126 後宮華の会
ついに後宮華の会が開かれる日が来た。
前日に行われた侍女と侍女見習いのリハーサルはダメ出しの連続で、大宴の間にいる人々はかなりの不安と緊張に包まれていた。
一方、側妃候補たちも全員が揃い、ようやく王族に会える機会が来たことを喜んでいた。
「王太子殿下、第二王子殿下のご来場!」
後宮侍従長が伝えると、ファンファーレが鳴った。
ドアが開く。
正式な礼装を身にまとった王太子と第二王子が現れると、会場の雰囲気は一気に変わった。
全員が深々と頭と腰を下げ、最大級の礼をする。
王太子と第二王子が壇上に設置された豪華な椅子に着席すると、後宮監理官が後宮華の会の開会を宣言した。
ここまではリハーサル通り。
問題はそのあとだった。
歓迎のダンス、合唱、楽器演奏をするために侍女と侍女見習いが一斉に移動を始めた。
リハーサルでは移動姿が美しくない、時間がかかり過ぎると怒鳴られたため、とにかく早く移動することになった。
ところが、一部の者が緊張や焦りのせいでつまずいたり転んだりした。
そのような光景は華々しくもなければ美しくもない。
後宮の上位者は怒りと恥ずかしさと情けなさに震え、ダンスの指導役や振付役は真っ青な顔で震えていた。
それでもなんとか侍女や侍女見習いによる歓迎のダンス、合唱、演奏が終わった。
王太子は無表情のまま何事もなかったように手を払い、下がるよう合図した。
侍女や侍女見習いたちは深々と礼をして自分達の席へ戻ったが、その様子もまたバラバラだった。
後宮華の会は波乱の幕開けとなったが、側妃候補によるアピールについては予定通り順調に進行した。
必ず五分以内で必ず終わるよう通達していたため、五分ぴったりのアピールを行う者はいない。
準備時間が五分というのも目安で、実際はそれよりも少ない時間で準備することを想定していた。
時間割りよりも早く進行していたため、途中になくなったはずの休憩時間が取られた。
すると、化粧室に急ぐ者が続出した。
雑然とした様子は大失敗としか言いようがない歓迎式典を思い起こさせ、エゼルバードは笑わずにはいられなかった。
「これが華の会ですか? あまりにもおかしすぎます」
伝統的な後宮華の会は煌びやかで優雅な宴のはずだったが、今回はまさに名ばかり。
側妃候補の選考会や侍女や侍女見習いの能力審査会をするための開催とはいえ、あまりにも本来のものとかけ離れていた。
側妃候補のアピールについても、王族が楽しめる要素は全くない。完全に退屈な時間と化していた。
「採点の方はいかがですか?」
「見ればわかる」
クオンは採点表をエゼルバードに見せた。
採点は十点満点。
百点満点でも王太子は一点をつけそうだということで、あえて十点満点になった。
身分や家柄といった要素は関係なく、あくまでも側妃候補の自己アピールに対しての評価だけで採点する。
「なるほど。予想通りです」
クオンはアピールが終わった側妃候補の評価を全て一点にしていた。
「エゼルバードの採点表を見せろ」
「わかりました」
エゼルバードがつけた評価も一点ばかりだった。
「確かに加点要素がないと、同点者が多くなってしまいそうだ」
「私の点数は兄上の側妃候補だからというのもあります。私の側妃候補の方はもう少し増やすつもりです。アピールの内容によりますが」
「そうか」
クオンは王太子の側妃候補のアピールとしてではなく、ただの側妃候補のアピールとして採点していた。
王太子の側妃候補は二点にすべきか?
