1278 報復会議(二)
「次の話に移りたい。報復のことだ。レーベルオードとウェストランドを呼んだのはそのためでもある」
クオンはリーナに視線を向けた。
「政治の世界は優しくない。私はエルグラードのために冷徹にも非情にもなる。聞きたくなければ退出することもできるが、リーナはどうする?」
「私には妻としての覚悟もヴェリオール大公妃としての覚悟もあります。クオン様がいかに大変な執務をされているのかを知るためにも、勉強させていただきます!」
リーナは真剣な表情で答えた。
「頼もしい。黙って聞くだけになるが、それでもいいか?」
「はい!」
「では、私の補佐として同席を認める。まずはレーベルオードからだ」
「私から説明させていただきます」
申し出たのはパスカルの方だった。
「高速馬車路の新設に関する手続きが正式に整いました。着工式典についてはローワガルンとゴルドーランでも盛大に行うため、エルグラードの代表者を招待したいとのことです」
「エゼルバード、どうする?」
外交関連行事だけに、クオンは外務統括であるエゼルバードに尋ねた。
「忙しいので向こうには行きません。エルグラード国内であれば考慮の余地があります」
「レイフィール」
「無理だ。軍務統括としての重要な案件がある」
「セイフリードが行くか? 大学院で建築を専攻している。国際的な知名度を上げるにも良い機会になると思うが?」
「わかった。行く」
セイフリードが答えた。
「決まりだ。パスカルは私の側にいてほしい。レーベルオード伯爵、目付け役を頼めるか?」
「御意」
レーベルオード伯爵が答えた。
「レーベルオードは親子揃って心強い。セイフリードはしっかりと見聞を広めるように」
てっきりパスカルが同行すると思っていたセイフリードは口をへの字にしたが、反対はしなかった。
高速馬車路の新設にはレーベルオードが関係している。
レーベルオード伯爵は内務省の高官だが元外務省。国内外の情勢に精通。エルグラード歴代最高と謳われる前外務大臣の息子。王家の外戚であることから見ても、同行者として相応しいのは明らかだった。
むしろ、主賓が僕ではなくレーベルオード伯爵になってしまいそうだ……。
セイフリードがそう感じてしまうほど、レーベルオード伯爵は特別な人物。
ローワガルンとゴルドーランが最高待遇で大歓迎してくれるのは間違いなかった。
「他の件は?」
「福祉特区の工事遅延を取り戻すための修正計画を立てているのですが、多方面から協力の申し出があります。人臣の尊敬を集める宰相閣下のおかげです」
「ウェストランドのおかげでもある」
「ウェストランドの代表として発言してもよろしいでしょうか?」
プルーデンスが声を上げた。
「ラーグに説明させる気がないのはわかっている。話せ」
国王が許可を出した。
「資材高騰の件では少々責任を感じております。ウェストランドが手を回し、生意気な国々への輸出を抑えている影響ですわ」
エルグラードは経済制裁を行うにあたって、相手国の経済成長を阻害する種目を選定した。
海沿いの国々は領土が小さいせいで陸上の天然資源が少なく、食品や資材の多くを輸入に頼っている。
エルグラードに制裁を受ける影響が大きく、制裁効果が高かった。
ウェストランドはかつての臣下筋の貴族に強い影響力を持つ。
政略結婚で迎え入れたマルロー侯爵夫人の仲介でサウスランドとその臣下筋の貴族の協力も取り付けた。
それによって西方面と南方面の資材と食料が海沿いの国々に流れるのを抑え、じわじわと物流が途絶えていく危機感を感じさせることにした。
しかし、抑える分を溜め込むだけでは負担になる。どこかに流したい。
食料については引く手あまただが、資材については長期的に必要としている相手でなければさばき続けることができない。
そこで資材高騰の影響を受けて工事が遅延している福祉特区に注入することを、レーベルオード伯爵家と話し合っているとプルーデンスは説明した。
「福祉特区を最優先、高速馬車路の計画にも資材を融通するつもりです。どちらの計画も長期的ですので、その間は他に回せません。海沿いの国々は何年も苦しむことになるでしょう。いかがでしょうか?」
「上出来だ」
答えたのはクオンだった。
「海沿いの国々は切り捨てる。エゼルバードもいいな?」
「当然です。最初からそのつもりでした」
だからこそ、エゼルバードは西の経済同盟に海沿いの国々を入れなかった。
「ですが、海沿いの国々は南の大陸との取引を強化しようとするはず。デーウェンの邪魔もこれまで以上にしてきそうです。手を打たないといけませんが、エルグラードには海がありません。海上貿易への直接的な介入は難しいかと」
「手は打ってある」
クオンが平然とした表情で答えた。
「南の大陸の沿岸に位置する国々とは交渉済みだ。デーウェンやリーゼルとの取引を強化することで合意してある。海沿いの国々との取引を強化する分はない」
「デーウェンはともかくリーゼルもですか?」
エゼルバードは驚いた。
「いつの間にそのような交渉を?」
「純白の舞踏会のあとだ。遠方だけにやり取りに時間がかかった」
「兄上は交渉ルートを持っているのですか?」
「海沿いの国々に住んでいる友人たちを動かした。愚かな王家と一緒に見捨てるわけにはいかない。南の大陸に貿易拠点を作るよう伝えた」
クオンの友人たちは国際儀礼に違反した海沿いの国々にもいる。
反エルグラードを掲げている王家やその取り巻きは、クオンの友人たちにとっても頭の痛い問題だった。
そこで南の大陸の方に貿易拠点を作り、取引相手をデーウェンやリーゼルにする。
海沿いの国々に流れる物資が減るため、間接的にクオンやエルグラードの経済制裁に協力できる。
また、経済制裁で自国が困ったことになっても関係ない。
南の大陸での貿易業で儲かり続ける。
自国が危機的状況に陥った時は、南の大陸かエルグラードに逃げればいい。
将来的に見ても大安泰だけに、友人たちはこぞってクオンに協力した。
「友人たちが得た富は、親エルグラード派の支援につぎ込んでくれるだろう」
「では、海沿いの国々の国内攻略は進んでいるのですか?」
「経済制裁の効果を高めるための協力だ。親エルグラード派による政治面での連動はしていない。その方面ではレーベルオードとウェストランドに期待している」
「お任せください。すでに手を回しております」
「こちらも同じです。敵を崩すには内側から揺さぶるのが有効ですので」
「ここにいる者には教えておく。東の国々に住んでいる友人たちも動かした。東の経済同盟をザーグハルド包囲網に変えるためだ。ザーグハルドから富を奪い、市場を食い荒らすよう伝えてある」
国際情勢を一気に変えてしまう大計略に、誰もが言葉を失った。
「エルグラードの富を東の方に流す必要はない。だが、敵を潰すための資金は流してもいい。各自で動くのは自由だ。標的と目的が同じであればいい。わかるな?」
レーベルオードとウェストランドの面々は頷いた。
「私の友人たちは非常に優秀だ。各国の将来を担う人材としてエルグラードに留学していた。私とエルグラードを大切にしてくれる。もちろん、リーナのこともだ」
クオンの友人たちはエルグラードの国境を越えた先にも多くいる。
エルグラードの怒りを買って国を傾ける愚か者と一緒に沈む必要はない。
友人同士で支え合い、助け合えばいいだけだった。
「ザーグハルドは目障りだ。少しずつ削って小さくする。皇帝家の圧政から人々を救うためにも、国際地図を書き換えてやろう」
その言葉は世界を見据える統治者であり戦略家としてのもの。
クオンの力がエルグラードの国境を越えたはるか先まで及ぶことをあらわしていた。
 





