1265 幸福を届ける花
国王の勅命で王族会議が招集された。
パスカルも特別に出席するよう命じられ、リーナや王太子領のことが質問された。
「ヴェリオール大公妃と王太子領については問題ありません。状況を考え、私は王宮勤務に戻ります。王太子殿下の許可をいただきました」
「さすが兄上です。何を優先すべきかをわかっています。いかにリーナが愛しくてもそれはそれ、これはこれです。王太子領への特使も別の者で十分です」
王太子として冷静に判断ができたのは、リーナとパスカルのおかげだとクオンは思った。
「ただでさえ忙しいというのに、王子府は余計なことで揉めていますからね」
「エゼルバードが悪い。管轄侵害をするからだ!」
「私が直接何かを言ったわけではありません。セイフリードは弟ですし、成人したことも尊重したいと思っています。ですが、王子府内の混乱を見て見ぬふりをするわけにはいきません」
エゼルバードはセイフリードとの関係が改善されている状況を好ましく思っていた。
ところが、セイフリードが任命した筆頭代理のせいで良好な関係が崩れ去り、内心では相当な怒りを感じていた。
「本来であればセイフリードの任命責任を問わなくてはなりません。ですが、勉強中であることを考慮して抑えています。側近を抜擢する難しさをわかっているのでね」
優秀な者というだけであれば大勢いる。
その中から側近の適性がある者を見つけなくてはならない。
実際に抜擢しても、うまくいかない場合もある。
だからこそ、まずは側近補佐や側近候補にして様子を見ながら検討する。
ところが、セイフリードは側近候補を突然側近に格上げするだけでなく筆頭代理にもしてしまった。
「パスカルは自分の護衛についていた騎士を筆頭代理にしたと聞きました。それは信頼できる人物で、客観的な視点と立場を保つことができる者がいいと思ったからでしょう。第四王子付きの者に筆頭代理を務めさせないためでもあるはずです。違いますか?」
エゼルバードはパスカルに視線を投げた。
「おっしゃる通りです。臨時であっても第四王子付きの者から代理に選んでしまうと、その者の力が強まってしまいます。より時間をかけ、側近としての能力を見極めたいと思っていました」
パスカルが答えた。
「セイフリードが自分の選んだ者を抜擢したいのはわかります。ですが、時期尚早です。私や兄上、レイフィールの側近を見なさい。子どもの頃から知っている者ばかりです。どのような性格や能力かを年月をかけて見極め、その上で抜擢しているのです」
「エゼルバードの言う通りだ。側近は優秀な官僚であれば務まるわけではない。心の内を明かす特別な存在だ。熟考する時間や手間を惜しんではいけない」
クオンが答えた。
「私はヘンデルを友人として信頼していたが、側近ではなく補佐からにした。どれほど信頼していても、側近の仕事ができるかどうかはわからない。キルヒウスの下でしっかり学ばせてから側近にした」
「どのような者を側近に選ぶのかは個人差があるが、友人や盟友になれるような者がいいだろう。信頼できるかどうかはすぐにわかることではない」
国王も答えた。
セイフリードは兄や父に勝てないことを知っていたが、素直に受け入れるような性格でもなかった。
「時間をかけるべきと言うなら、僕の人事についても同じだ! すぐに結果を出せる側近ばかりではないはずだ!」
「申し訳ありません」
パスカルが謝罪した。
「ヴェリオール大公妃の遠方視察を重視するあまり、セイフリード王子殿下を支えきれていませんでした。私の責任です」
パスカルがセイフリードを庇っているのは明らかだった。
「責めるつもりはない」
クオンが言った。
「常に全てがうまくいくわけがない。何事も勉強だ。だが、それを理由にして王子府の状況を放置することは許されない。速やかに事態を収拾しろ。パスカルを担当にする。本来、王子府の長は第一王子である私だ。わかったな?」
「わかりました」
「わかった」
王子府の問題を担当するのはパスカルに決定した。
「戻って早々忙しいだけでなく、難しい問題を任せてしまうことになる。何でも相談してほしい。必ず力になる」
報告ではなく相談。
それはクオンが個人的に力を貸すことを意味していた。
「ありがたきお言葉」
何よりも心強いと感じながら、パスカルは頭を下げた。
「では早速そのお言葉に甘えて、ここだけの発言をお許しいただけますか?」
「何だ?」
「王太子領に派遣したヴェリオール大公妃一行を戻すため、船を活用しようと思っています」
行きは陸路だったが、船を使えば早く戻れる。
ヴェリオール大公妃が河川港や水路について勉強する機会にもなる。
しかし、人数や荷物が多く、手配がしにくい。
現在、南東方面の水路はデーウェンが独占を狙うかのような勢いで増便していることをパスカルは説明した。
「デーウェンの船に協力を依頼したいのです」
「アイギスに話を通せということか?」
「私から話しますので、王太子殿下とエゼルバード王子殿下の特使に任命していただきたいのです」
「わかった」
「私の特使にも?」
クオンは了承したが、エゼルバードは眉を上げた。
「兄上の特使というだけで十分では?」
「西の経済同盟の件で問題が発生しています。その件で質問されるかもしれません。私の案をここで披露しても?」
「構いません」
「フローレンとデーウェンとは軍事同盟を結んでいます。インヴァネスも国境問題で協力関係にあり、緊密さを維持するための配慮が必要でしょう。ですので、新規の経済協定をエルグラードとの間に成立させます」
