1277 報復会議(一)
「王族会議を始める」
宣言したのは国王。
出席者はクオン、エゼルバード、レイフィール、セイフリード。
宰相のラグエルドと妻のプルーデンス、セブン。
パスカルとレーベルオード伯爵。
そしてリーナだった。
「ようやくリーナが帰ってきた。どれほどこの日が待ち遠しかったか!」
それは国王の本心。
「クルヴェリオン、さっさと話せ」
「わかった。リーナ、ザーグハルドから縁談がきているのを知っているな?」
「知っています。王都発行の新聞を取り寄せ、王太子領の方でも読んでいました」
「私とバーベルナの縁談だ。それが無理なら弟たちとの縁談にしたいという話だった」
「あまりにも無礼です!」
エゼルバードは不快そうな表情を浮かべた。
「いずれザーグハルドの皇太后になる皇女だけに、エルグラードはそれにふさわしい配慮をザーグハルドに示さなくてはならないとまで言ってきました。ザーグハルド皇帝の頭はおかしいとしか言いようがありません!」
「ザーグハルドの老害だ!」
リーナが戻るのに合わせて帰って来たレイフィールも怒りを隠さなかった。
「ザーグハルド皇帝の妄想に付き合う必要はない」
セイフリードも成人王族として意見を述べた。
「東西地域にある全ての国々をまとめる大同盟を作るのは、エルグラードの構想と国益に反する」
エルグラードが考えた経済同盟の目的は、一つの国が恩恵を得られるようにするためではなく、同盟国の全てが恩恵を得られるようにすることにある。
つまり、参加国が多いほど恩恵を分け合う相手も多くなる。
それはエルグラードの取り分が減ることになる。
また、エルグラードの富が多くの参加国に流出するのを許すのと同じ。
不安定な状況の参加国に投資すると収支はマイナス、エルグラード国民が抱える不良債権が多くなってしまう。
各国の意見もまとめにくくなる上に、大国であっても議決権は一つしかない。
エルグラードにとって良いことなど一つもないというのが極めて現実的な予想だった。
「本来なら大同盟の話がエルグラードにとっていかに不利であるかを貴族や識者が話し合うべきだというのに、縁談のせいで真逆の妄想をしてしまった」
王族は一夫多妻制だけに縁談を受けることができる。
縁談によってエルグラードとザーグハルドという大国が結びつけば、東西を結ぶ巨大な大同盟ができる。
それによって大きな益を得られると勘違いしてしまった。
「国際投資は自国の益を大きくするといわれている。それは間違いではないが、正解でもない。商人は金さえ手に入ればいいが、統治者は違う。一部の国民の資産が増えることよりも、国民全体の暮らしが豊かになることを目指す。だからこそ、投資すべきは国内だと考えなくてはならない」
国内をないがしろにして国外に投資すれば、国内経済は衰退する。
産業の空洞化が進み、倒産や失業が増え、負の連鎖が起きる。
一方、国外経済は投資された資金を元手にして発展し、有利な立場を築くようになる。
これまでのエルグラードは国外に投資して得た富を国内につぎ込み、国内経済を強化してきたからこそ良かった。
しかし、経済同盟によって国外投資ばかりが増え、その富がまた国外に再投資されてしまうようでは困る。
あくまでも国内への投資が最優先。経済同盟国への投資はその次にしてほしい。
それがエルグラードの内務を統括するクオンの考えだった。
「新年謁見の時、リーナは貴族に声をかけることで地方に目を向けた。エルグラードは大国だからこそ、地方に目が行き届いていない。私は地方の発展によって国力をより強くすることができると思っていた」
クオンは国内投資、正確には地方投資をより強化していくつもりだった。
それがエルグラード国内の生産性を上げ、西の経済同盟国に物資を供給する力と流れになると考えた。
「ザーグハルドや他の国々にとって、エルグラードの経済同盟は益がない。反発するのは予想していた。当初からの予定通り、地方投資とエルグラードが立ち上げた経済同盟に注力する。縁談は完全拒否する」
クオンの宣言は王太子兼内務統括としての判断であり、決定事項だった。
