1259 最高の言葉
朝になった。
パスカルとユーウェインは朝食を食べたあと、今後に備えての打ち合わせをしていた。
「ユーウェインには話す。正直、意外だった」
リーナは王太子領で自分が直接指揮するようなことはない。そろそろ王都へ戻ろうと考えていた。
だからこそ、極秘で王都へ向かうことにした。
一方、王太子は政治的な策謀が活発な王都よりも王太子領にいた方が安全だと思った。
物理的な距離を置くことで、リーナを巻き込まなくて済むという考えもあった。
王都に戻りたい妻と王太子領に戻らせたい夫が話し合うわけで、夫婦喧嘩に発展するかもしれないとパスカルは懸念していた。
ところが、夫婦の話し合いは無事終了。
リーナは王都に戻っていることを秘匿しながら休養することになった。
パスカルの面会謝絶が解けるのに合わせて伝令を送ると言い、王太子は安堵するような表情で王宮に戻っていった。
「リーナの勝ちだ。王太子領に戻れという命令を回避して、王都で休養する許可を取った」
「現状ではそうかもしれません。ですが、ヴェリオール大公妃の体調が回復したあとはわかりません」
「伝令が来た時にリーナが回復しているかどうかだ」
リーナが回復していれば、王太子領に戻るよう言われるかもしれない。
しかし、リーナもそれはわかっている。
「王都に留まりたければ、まだ回復していないと言えばいい。王太子殿下はリーナの休養延長を認める」
王太子が愛する妻を無理やり王太子領へ連れて行くよう言うわけがない。
「リーナ次第、状況次第だ。それによって僕がどうなるかも変わる」
王宮に戻るか、王太子領に特使として行くかの二択。
「ユーウェインがどうなるかは僕次第だ。取りあえず、今のうちに僕たちも休養しておこう」
「わかりました」
「何かある?」
「体調はいかがですか?」
ユーウェインはパスカルの状態を確認したかった。
「疲れていないと言えば嘘になる。でも、心は穏やかだ。夫婦喧嘩が回避されて本当によかったと思っている。ユーウェインは?」
「問題ありません」
「他に聞きたいことは? 友人として相談に乗る。貴族の屋敷での過ごし方だって教えるよ?」
「食後のお茶の時間は、毎回長くなりそうでしょうか?」
「貴族ならそうだね。でも、うまく切り上げる方法はいくらでもある。僕の代わりにリーナの様子を見にいくとかね」
「勉強になります」
ドアがノックされて開き、マリウスが姿を見せた。
「よろしいでしょうか?」
「いいよ」
「閣下は状況を見てこちらに戻るかどうかを判断するそうです。面倒な見舞客が同行するのを防ぐためだという連絡がありました」
「内務大臣を足止めするためだろうね」
「リーナ様は疲労感が強いため、寝坊するとスズリに伝えたそうです」
「王都に戻って王太子殿下に会う目的は果たした。疲れが押し寄せたのかもしれない」
「そうではないかと思われます」
「リーナにはゆっくり休むよう伝えて」
「はい。パスカル様宛にお見舞いの花とカードが届いております。ご指示はありますでしょうか?」
「重要度の高い者はマリウスが確認してほしい」
「見舞いの訪問についての伺いもあります」
「面会謝絶だ。全部断って」
「ユーウェイン殿への面会要望もありますが?」
「どうする?」
ユーウェインは眉をひそめた。
「パスカル様に会えないので、私から情報を得たいということでしょうか?」
「そうだね。僕と違って面会しやすい。身分的にもね」
「全部断ります」
「即断はよくない。ユーウェインは貴族だ。自分より身分が高い者の面会希望を断るのは失礼になる」
「私の身分は貴族としては最低です。全員に会えと?」
「どうすべきか考えてみてほしい。貴族に関するちょっとしたテストだよ」
ユーウェインは考える。
すぐに答えは出た。
「任務中だと伝えます。パスカル様の護衛を理由にして断ります」
「正解だ。ただ断るよりもその方がいい。普通の休養なら騎士団の寮にいる。ウォータール・ハウスにいるのは護衛任務のためだということで納得してくれる」
レーベルオードの側近であるマリウスが見ているだけに、正解できてよかったとユーウェインは思った。
「ユーウェインへの面会もうまく断って。王族と王族付きについては再確認をするように」
「そのように」
マリウスは一礼するとドアを閉めた。
「任務の邪魔をするのは公務執行妨害になる。僕は王家の外戚だ。その護衛任務よりも面会を優先しろと言える者は極めて少ない。でも、王族は別だ。王族付きもね」
王族付きは王族に報告するためという理由をつける。そうなると会わないわけにはいかない。
