1263 王宮協奏曲
王宮には公式行事が開かれる時のように大勢の人々が溢れていた。
その目的はパスカル・レーベルオードを一目見ること。
パスカルがいなくなった影響は、王宮だけでなく貴族や社交界にも出ていた。
「ようやくパスカル様のお姿を拝見できるわ……」
「長くてつらかったわ……」
「面会謝絶だなんて!」
「それほど具合が悪かったのかしら?」
「違うわよ。パスカル様の人気がすごいから牽制したのよ!」
女性たちが話し合う一方、
「レーベルオード子爵の人気がいかにあるのかがわかる」
「凄まじい影響力を持っていることもだ」
「王宮内はどこも大変だからな……」
「レーベルオード子爵がいなくなったせいで、王子府は暗雲に包まれた」
「警備関係者にも影響が出ているらしい」
「一秒でも早く戻ってほしいと思う者ばかりだろう」
男性たちもまたパスカルについて話し合っていた。
「だが、本当にここを通るのか?」
「一般エリアを通らなくてもいいはずだ」
「第一王子騎士団が主導しているからこその推測だろう?」
「いや。第一王子騎士団の騎士がここを通るという話をしていたらしい」
「王太子殿下が警備に命令をかけたらしいからな」
「だったら間違いなさそうだ」
王族の側近であるパスカルは特別なルートを使用して王族エリアに直接入ることができる。
しかし、第一王子騎士団が主導して警備関係者が一般エリアに制限をかけ始めたため、パスカルが通ると予想した人々が集まり始めた。
その数があまりにも多いため、王太子の命令として王宮警備の強化と全警備関係者の協力が通達された。
この情報は王族にも伝えられた。
国王、第二王子、第四王子は側近に情報収集、パスカルが王宮に来るのかどうかを確認し、謁見の時間を確保するよう命令した。
「報告があるそうだ」
エゼルバードの命令を受けたロジャーとセブンは、シャペルを連れて戻って来た。
「エゼルバード王子殿下に申し上げます」
シャペルがそう言ったのは、王太子に命令されて来た証拠だった。
「パスカルが王宮に来ます。謁見については王太子殿下が最優先です。かなりの時間がかかるかもしれないので、他の方との謁見は午前中の確約ができないとのことです」
エゼルバードの表情も気分も一気に氷点下になった。
「午前中の間、私に待てというのですか? 兄上のためであってもそれはできません! 私の名誉にかかります! 王子府の問題もあります!」
そう言うと思った……。
シャペルは心の中で呟いた。
「パスカルは王太子兼第四王子兼ヴェリオール大公妃付きです。しかも、第一王子騎士団の役職も兼任しています」
「私よりも先にセイフリードに会うと言うのですか?」
エゼルバードの全身から冷気が噴き出していた。
「あくまでも王太子殿下が最優先です」
それについては誰も何も言えない。国王でさえも同じ。
「急いで戻ったパスカルの疲労は強く、王都到着日に十分な話し合いができていません。その分、今日の話し合いが長くなる見込みです。関係者は招集に備えた予定調整を通達されました。僕もヴェリオール大公妃付きの側近として、会議のための招集がかかるかもしれません」
シャペルは心の中でうまくいくようにと祈っていた。
「パスカルが戻っていることはすでに知れ渡っています。その証拠にウォータール・ハウスには尋常ではないほどの見舞い品が届いているそうです。ですので、あえて一般エリアを通って王宮に入り、パスカルが回復したことを示すことになりました」
「それで一般エリアに規制を張っていたのですか」
「パスカルは社交界でも人気があり、熱心なファンも多くいます。人々がパスカル見たさに王宮へ日々詰めかけるのを歓迎することはできません。警備の負担を防ぐためにも、パスカルの姿を見せておきます」
遠方視察の期間が長かったせいで、人々の間に広がったパスカル不在の影響は極めて大きくなってしまった。
連日、王宮警備の負担が増大するのは歓迎できない。
せめて初日だけで済むように、あえて一般エリアを通って大勢の人々の前に姿を見せるという案が採用され、警備関係者たちが動いていた。
「朝一番にジェフリーがウォータール・ハウスに派遣され、パスカルに会いました。王太子殿下はヴェリオール大公妃への特使を指示するつもりでしたが、パスカルは他の者に特使を任せ、自分はすぐに王宮に戻って王太子殿下、エゼルバード王子殿下、セイフリード王子殿下を支え、王子府の問題を早急に解決したいそうです。再検討を直接願い出るため、王宮に行くと返事をしました」
「それがいいでしょう」
エゼルバードは頷いた。
「リーナが大事だという兄上の気持ちはわかります。ですが、パスカルを特使にして王太子領に戻らせるべきではありません。絶対に阻止しなさい。すぐに王宮勤務に戻らせるのです!」
良かった! エゼルバードならそう言うと思った!