「国際情勢に関係する重大な政治的判断だった。熟考と慎重さが必要であり、リーナに伝えるのが遅くなってしまった」
クオンは隣に座るリーナを見つめた。
「夫として妻に心配をかけたことを心から謝罪する。縁談を完全に拒否すれば、ヴェリオール大公妃のせいだと思う者もいるだろう。全力で守る。どうか耐えてほしい」
「すでに耐えています」
リーナは正直に答えた。
「王太子領でバーベルナ様に会いましたが、私を軽視するような発言がありました。ここはエルグラード。王家の一員である私を軽視するのはマナー違反です。外交問題に発展しないよう避けるべきことだと思うのですが、違うのでしょうか?」
「違わない。バーベルナは間違いを犯した」
王家の一員で王太子の妻であるリーナを軽視するのは許さない。
エルグラードはそのことを純白の舞踏会の件で国際的に示している。
公式行事ではなく別の場所や機会なら平気だとバーベルナが思っているのであれば、完全に間違いだった。
「バーベルナ様はザーグハルドの皇女です。そのこともまた軽視すべきではないとは思いますが、それは友好を考えてのこと。友好的ではない相手に配慮する必要はありませんよね?」
「ない」
クオンはきっぱりと答えた。
「では、友好的ではないバーベルナ様には今後一切配慮しないということでよろしいでしょうか?」
「それでいい。だが、リーナが直接対応することはない。バーベルナとザーグハルドに対してどうするかはすでに私の方で考えている。まず、縁談に対する公式発表は私の誕生日に行う」
王太子が最愛の女性と婚姻したのは、国内外に知れ渡っている。
夫婦の愛情も絆も揺るがない。
王太子の妻はリーナだけだということを示すためにも、クオンは自らの誕生日であり、リーナとの結婚記念日でもある日に公式な声明を出すことにした。
「縁談を断った理由については、外務統括のエゼルバードから正式な発表を行う」
「お任せください。エルグラードが提唱する経済同盟こそが国益であることをはっきりと示します」
「国際情勢への懸念については、軍務統括のレイフィールから正式な発表を行う」
「兄上の指示通りに国軍の配置を換えた。長期的になるかどうかは相手国次第だろう」
「バーベルナから友人の座を剥奪する。王宮地区への立ち入りも生涯禁止する。国賓や特使の待遇も一切認めない。但し、このことはザーグハルドとの国交を考えて公表はしない。あくまでも内密の決定とする。以上だ」
クオンの決定はエルグラードとザーグハルドの国交を決裂させないためのもの。
誰もがそれをわかっていたが、不服に感じた者がいた。
「もっと厳しくした方がいいのでは?」
真っ先に声を上げたのは、全員の予想通りエゼルバードだった。
「バーベルナはエルグラード王家とザーグハルド皇帝家の縁談が調う可能性があるような態度を取っていました。国際的な策謀活動、国内扇動の嫌疑をかけることができます。無礼な縁談が二度と来ないようにするためにも、国外退去を通達すべきでは?」
「私もそう思う」
レイフィールもエゼルバードと同じ意見だった。
「国外追放にすると、ザーグハルドが他の国と一緒にうるさく騒ぐ。だが、国外退去の通達だけであればいい気がする。縁談を拒否する姿勢を明確にしただけだろう?」
「キフェラ王女のようにうまく理由をつけて帰国させればいいのではないか?」
国王も意見を出した。
「聖夜はザーグハルドで祝うよう伝えるのもいい」
「それでもエルグラード国王ですか? 言い方が貧弱です! 素直に帰るわけがありません!」
「はっきりと示さなければ居座る。腐っても皇女だ。その身分だけでちやほやする者がいる」
「兄上が選んだリーナを軽視するのは、兄上を軽視するのと同じだ。あの女を野放しにするのは絶対に良くない。リーナに悪影響が出るのは目に見えている」
セイフリードはあえてリーナのことを関連づけた。
それによって兄がもっと厳しい対応をしてくれることを願っていた。
「バーベルナとは日程を調整して内密に会うつもりだ。友人の座を剥奪することや出国について伝える。この件は私に任せておけばいい」
クオンは断固たる口調で告げた。





