1267 変化した風向き
秋の大夜会の中止が発表された。
これまでの状況を考えれば想定内。
そんなことよりも、パスカル・レーベルオードから目が離せないと思う人々の方が圧倒的に多かった。
王宮勤務に戻ったパスカルはすぐに王子府の問題解決に乗り出した。
真っ先に手をつけたのは第四王子側の筆頭代理の人事。
パスカルは自分が不在中の臨時人事だったことを理由に元の人事に戻し、第四王子側の代表として急激な臨時対応を行ったことを第二王子側に謝罪した。
第二王子側は謝罪を受け入れ、両者の体制はパスカルが王太子領へ行く前の状態に戻すことになった。
その安堵感はすぐに王族付きや関係者たちに広がり、この体制こそが最善だという確信によって王子府内の不和の空気は消え去った。
パスカルは西の経済同盟の問題についても取り組んだ。
パスカルは王太子及び第二王子の特使としてデーウェン大公国のアイギス大公子、ミレニアス王国のインヴァネス大公、フローレン王国のリカルド王太子と話し合い、エルグラードとの二国間協定を成立させ、経済同盟の取り組みについて先行できるようにすることを提案した。
アイギス大公子、インヴァネス大公、リカルド王太子はパスカルの提案を大絶賛、即決した。
正式な発表も最短日程になるようパスカルが調整した。
おかげで長らく進まなかった西の経済同盟参加国の対応が前進。
議長国であるエルグラードとやり取りで合意すれば、各国のペースでさまざまな変更を行うことができるようになった。
本国とのやり取りや承認待ちで遅れていたローワガルンとゴルドーランについては、今後の話し合いの円滑化と経済同盟の効果増大を見据えた高速馬車路の新設案が出た。
エルグラードは自国内だけでなくローワガルンとゴルドーラン内における高速馬車路の整備計画にも協力をする。
レーベルオードの仲介によって大陸最高最強の国際銀行と名高いグランディール国際銀行を主要銀行に据える内容だった。
エルグラードとの友好関係も経済協力も益々強固になるのは間違いなく、ローワガルンとゴルドーランにとっては大幸運。即合意した。
また、福祉特区の計画が資材不足のせいで大幅に遅延していたが、レーベルオード伯爵家とつながりがあるインヴァネス大公家の協力により、インヴァネス大公領からの緊急輸入によって木材が確保されることになった。
「パスカル・レーベルオードは本当にすごい!」
「レーベルオードの真価が発揮された!」
「状況が一変したな」
「凄まじいほどの変化だ!」
「存在感を明確に示した」
「功績だな!」
「違う! 大功績だ!」
「間違いない!」
王宮内ではパスカルへの賞賛が溢れた。
そして、社交界でもパスカルへの賞賛が溢れた。
パスカルは多忙の合間を縫って王立歌劇場に顔を出し、王太子領でいかにヴェリオール大公妃と第四王子が活躍したかをアピールした。
「ヴェリオール大公妃には確かな手腕がある。それは過去の特別な経験を活かした案だけに、誰にも真似ができない。王太子領民だけでなく、王都から同行した者たちもその発想と実行力に驚かされるばかりだった」
リーナは元平民の孤児だった。だからこそ、平民や孤児の立場になって考えることができ、そのような者たちに対して有効な案が思いつく。
また、貧しい環境で育ったからこそ、金銭に頼らない解決方法を考える。
そのおかげで実行するための負担も少なく、費用対効果も抜群だとパスカルは説明し、人々はなるほどと納得した。
「セイフリード王子殿下の成長も目覚ましい。優れた頭脳はすでに多くの専門家を唸らせている。何よりも、二人のおかげで王宮や後宮が素晴らしく変貌を遂げている。そのことを知る者たちが疑いようもない実力があることを証明してくれるよ」
ザーグハルド、バーベルナ、縁談、大同盟の話題ばかりだった人々は、パスカルが提供した新しい話題に飛びついた。
「王太子領の孤児院を改善したと聞いた」
「元孤児だったからこそ、苦境にある孤児に寄り添う対策ができたのね」
「王太子領が抱える慢性的な問題も解決した」
「王太子宮の庭園を領民に開放する試みをしたらしいわね」
「由緒ある庭園を見学しながら、自らの知識と感性を向上させることができるということで大人気だったそうだな」
「観光地に特有の問題も解決したそうじゃないか」
「町中ピクニックのことでしょう?」
「領主催のイベントをするとは面白い!」
「野外のイベントもあったようですわね?」
「緑の小道のことね!」
「王太子領の夏夜会もかつてないほど盛大だったとか」
「新聞では歴代最高の夏だったと絶賛されていた」
「ヴェリオール大公妃のグループが新設されたとか?」
「王太子領に行けば入れるのか?」
「王太子領に行きたいわ!」
「旅行を計画しないと!」
「王族妃のグループに入るチャンスですものね!」
王太子領で発行された新聞を取り寄せるだけで情報が手に入るのもあって、話題は続々と追加されていった。
そして、パスカルはザーグハルドや大同盟に向いていた注目を西の経済同盟に向けさせることについても忘れなかった。
「これからは西だ。その方が確実だよ。東は不安定でまとまっていない。大き過ぎる同盟はエルグラードの負担になる。妹のライバルもいらない。僕や妹を大事にしてくれない者を速い馬車に乗せる必要はないかな」
パスカルの発言が意味するものはわかりやすかった。
東の経済同盟は不必要。西の経済同盟を強化する方がいい。確実に繁栄と富を手に入れることができる。
ザーグハルド皇女との縁談には反対。
王太子の唯一の妻であるヴェリオール大公妃には、レーベルオードがついていることを忘れてはならない。
レーベルオードが力を発揮すれば、他国との友好や繁栄につながる国際的な大計画、高速馬車路の新設も可能。
夢のような話が現実になる。
「これからは西だな!」
「確実な方がいい」
「ヴェリオール大公妃を大切にするのは当然だ!」
「王太子殿下にもレーベルオードにも溺愛されている」
「ライバルはいらないに決まっているだろう」
「それが普通であり自然だ!」
「速い馬車に乗せる必要は全くないな」
「同乗もきっぱり断るべきだ!」
「行き先が違う」
「東でなく西だからな!!!」
パスカルは王子様のようだと言われている。
それはパスカルが人々に信頼され、愛されている証拠だった。
「僕はスズランだ。エルグラードに幸せを届けたい。僕と妹を大切にしてくれる者にもね」
優しさと温かさに溢れた微笑みは人々を魅了し、幸せな気分を感じさせた。
東から西へ。
風向きは完全に変わっていた。





