1266 大好機
パスカルが王宮に戻ると、入れ替わるようにレーベルオード伯爵がウォータール・ハウスに帰ってきた。
「王太子領では大活躍だったと聞いた。だが、思わぬ人物との遭遇もあったようだ。体調の方はどうだ?」
レーベルオード伯爵は休養中のリーナのことを心から心配していた。
「現状においてはまあまあです。お父様にはぜひお話ししたいことがあります」
「どのようなことだ?」
「王太子領でフェリックスとフレディ様に会いました。私のことを心配してくれていました。とても嬉しかったです」
血のつながった両親、弟、いとこは離れていても愛情を伝えてくれる。家族としてつながっていると感じた。
「エルグラードの居心地が悪いのであれば、ミレニアスに帰ればいいと言われました。でも、何かあった時に戻るのはレーベルオード伯爵家だと答えました。お兄様は正解だと言ってくれましたが、お父様はどう思われますか? 本当のことを教えてください!」
あのことか……。
レーベルオード伯爵はパスカルやレーベルオードの者から報告を受けていた。
「私はリーナの父親だ。血がつながってなくても婚姻で妻を家族にできるように、養女にした娘も家族にできる。いつでも帰ってきてほしい。私の娘だろう? 何の遠慮もいらない。わかったな?」
「わかりました。お父様、ありがとうございます!」
リーナは満面の笑みを浮かべた。
「私はこれからもずっとお父様の娘、お兄様の妹です。家族として心から愛しています。婚姻しても、お父様とお兄様とレーベルオードとの絆は消えません。フェリックスだって、お兄様が大好きです。二人でお兄様を一生支えていきます!」
「そう言ってくれて嬉しい」
レーベルオード伯爵にとってパスカルは一人息子。
だが、リリアーナが産んだ子どもは三人で、パスカルには妹と弟がいる。
リーナやフェリックスがパスカルのことを兄として慕ってくれることを、レーベルオード伯爵は幸運で幸せなことだと思った。
「安心しました。このことは直接話したかったので」
「そうか。私もリーナと話して安心した」
「良かったです」
リーナはにっこり微笑んだ。
「他にも話があります。福祉特区の孤児院建設が遅れているとマリウスから聞きました。お父様はご存知でしょうか?」
「もちろん知っている。資材不足らしい」
「経済同盟の影響で資材の価格が上昇中ですよね?」
「国内の物価全体が上昇傾向にある。長期計画は見直しが必要になるかもしれない」
「上昇傾向はしばらく続きそうです。インヴァネス大公家に連絡を取り、インヴァネス大公領から木材を供給してもらえないでしょうか?」
レーベルオードはリーナの提案に驚いた。
「自分で考えたのか?」
「そうです。インヴァネスは森に囲まれているので木材資源が豊富です。融通してもらえないかと思って」
経済同盟によっていろいろなものが安く輸入できるようになるが、すぐではない。
冬になると薪の需要が高まり、木材の価格が余計に上昇してしまう可能性がある。
今のうちにインヴァネス大公家と話し合い、安定的な供給先を確保しておきたいことをリーナは伝えた。
「私の婚姻時にインヴァネス大公家はレーベルオード側で出席しました。お兄様つながりであることは知られていますし、国境の治安改善にも協力してくれています。商業的な協力関係を築いておくのはどうでしょうか?」
「インヴァネス大公と話し合ってみる」
経済同盟によってインヴァネス大公領はますますエルグラードを重視する。
信頼できる取引相手を増やしたいと思うはずだけに、レーベルオードが率先して動けば信頼も協力関係も強くできるとレーベルオード伯爵は思った。
「石材も不足していますよね?」
「そうだな」
「新品ではなく中古品や廃棄品を再利用すればいいと思うのですが、お父様はどう思われますか?」
「悪くない。だが、第二王子殿下が反対されるかもしれない」
資金力がある第二王子が主導していた計画だけに、新品以外は検討されていない。
名誉にかかわるなどといい、中古や廃棄品を嫌がる可能性があった。
「月光宮の工事で、セイフリード様は木星宮の石材を再利用しました。エゼルバード様もそのことをご存知です。資源の再資源化は環境破壊を防ぎます。美しい自然や環境を守るためということであれば、納得してくれると思います」
「リーナの方で説得できるか?」
