもせず、愛情も与えなかった。
そのせいで第四王子はわがままで横暴になってしまった。
このことは王家の威信や名誉を守るために秘密にされていたが、やがて成長した兄王子たちの耳に届いた。
後宮にいる弟が大変なことになっていると知り、兄王子達はなんとかしようとした。
その結果、少しはましになったものの、暴君の異名を返上することなく現在に至っている。
そのような内容だった。
リーナは食事の乗ったトレーを受け取り、空席に座った。
その周辺でも第四王子のことが話題になっていた。
「あの……第四王子殿下は後宮に住んでいるのですか?」
リーナは気になって質問した。
侍女見習いとしては新人だが、下働き見習いから考えると何年も後宮にいた。
だというのに、第四王子が後宮に住んでいるという話は初耳だった。
「王宮にも部屋があるけど、後宮がメインの住居なのよ」
「後宮の自室に引き籠っているらしいわよ」
「どうして王宮ではなく後宮の方がメインの住居なのですか?」
リーナは不思議に思った。
「未成年だからよ」
「側妃と側妃が産んだ子どもの住居は後宮になるのよ」
「第二王子と第三王子は子どもの時から王宮に住んでいるわ」
「王妃が教育するなら、王宮の部屋を与えた方がいいでしょう?」
「後宮は側妃の拠点よ。王妃が来るわけないわ」
次々と情報提供者があらわれた。
「第四王子はとても頭がいいらしいわ」
「読書が好きで、沢山の本を読み漁っているとか」
「書庫には難しい学術書や外国語の本が溢れているそうよ」
「十五歳で大学に入学できたのよ」
「十五歳で大学? すごい!」
「何かあるとすぐに暴言を吐くらしいわ」
「失敗したら投獄されてしまいそう」
「処刑じゃない?」
「解雇された者なら、実際にいたらしいわよ」
「怖い!」
リーナは周囲のおしゃべりに耳を傾けながら昼食を食べた。
「それにしても、途中でよくわからない言葉があったわよね」
「ああ、そうね」
「第二王子の側妃候補がアピールした時よね?」
「ミレニアス語だってことはわかったけれど、それ以上はわからないわ」
「誰かわからない?」
「少しだけならわかります」
リーナは正直に答えると、周囲の視線が集まった。
「ミレニアス語がわかるの?」
「少しだけです」
「第四王子の発言を教えてよ。私、さっぱりわからなかったわ」
「私も知りたい!」
「私も!」
「ミレニアス語が堪能なことを示したつもりかもしれないが、丸暗記をすればいいだけだと言っていました」
リーナはセイフリードの発言を翻訳して伝えた。
「そんなことを言っていたのね!」
「確かに暗記してしまえばいいわよね」
「ミレニアス語が堪能かどうかはわからないわね」
「でも、ミレニアス語の朗読を美しくしたというアピールだったわけでしょう?」
「美しいかどうかは、ミレニアス語を知っていないと判断できないかも?」
「確かに」
「王太子殿下や第二王子殿下はミレニアス語を知っているのかしら?」
「第二王子はミレニアスに留学したことがあるわ。だから、ミレニアス語を知っているわよ」
「それでミレニアス語の朗読にしたのね!」
リーナの周囲だけでなく、離れた場所にいる者たちにも話が伝わっていく。
あっという間に食堂中がその話題で持ちきりになった。
「リーナってすごいのね! ミレニアス語が堪能だったなんて!」
「全然知らなかったわ!」
「堪能ではないです。もしかすると、聞き違いがあったかもしれません」
リーナは予想外の状況に困惑していた。
「嘘を言っているわけではないわよね?」
「嘘ではないです。聞こえた通りに言ったつもりです」
しかし、全てではなかった。
最後の言葉はきついと感じてしまい、聞かれても絶対に言えないとリーナは思っていた。
「気にしなくていいわ。翻訳するのは難しいもの」
「そうよ。早口だったし、うまく聞き取れなくても仕方がないわ」
「それにしてもリーナの意外な能力が判明したわね!」
「ミレニアス語を理解できるなんて!」
「すごいわ!」
「すごいのでしょうか?」
リーナは不思議に思った。
「少しだけなのにですか?」
「そりゃそうよ」
「エルグラード語は周辺国の共通語だもの。わざわざ他国の言葉を勉強する必要なんかないわ」
他国の言葉?
エルグラードの地方語の一種だと思っていたリーナは驚いた。
「他国の者がエルグラード語を勉強して話しかけてくるの。私たちは普通に話していればいいのよ」
「そうそう。エルグラード語だけでいいの」
「リーナはなぜミレニアス語を勉強したの?」
「家庭教師が教えてくれました」
リーナは正直に答えた。
「家庭教師がいたのね」
「ミレニアス語を教えるなんて珍しいわね」
「そうよ。他のことを勉強した方がいいもの」
「少しだけみたいだし、ついでにってことかも?」
「両親のどちらかがミレニアス人なら教えそうだけど」
リーナはハッとした。
私の両親のどちらかはミレニアス人なのかも? あ、でも……。
リーナの両親はエルグラード語で話していた。
家庭教師や召使いだけが、時々ミレニアス語を話していたような気がした。
もっと色々なことを思い出せれば、昔住んでいた場所の手掛かりになるかもしれないのに……。
リーナは深いため息をついた。





