1262 エースと王子様
四日目の朝。
王太子の伝令としてウォータール・ハウスに派遣されたのは、王太子府伝令部のエースだった。
「ジェフリーが来ると思っていた」
伝令に誰を送るのかは王太子の判断次第。とはいえ、極秘で王都に戻っているリーナのことを話せる者は限られている。
最高機密レベルの情報を託せる伝令が来るだろうとパスカルは予想していた。
「リーナ様がいるんじゃ、下手な者は送れないよ」
「王太子殿下から少しは聞いた?」
「まあね。でも、個人的に王都に着く前に知っていた。うちの船を使ったじゃないか」
「信用度が高いからね」
「パスカルだけでなくリーナ様のことも考えて休養になったと聞いているよ。どんな感じ?」
「僕は回復した。でも、リーナの方はまだだ」
できるだけ早く戻るために急いだことにより、体負担がかかった。
だが、心の負担の方が大きいことをパスカルは伝えた。
「妻は自分だけだと聞いていたのに、夫の王太子に縁談がきている。しかも、未だに断っていない。何も感じない方がおかしいよ」
「わかる。でも、縁談はエルグラードの将来に関わる。慎重に検討したい王太子殿下の判断は当然だと思う」
「王太子領に戻って、しばらくしてからまた戻るのは無駄だとリーナは言っている。このまま極秘にウォータール・ハウスで静養したいそうだ。向こうにいる者もすぐに帰らせたがっている。重要案件はすでに対応済みだからね。僕とオグデンは王宮に戻って、王太子殿下とセイフリード王子殿下を支えてほしいと言われた。こんな時だからこそ、僕やオグデンの力が必要だってね」
「さすがリーナ様!」
優秀で優しいヴェリオール大公妃らしいとジェフリーは思った。
「僕もリーナと同じように思っている。王太子殿下がリーナを安全な王太子領に戻らせたいのはわかる。でも、僕とオグデンがいないことのデメリットを考えてほしい。どうしても王太子領へ戻れというならリーナだけにしてほしいけれど、体調不良だけに無理をさせたくない」
「完全に王太子殿下の説得狙いだね?」
「王宮へ行く。王太子として冷静な判断をしてほしいと伝えるためだ。それが忠臣で外戚でもある僕の務めだよ。リーナのことはレーベルオードに任せてくれればいい。結婚した女性が体調不良で実家に戻るのは普通のことだよ」
ジェフリーはじーっとパスカルを見つめた。
「パスカルがウォータール・ハウスにいたら、リーナ様がいることがわかってしまうかもしれないよ?」
「そうだね。リーナのことは信用できる者に任せて、僕は王宮の部屋に戻る。一刻も早く王子府の状況を変えないといけないようだからね」
「王子府はかなり酷い状態だよ」
ジェフリーは王太子府伝令部のエース。
重要な書類を届ける先々の状況を把握しており、分析力もある人物だった。
「シャペルは心の中で泣いていそう。グレゴリーも打つ手なし。ヘンデルは王都政の担当で猛烈に忙しい。第二王子側は問題が多発しているし、第四王子側は完全に孤立している。第三王子は出張中で、留守番役は静観モード。どこもかしこもパスカル不足でうまくいっていない」
「やっぱり僕が王宮勤務に戻るしかない」
「そうだとは思う。でも、王太子殿下を説得できる? リーナ様を守りたいからこそ、王太子領に戻らせたいわけだよね」
「力を貸してほしい」
「僕は王太子殿下に何かを言えるほどの立場じゃない」
「オグデンを早く戻すための船を手配したい。子どもたちがいなくなった分、人数も荷物も少ない。なんとかならないかな?」
そういうことかとジェフリーは思った。
「なんとかするよ。でも、多いからなあ……デーウェンを活用するのもありだ。船を増便している。冬までに運べるだけ運びたいんだろうね」
「ヴェリオール大公妃が別人であることを隠す必要がある。全員をデーウェンの船に乗せるわけにはいかない」
「馬や荷物をデーウェンの船にして、人はうちの船で運べばいい。少数精鋭でこっちの船とかね」
細かい部分はいくらでもやりようがあるとジェフリーは思った。
「そうしよう。その前に王太子殿下を説得する」
「最難関だ。確率的にはどう?」
「大丈夫だ。切り札がある」
「どんな切り札?」
「いずれわかる。先触れを頼めるかな? 謁見を拒否されたら名誉にかかわる。第一の方にも警備のことで伝えてほしいことがある」
「パスカルが来ることがわかったら大騒ぎになりそうだ。でも、パスカルの最大の切り札は王宮にある。パスカルが戻るのを心待ちにしている人々だよ」
「わかっている。僕も皆に会いたいよ」
パスカルはにっこり微笑んだ。
「王子様らしいセリフだね。パスカルらしいよ」
ジェフリーも笑みを返した。
しばらく、パスカルのターンかも?
またよろしくお願いいたします。
 





