1257 真夜中
真夜中。
クオンは王宮を密かに抜け出しウォータール・ハウスへ来た。
応接間に通されたクオンは、早速パスカルと二人だけの話し合いをすることにした。
「お前が王宮に来たことを認めた」
ユーウェインが姿を隠していなかったことで、一緒にいた者はパスカルではないかと思われ、王太子府や王子府に問い合わせが殺到した。
対応を長引かせないため、パスカルが戻ったことをクオンは認めることにした。
しかし、リーナが戻っていることは極秘のまま。
そのことを知られないようにするために、クオンはウォータール・ハウスへ来た。
「疲労度が強いため、即時休養を命じたことを関係各所に伝えた。数日間は面会謝絶、国王にも私の許可がなければ呼び出せないと伝えた。王宮へは来るな」
「なぜ、王宮に行ってはいけないのでしょうか?」
「遠方視察に行ったあとで、パスカルの重要性に気付かされた者が大勢いた」
パスカルは王太子、第四王子、ヴェリオール大公妃の側近を兼任しており、関係各所の調整を行っていた。
パスカルがいないのは調整役がいないということ。
王太子府、王子府、上位騎士団の負担が激増、業務や任務がスムーズに進まなくなってしまったことをクオンは伝えた。
「王太子府と王子府の調整についてはわかりますが、上位騎士団もですか?」
「第一、第四、王太子騎士団の調整をしていただろう? それが王族エリアを警備する上位騎士団全てに影響を与えていた」
第一と第四と王太子騎士団の三つの足並みが揃えば、上位騎士団の議決において三票。他の騎士団全てが反対しなければ、賛成多数になる。
そのため、王族エリアの警備については調整役のパスカルが所属する第一王子騎士団が主導する形になっていた。
ところが、パスカルが不在になったことで第一と第四と王太子騎士団の調整がつきにくくなり、上位騎士団の話し合いがまとまらずに警備関連の決定が遅延するようになってしまった。
「お前には人と人をつなぐ力がある。不在になった途端、強く感じられていたつながりが消えてしまった。代われる者もいなかった」
兼任による権限を行使できるのはパスカルだけ。そして、大勢に信用されているからこそ、構築できる特別なつながりがあった。
「このようなことが何度も起きるのは困る。役職と権限が集中することについては懸念していた。そろそろ見直しを検討する時期ではある」
クオンが婚姻したのは昨年の十一月。
未成年だったセイフリードも成人した。
時期的にも状況的にも、新しい人事を検討すべきだった。
「王太子付きとして残したくはある。だが、セイフリードやリーナを任せられる者を見つけにくい。最も難しいのはセイフリードだ。筆頭代理のことで問題が起きた」
セイフリードは側近候補の一人ノエルを側近及び筆頭代理に任命した。
ノエルは全てを自分に報告させ、ノエルからまとめてセイフリードに報告する体制に変更した。
大学院に行かなければならないセイフリードはそれでいいと思ったが、ノエルが情報を出し渋るせいで王子府内の状況が一変してしまった。
「第四王子側の態度が急変したことに第二王子側が不満を持ち、筆頭代理を変えろと伝えた。セイフリードは管轄侵害だと言って激怒した」
「申し訳ありません。ユーウェインを私の代理に任命したのですが、セイフリード王子殿下の権限で人事を変更されたようです」
パスカルがセイフリードにユーウェインをつけたのは護衛強化のためだけでなく、自分のいない間に第四王子付きが問題を起こさないようするためでもあった。
しかし、セイフリードは成人王族だけに人事権がある。
ユーウェインをパスカルの代理から第四王子付き筆頭護衛騎士の補佐役、つまりは護衛任務に専念するための変更をした。
第四王子付き内での信用を築けないでいるノエルを側近にすれば、必ず問題が起きてしまうというパスカルの予想が当たってしまった。
「エゼルバードは外務統括としての大任がある。王子府はそれを支えなくてはいけないというのに、セイフリードと対立するような状況はよくない。調整役が必要だけに、パスカルをセイフリードの専任にすることも考えている」
「その場合、リーナの実質的な筆頭は誰に?」
「シャペルとエゼルバードのつながりは良くも悪くも強い。グレゴリーにしようと思っているが、宰相次第だろう」
グレゴリーは国王府に所属しているが、宰相の部下というのがクオンの認識だった。
「本当は王太子府の者をつけたい。ヘンデルがいるとはいっても、都政の負担が増えた。全く別の者を抜擢することも考えている。誰かいるか?」
妻の担当人事についてパスカルに尋ねるのは、それだけクオンがパスカルを信頼している証拠だった。
「考えさせてください。セイフリード王子のことについても」
「わかった。聞いておきたいことはあるか?」