結局会うなら、断るのは無意味。心象を悪くするだけ損をする。
「王族付きはどんな職種であっても心象が大事だよ。もちろん、騎士もね」
「心象ですか」
ユーウェインは自分の心象が気になった。
「ユーウェインは大丈夫だ。僕に信用されていることを大勢が知っている。僕の代わりとしてセイフリード王子の側につけたことがそれを証明している」
なるほどとユーウェインは思った。
「ところで、筆頭代理に抜擢されたノエルをどう思う?」
「セイフリード王子には絶対服従。パスカル様へも従順。反抗は一切しません」
「他には?」
「二人以外には強気で、軽視と無視が多くあります」
「第四王子付きがノエルのことをどう思っているかわかる?」
「よく思っていません。信頼されていないようです」
「正解だ」
パスカルは頷いた。
「ノエルは官僚としては優秀な方だと思う。でも、性格に問題がある。自分が正しくて、変わるべきは周囲の方だと思っている。仕事限定の愛想笑いも多い。そういう部分は、近衛で浮いていた頃のユーウェインに似ているかもしれない」
ユーウェインは目を見張った。
「仕事ができるだけではダメなんだ。周囲に信用されないと出世はできない。アルフはすぐに出世したね?」
「はい」
「ノースランドだからだと人は言うかもしれない。でも、結局はアルフ自身の信用の高さだ。苦境であって味方する者が大勢いる。人を使う能力にも長けている。それは上に立つ者にとって重要な要素だ」
確かに重要だとユーウェインは思った。
「聞いておきたいことがある。第四への異動の話が出たらどうする?」
「話が出たのでしょうか?」
「いや、僕の方から王太子殿下に確認した。セイフリード王子からの要望があれば検討するそうだ。最終的な判断をする前に、ユーウェインの気持ちを確認するだろうけれどね」
「異動したくありません」
ユーウェインは即答した。
「私は第一王子騎士団に引き抜かれたばかりです。学ぶべき点が多くあります。王太子殿下に忠誠を誓っている騎士だというのに、短期間で第四王子殿下に忠誠を誓いなおすのはどうかと思います」
「わかるよ。でも、王太子殿下がそれでもいいと言ったら問題ないよね?」
確かに王太子が異動してもいいと言えば問題ない。むしろ、王太子の命令で異動になる可能性があることにユーウェインは気づいた。
「セイフリード王子の判断で筆頭付きだった。引き抜かれれば、間違いなく護衛騎士になれるよ。出世したがっていたよね?」
出世はしたい。だが、護衛騎士にはなりたくない。
それがユーウェインの気持ちだった。
「個人的に気になるから聞く。でも、無理に答えなくていい」
パスカルはユーウェインを見つめた。
「本当は誰の護衛につきたい?」
「パスカル様です」
ユーウェインは迷わなかった。
「僕に遠慮する必要はないよ」
「正直に答えただけです」
「僕より王族や王族妃に付く方が格上だ。その差はとても大きい。騎士としてだけの価値だけでなく、貴族や国民としての価値も押し上げる。それをわかっている?」
「わかっています」
「僕付きが一番危険だってこともわかっているよね?」
護衛の人数が少ない。行動範囲が広い。王家の者よりも狙いやすい。
「当然です。パスカル様の護衛として、危険度を軽視するわけがありません」
「普通は王太子殿下の護衛騎士になりたいだろうし、それが無理なら王子殿下の護衛騎士になりたいと思う。第四への異動は人生を変える大きな選択肢だ。ユーウェインがそれを望んだからといって、嫌いになることも冷遇することもない。友人として支援することを約束する。だから、しっかりと考えておいてほしい」
「わかりました。私からも聞きたいことがあるのですが?」
「何かな?」
「私はパスカル様の護衛として不足でしょうか?」
「不足のわけがない。最高の護衛だと思っているよ」
「遠慮なく言ってください。改善に努めます」
「ありがとう」
パスカルは穏やかに微笑んだ。
「実を言うと、僕を選んでくれたのが嬉しくてたまらない。ずっと僕の騎士でいてほしいと願っている。本心だよ」
「そうですか」
ユーウェインは平然とした表情で答えた。
「実を言うと、私も最高の護衛だと言われて嬉しかったです。やはり私を最高に評価してくれるパスカル様の護衛につきたいと思いました」
「最高に評価しているのは実力だけじゃない。心から信頼できることもだよ」
「ありがとうございます」
パスカルは微笑み、ユーウェインは静かにお茶を飲む。
目に見えなくても、二人の友情は確かに育っていた。