真面目に採点をしているからこそ、クオンは悩んだ。
「それにしてもつまらないですね。アピール内容が似たり寄ったりです」
「そうだな」
制限時間が五分しかなく、大掛かりな準備をするようなものにもできない。
あくまでも指定された場所でアピールを行うだけで、王族に近寄ることもできない。
その結果、ダンス、歌、詩や本の朗読などのアピールばかりだった。
「ずっとこのような感じなのか?」
「そうかもしれません。私もアピール内容については知りません」
クオンは気が滅入って来た。
「それよりも、気になる番号の者はいましたか?」
侍女や侍女見習いは胸の所に番号札をつけている。
これは後宮華の会が行われる大宴の間に出入りするための通行証代わりだったが、王族が気になった女性がいた時に、番号と参加者リストを照合することで名前と身分を知ることができるようにするためのものでもあった。
「エゼルバードはどうだ?」
「距離が遠いので、何もかもが見えにくいです」
「確かにそうだな」
王太子や第二王子の席は上座の壇上にある。
部屋全体を見渡すことはできるが、大宴の間は広く細長い。
侍女や侍女見習いは壁沿いに整列しているが、奥の方には女性がいることしかわからないような状態だった。
最も近い場所にいる女性でも壇の下だけに、顔や番号を識別するのが難しかった。
「番号を確認できなければ、気になる者がいてもリストに丸をつけることができません」
このままでは兄がリーナに気づく可能性が低いとわかり、エゼルバードは内心がっかりしていた。
「気になる者はいない。記入することもない」
それでは困るのです。
エゼルバードは心の中で呟いた。
国王と王妃は王太子の独身期限を三十歳までと考えている。
王太子が三十歳を過ぎても独身だった場合、政略結婚で正妃を迎える気だった。
そのことを王太子は知らない。
執務ばかりでは運命の相手に出会えません。政略結婚の相手はキフェラ王女なのですよ?
エゼルバードは王太子の命令でキフェラ王女の件で動いていた。
そのことを知っている国王は、王太子の政略結婚についてエゼルバードに伝え、絶対にキフェラ王女を帰国させるなと厳命していた。
このことを王太子に話せば、エゼルバードとキフェラ王女を勅命で結婚させられてしまうため、エゼルバードは保身のために黙っているしかない状態だった。
「別に選んだからといって、積極的に会う必要はありません。魅力的な女性に興味を持つのは、男性としてごく普通のことです」
「魅力的な女性がいると思うのか?」
「魅力のあるなしはともかく、私は選んでいます」
「見せろ」
エゼルバードは侍女と侍女見習いの参加者リストを渡した。
本来は能力審査の時につけるべきものだが、側妃候補のアピールが退屈過ぎるため、暇つぶしに確認しながら丸をつけていた。
「顔や番号札がよく見えないというのに、よく選べるな?」
「名前で選んでいます」
クオンは驚いた。
「名前だと?」
「好みの名前かどうかです。どのような基準で選んでも問題ありません。自由です」
クオンはエゼルバードの発想に驚くしかなかった。
「好みの名前があるのか?」
「好みというよりは、気に入らない名前があります。感覚的なものですが、私はそういったことが気になる性格なので」
エゼルバードらしいとクオンは思った。
「私は王太子だ。軽々しい判断はできない。些細な気持ちで言ったことであっても、周囲は重く見るだろう。問題になることは避けなくてはならない」
エゼルバードは手を差し出した。
「兄上のも見せてください」
「何も記入していない」
「それでも見せてください。本当に何も書いてないかを確認します」
クオンはエゼルバードの用紙を返すのと一緒に自分の用紙を渡した。
エゼルバードはすぐに確認した。
……見事なまでに、何も書いていませんね。
リーナの名前にも丸がついていなかった。
エゼルバードとしてはこっそり丸をつけたいところだが、隣の席では難しかった。
「今後に期待するしかありません」
「全く期待していないが?」
「言い忘れていました。あとで招かざる客が来るかもしれません」
クオンは眉をひそめた。
「レイフィールのことか?」
「セイフリードが来るかもしれません。華の会を見てみたいとお目付け役に言っていたそうです」
クオンは深いため息をついた。