「第一王子騎士団の役職についてはどうなるでしょうか?」
「それについては維持するつもりだ。部外者にしたいわけではない。多すぎる役職を整理するだけだ。王太子府の仕事はなくなっても、王子府の仕事は増すだろう。状況を見て再検討する」
「ユーウェインのこともお伺いしたく」
パスカルは護衛騎士の人事についても気になっていた。
「セイフリード王子殿下の筆頭護衛騎士につけていたと聞きました。第四王子騎士団へ異動させることを視野に入れているのでしょうか?」
「セイフリード次第だ。ほしいと言われたら検討する」
「そうですか」
「終わりか?」
それは終わりにしたいということでもある。
だが、終わりにするわけがないとパスカルは思った。
「臣下は王家の判断を待つしかありません。ですが、僕には縁談について教えていただけないでしょうか? 何もわからなければ動けません」
クオンにとって、最も聞かれたくない質問だった。
しかし、パスカルに臣下の立場と外戚の立場をうまく使うよう言ったのはクオン自身でもある。
どう答えるかは決めていた。
「私は信念を貫く。だが、状況が悪い。時間稼ぎをしている。西の経済同盟の手続きが大幅に遅延している」
「大同盟を拒否するための理由が固まっていないということですね?」
「そうだ。福祉特区や新設する孤児院の工事も大幅に遅れている。公務予定にできず、ヴェリオール大公妃として活躍する機会が失われてしまった」
「別の予定ではダメなのでしょうか?」
「風評被害を受けた孤児院にヴェリオール大公妃が義援金を出すのはどうかという案が出た。だが、バーベルナも慈善活動のための寄付金集めをしている。それを提供すると言い出すと、リーナとバーベルナが張り合っていると思われてしまう」
エルグラードはあくまでも西の経済同盟という国益のために、縁談を断るつもりでいる。
しかし、リーナとバーベルナが張り合うようなことをすれば、多くの人々はそれを王太子妃の座を巡る争いだと感じる。
国際的な政略戦にリーナを巻き込みたくないというのが、王族全員による判断だった。
「夏の終わりまでのはずが、今年中は時間稼ぎをしなければならない状況になってきた」
「リーナをずっと王太子領に留めれば、自然とリーナの立場が悪くなります」
「バーベルナが活動しているのは外の社交場だ。リーナは王家の一員だからこそ、外の社交場には行けない。バーベルナの勢いを消すことはできないだろう」
新聞は世論を反映する。
国民は政略結婚を国益になると考え、クオンとバーベルナの婚姻に賛成している。
一夫多妻制だからこそ可能で、リーナと離婚しろという者はいない。
だが、リーナが政略結婚に反対すれば、たちまち非難する者があらわれる。
国益を考えず、政治の邪魔をする王族妃だと思われてしまうと、それを挽回するのが難しい。
この件についてリーナは関与していないことを示すためにも、王太子領にいた方がいいというのがクオンの判断だった。
「王都はあまりにも騒々しい。王太子領にいる方がリーナを守れる」
「では、縁談を断ることは決定しているということですね?」
「当たり前だ。だが、時間稼ぎの間は何も言えない。検討中だと公表すれば、王族の誰かが縁談を受ける方向で検討中だと勘違いされてしまう」
「延長は最長で十一月末だと聞きました。十二月には戻れるということでしょうか?」
「経済同盟の方が新年からということになれば、十二月には公式発表ができるだろう。前半は冬籠りだ。聖夜までに戻らせ、新年で仕切り直したくはある」
王太子領は南。
王都よりも温暖な気候だけに、冬だからといって移動が制限されることはない。
十二月に王都に帰還する予定でも問題ないというのが、王都にいる関係者たちの考えだった。
「これは政治的判断だ。執務の詳細についてはリーナに話さないと決めている。王太子領に戻って領民たちを導いてほしいとリーナには伝える」
「戻るのはリーナだけでしょうか?」
「パスカルとユーウェインも一緒だ。リーナを無事送り届けてもらわなければならない。後日、伝令を送る。私の特使として王太子領へ戻れと言う内容だ。準備をしておけ」
「わかりました」
パスカルの返事を聞いたクオンはひとまず安心した。
だが、これで終わりではない。
夫婦の話し合いという試練があった。
「リーナと話す。納得しない場合は、命令してでも王太子領に戻す」
クオンもつらい。
だが、王太子。生涯の重責を覚悟している。
ヴェリオール大公妃であるリーナにも覚悟が必要であり、個人的感情を抑えて理解するよう努めなければならない。
それがクオンの考えだった。
次話はようやくリーナとクオンのお話。
進むのが遅くて本当にすみません。
またよろしくお願いいたします。