「手紙を書きます。お兄様にもうまく伝えてくれるよう頼みます」
「説得できたと仮定して、大型の施設が取り壊されるか調べてみる。交渉によっては廃材を活用できるかもしれない」
「ぜひお願いします! 急いで手紙を書くので、お兄様に渡していただけませんか?」
「わかった。他に話しておきたいことはあるか?」
「縁談の件です。インヴァネス大公家が王家に抗議したと聞きました。レーベルオードはどうしているのでしょうか?」
「ヴェリオール大公妃の実家として黙っているわけにはいかない。だが、王家も縁談を申し込まれて困っている方だ。元凶であるザーグハルドに間接的な方法で報復する」
レーベルオードには国外に強い影響力を示すだけの力がある。
それを活用することでザーグハルドに報復することをレーベルオード伯爵は考えていた。
「そうですか。他にもやりたいことがあるのですが、協力していただけないでしょうか?」
「何がしたい?」
「イベントを開催したいのです。でも、クオン様やお兄様にはまだ知らせません。こっそり準備しようと思っています」
「パスカルにも知らせないのか?」
レーベルオード伯爵にとっては意外なことだった。
「理由を教えてくれないか?」
「私の実力を証明したいからです」
クオンはリーナをヴェリオール大公妃にすることで唯一の妻だと示し、側妃として軽視されないよう牽制した。
それでもザーグハルド帝国は縁談を申し込んできた。
エルグラード王族は一夫多妻制だからこそ、妻を一人だけにする必要はないと思われる。
リーナがヴェリオール大公妃というだけでは牽制できないことがあった。
「クオン様は私を守るための対応を強化してくださるようです。でも、クオン様に任せるだけではダメだと思います。私も一緒に唯一の妻の座を守らないと!」
リーナはずっとクオンの唯一の妻でいたい。
そして、愛する女性であるリーナと結婚して唯一の妻にするというクオンの望みを叶え続けたい。
そのためには、リーナも自分でできることを考え、対応を強化しなければならないと感じた。
「これからはクオン様の唯一の妻に相応しいだけでなく、エルグラード王太子の唯一の妻としても相応しいと思われるように頑張ります。そうすれば、国民も納得してくれます!」
「リーナは努力している。王太子領でも実力を示した」
「でも、遠いせいか伝わりません」
王太子領の新聞はリーナの取り組みを伝えてくれたが、王都の新聞では縁談や経済同盟などの他のことばかりが伝えられていた。
このままでは王都の人々にも、エルグラードの国民にも伝わらない。
エルグラード王太子の唯一の妻としても認めてもらえない。
王都の人々に、エルグラードの国民に伝えるためには、王都でリーナ自身の考えた取り組みを実施することが必要だとリーナは思った。
「エルグラードの情報は王都から全土に、そして他国へと伝わっていきます。ですので、王都で私の考えたイベントを開催します。こっそり準備してクオン様とお兄様を驚かせれば、クオン様やお兄様のお膳立てではないことも示せます!」
「そういうことか」
「バーベルナ様との縁談は大好機です。これを逃す手はありませんから!」
レーベルオード伯爵はリーナの言葉に驚いた。
「大好機? 大試練というべきではないか?」
「バーベルナ様はザーグハルド帝国の皇女で、王立大学に入学したほど頭もいい女性です。それでもクオン様の妻になれない、私の方がずっとクオン様に相応しいことを示すことができたらどうでしょうか? 他の者でもダメだとなりませんか? クオン様への縁談を予防する前例にできます!」
逆転的な発想だ……。
レーベルオード伯爵はリーナの考え方に驚かされてばかりだった。
「新聞からの情報によると、バーベルナ様は社交や慈善活動をしているようです。でも、私だって負けません! ライバルは倒します!」
リーナがにぎり拳を作る。
レーベルオード伯爵は優しい娘の中にあるたくましさを実感した。
「イベントをするには人もお金も必要です。クオン様やお兄様に内緒で準備するのはとても難しいので、お父様とレーベルオードの協力がどうしても必要なのです。お願いします!」
「わかった。リーナを全力で支える。父親としてもレーベルオードの当主としてもだ」
「ありがとうございます! 私も全力で頑張ります!」
リーナのやる気は強く高く燃え上がった。