あくまでもエルグラードとの二者間協定で、西の経済同盟としての協定ではない。
ローワガルンやゴルドーランは関係ないということになる。
「二者間協定は西の経済同盟による全体統一を見据えた協定です。最大の取引相手であるエルグラードに対して、フローレンとデーウェンとインヴァネスは先行できるようになります」
フローレン王国、デーウェン大公国、インヴァネス大公領はすでに決めた内容についての情報を秘匿する必要がなくなり、公に動けるようになって喜ぶ。
ローワガルンとゴルドーランは他の参加相手よりも遅れていることを強く実感し、差をつけられないよう対応を早めるとパスカルは予想した。
「まずはエルグラードと各参加国による二者間協定を結び、それをあとから経済同盟として参加国全体でまとめます。最終的な結果は変わりません」
「その方が良さそうですが、ローワガルンやゴルドーランは自分たちへの配慮がないと感じ、不満に思うのでは?」
「ローワガルンとゴルドーランとの交渉が遅くなるのは陸路に問題がある証拠です。迅速なやり取りができるように改善するため、高速馬車路の新設を提案します。エルグラードは自国内だけでなく、ローワガルンやゴルドーラン内の整備についても資金援助をします」
「相手国内についても?」
通常、国内の整備は各自でするのがルールだった。
「経済同盟をより強固にするための投資です。レーベルオードからグランディール国際銀行に話を伝え、主要銀行に据えます。投資家の注目を引くのは間違いなく、莫大な資金がすぐに集まるでしょう」
高速馬車路を新設するだけでも相当な申し出。それに資金援助もつく。
ローワガルンとゴルドーランが大感激するのは間違いなかった。
「ローワガルンとゴルドーランに益を与え過ぎでは?」
「春頃から投資家たちの視線が東に向き、エルグラードの富がザーグハルドに流れています。それをローワガルンとゴルドーランの方に変えます」
王族全員がハッとした。
「王太子殿下は愛する女性一人だけを妻にすると公言されています。だというのに、その信念を無視した縁談がザーグハルドから申し込まれました。しかも、王太子殿下が無理なら他の王子でもいいなどと、あまりにも無礼です。エルグラード王家が毅然とした対応と報復をするのは当然ではないかと」
ザーグハルドはエルグラードからの資金流入を失うという経済的な報復を受ける。
そして、高速馬車路の新設案は多くの人々や国々にとって、わかりやすい事例になる。
エルグラードとの関係が良ければ美味しい話が来る。厚遇してもらえる。
一方、関係が悪化すれば、美味しい話が来ないばかりか冷遇されてしまう。
国際儀礼違反による経済制裁を受けている国々は、ザーグハルドの縁談に推薦状を出した。
そのせいで余計に解除されなくなり、先行きが不安になる要素ばかり。
国民の不満が諸外国の王家に向けられ、外交戦略の修正に追い込まれるという見立てをパスカルは披露した。
「ミレニアスにおいては、親エルグラード派のインヴァネス大公が関係改善の声を上げ、国境問題の対策に乗り出してくれました。他国も同じです。親エルグラード派の有力者との関係を強めれば、各国内でエルグラードとの関係改善の声が自然と上がります。レーベルオードにお任せくださいませんか?」
レーベルオードは国外に強いコネがあり、影響力を発揮できる。
「この件は純白の舞踏会に関連するレーベルオードとウェストランドの報復に合致します。ウェストランドや宰相も協力してくれるでしょう。エゼルバード王子殿下の許可がいただけるのであればですが」
「許可するに決まっているではありませんか」
エゼルバードは満面の笑みを浮かべた。
「やはりパスカルは外務に向いている気がします。レーベルオードですからね」
「王子府の件もすぐに片付けます。筆頭の私が戻れば、筆頭代理は必要ありません。あくまでも能力を見るための一時的な処置でした。もっと経験を積ませなければならないことがわかりましたので、臨時の筆頭代理は側近候補に戻していただきます」
「側近にした人事も覆すというのか?」
セイフリードは不満たっぷりの表情だった。
「これだけ大きな問題を起こせば、通常は更迭して懲罰解雇でしょう。ですが、セイフリード王子殿下が抜擢した者だけに配慮します。この経験を活かして伸びることを期待したいと思っています」
「パスカルは優しいですね。学び直す機会を与えるとは思いませんでした。いろいろと言いたいことはありますが、外務の件もあります。早く片付けたいので、それでいいでしょう」
エゼルバードが納得すれば、第二王子側はそれでいいとなる。
第四王子側はパスカルから厳重に注意して元の体制に戻すことが決定した。
「インヴァネス大公家が抗議してきた件もお任せください。インヴァネス大公の弱点はリーナと僕の母です。僕がリーナを守り、母を安心させればいいだけです。二人の女性は僕に絶大な信頼を寄せてくれていますので大丈夫です」
すぐに解決するというよりも、すでに解決したかのような雰囲気が漂った。
「やはりパスカルは優秀だ。レーベルオードが外戚になって良かった」
国王は心からそう思った。
「王族会議に呼んで正解だ」
「そうですね。王子府だけでなく外務の件も片付きそうです」
「ミレニアスの方もうまく片付けられる」
クオン、エゼルバード、セイフリードもパスカルの優秀さを再認識した。
「レーベルオードはスズラン。エルグラードに幸福を届ける花として力を尽くします」
自らの心を示すように、パスカルは左手を胸に当てて一礼した。
次はリーナのお話になる予定です。