シャペルは泣きそうなほど嬉しくなった。
「この件については、王子府に所属する官僚の総意として王太子殿下に願い出るつもりです。許可していただけますでしょうか?」
「許可します。私が代表者でも構いません」
「ありがとうございます。必ず王太子殿下はご考慮くださると思います」
「午前中にパスカルに会います。なんとかしなさい」
シャペルの試練は終わっていなかった。
だが、ジェフリーというよりはパスカルに教えられた切り札があった。
「王族会議が午前中に緊急招集されるかもしれません。そうなりますと、パスカルも呼ばれるかもしれません」
「ああ、そうですね」
エゼルバードも気がついた。
「王族会議があるなら、パスカルが呼ばれるでしょう。兄上がパスカルを呼ばなくても、私が呼びます。それで解決です」
よし!
シャペルは予想通りだと思った。
「父上も午前中に謁見の予定をいれたいはず。セイフリードも同じです。王族会議で一気に謁見すればいいでしょう。誰の名誉も傷つかずに済みますからね」
「その件でちょっといいかな?」
突然、シャペルの口調が変わった。
第二王子の友人としてのものに。
「何ですか?」
「王太子殿下は多忙だ。パスカルともじっくり話したい。王太子殿下から王族会議をしたいとは言い出さないよ。だから」
「私から父上に話します。午前中に王族会議を緊急招集させます」
「じゃ、そういうことで」
シャペルは役目を果たせてホッとした。
「報告と伝令内容は以上です。第四王子殿下への伝令もあるので、これで失礼します」
「セイフリードの筆頭代理を蹴散らしてきなさい」
「善処します。でも、パスカルがすぐに蹴散らすと思います。どう考えても責任問題になると思うので」
「そうでしょうね。セイフリードの我儘人事を許すわけにはいきません」
「何かあれば報告します」
シャペルは一礼するとすぐに退出した。
「ようやくです」
エゼルバードの本音だった。
「パスカルはずっと王宮にいるべきです。王太子領へ行かせるなどもってのほかです!」
「同意する」
「同じく」
ロジャーとセブンも大賛同だった。
「だが、無理をさせてはいけない。急いで戻ったために体調不良だった。倒れたら仕事ができない。パスカルへの配慮が必要だろう」
ロジャーが意見を出した。
「こちらの仕事を優先させるには、他の仕事をさせないかすぐに片付ける必要がある。協力した方が早そうだ」
セブンも意見を出した。
「パスカルへの配慮と協力をしなさい」
エゼルバードは指示を出した。
「それが最も効果的です。こちらにも益があります」
「わかった」
「そうする」
一人ずつ。少しずつ。
同じ方向を目指しているのであれば、それは大勢になり、強い力になる。
一音はすでに和音。多重奏。
静かな序章は喜びを伴い、希望と成功を予感させた。
王宮協奏曲。
作曲者は優秀な策略家。
パスカル・レーベルオードだった。





